目次
ブックマーク
応援する
30
コメント
シェア
通報

第26話 暗闇の中


闇の深淵で、私の体は落ち続けていた。

その底は深すぎて、どこまで落ちても終点にたどり着く気配はない。

落ちていく途中、闇の果てから懐かしい声が聞こえた。優しく私の名前を呼ぶ声が。


「麻奈!」

それは、お父さんとお母さん、それに兄の声だ!

待っていてくれたんだろうか?

もっと早く落ちて、二人の懐に飛び込みたい。


そんな時、突然耳元に聞き覚えのある声が響いた。両親や兄の呼び声より切実で、温かみのある優しい声が…

この果てしない暗闇の深淵から、私を引き上げようとしているようだった。

でも私は闇の底に落ちて、父と母の胸に飛び込み、ただ伝えたかった…本当に疲れたと。


ところが耳元の声は次第に切迫し、優しいはずの声がハンマーのように鼓膜を打ちつけてくる。

誰だ、私が両親に会うのを邪魔しているのは!

苛立ちが募り、その嫌な奴を引きずり出して地面に叩きつけてやりたくなった。


けれど両手が縛られていて、あいつを捕まえることすらできない。

あの声の人はさらに図に乗ったように、無数の声に化けて耳元でガァガァと騒ぎ立てる。


私の苛立ちは頂点に達した。

ついにあの人を懲らしめるため、精一杯で重い瞼を持ち上げた。


そして…

目の前に現れたのは、深山彰人の類まれな美貌だった。

柔らかな照明が彼の顔に降り注ぎ、誰を見ても情の深い桃色眼が今、心配そうに私を見つめている…


私は一瞬呆然と深山を見つめた。

さっきまで耳元で「ガァガァ」うるさくしていたのはこの男か?

しばらくして我に返ると、死人のように青ざめた私の顔に焦りが走り、喉の痛みをこらえて嗄れた声で急かした。

「早く逃げて…星野侑二がきっと…あなたを殺すわよ!」


深山の心臓がガクンと沈み、鼓動が止まったかのようだった。

目を覚ました後輩ちゃんが真っ先に…自分のことを心配するとは…

それも心の底から、少しの偽りもなく!

まるで…心も目も…彼だけを映しているかのように。

道理で星野侑二は彼女をひどく傷つけながら、同時に激しい独占欲を燃やすわけだ。

男としての自分でさえ、心が揺らぎそうになる。


深山は優しく私の手を握り、穏やかに言った。

「大丈夫だよ、あいつは今の僕には手を出せない」

私はさらに焦り、もう一度警告した。

「彼は…私とあなたが…浮気していると思ってる…」

しかも四年以上前から…


星野は私が身ごもった子を他人の子だと決めつけ、残酷にも堕ろさせた!

そして今度は、私と深山が不倫関係にあると思い込み、彼を浮気相手だと…

星野が私を痛めつけた後、必ず深山に手を出すと確信していた。


考えるほど不安になり、深山の手を必死に握りしめた。

「彼は狂ってるの…これ以上もう先輩を巻き込めない…」


深山の体が微かに震えた。

やはり自分の思惑通りにはいかなかった。

わざと挑発したせいで、星野侑二に競争心が芽生えて後輩ちゃんを大切にするどころか、逆に彼女と不倫関係にあると決めつけ、虐待に走らせてしまった。

自分の思い上がりが彼女を傷つけたのだ!


深山はゆっくりと身をかがめ、私のうつろな瞳を見つめ、瞳に決意を宿して言った。

「後輩ちゃん、今度こそ必ず君を救う」

私は深山の本気を感じた。彼は絶対に助けたいのだ。


だが私はきっぱり断った。

「先輩…もういいよ…」

この世界に未練など何も残っていない。

私にとって死こそが最高の解放なのだ。

今度の自殺は失敗したが、死にたければ、方法は幾らでもある。


私は力なく首をかしげ、彼の耳元に嗄れた声で囁いた。

「ごめんなさい先輩…私たちの協力関係はここまでみたい…早く行って…」

これ以上罪のない人を巻き込むわけにはいかない!


私はゆっくりと深山の手から手を離し、無理やり笑顔を作った。

そして息をひそめるように静かに目を閉じた。

まるで穏やかに死を待っているようだった。


医師である深山には、この状態が何を意味するかよく分かっていた。

これは明らかに生存意欲の喪失だ!

そんなことを許せるはずがない!


深山は検査結果の用紙を取り出すと、気づかないうちに震えていた声で優しく告げた。

「切迫流産の兆候はあるけど…赤ちゃんはまだお腹にいるよ」


私は信じられずに目を見開き、涙が止めどなく溢れた。

人間とは思えないほどの暴行を受けた後、私の子が…まだ無事にいるだなんて?!


私が再び目を開けたのを見て、深山はほっと息をつくと急いで続けた。

「さっき診察に来た時、流産防止剤を注射しておいた…安心して、必ず守ってみせる!」


私は震える手を伸ばし、ゆっくりとお腹を撫でた。鼻の奥がツンと痛んだ。

「まだ…守れるなんて…あんなに出血したのに…」


しかしこの取り戻した喜びも束の間だった。

私の顔は再び先ほどのうつろな表情に戻り、声は悲しみに満ちていた。

「今回は守れても…次はどうなるの…」


星野は昨夜、冷酷にも決断を下していた。

私の子供を小林夜江への償いに差し出すと。

もしあの悪女の手に渡れば、子供はきっと生き地獄を味わうだろう。

私と子供の生きる道は、星野侑二によってことごとく断たれてしまった。


それなら…

せめて自分勝手ではあるが、子を連れてこの残酷な世界から去らせてほしい。


深山は私が再び生きる希望を捨てるのを見て、息を荒げて誓った。

「この僕がいるんだ!絶対に二人を守ってみせる!」

私は深山に向かって首を振った。

「先輩、本当にいい…もう、疲れちゃったから…」


長い沈黙が流れた後…


深山の瞳が一瞬翳り、私の装着している呼吸器を外した。

「君はご両親が星野侑二に宮崎グループを破綻させられたせいで飛び降りたのは知っているけど、お兄さんがどうやって亡くなったかは知っているのか?」


この三ヶ月、私は志津県に潜み、お腹の子供とただひっそり生き延びるだけだった。

両親の墓地を買うお金もなく、

ましてや兄がどうやって亡くなったのか調べる手段もなかった…

出所の時、借金の取り立てにとだけ星野から聞いた…


今、深山の意味深な口調に、私の心臓が高鳴った。

「兄は…?」

深山は私の瞳を見つめ、ゆっくりと顔を近づけると、冷酷にも言い放った。

「君の兄さんは借金取りから逃げ切れたはずだった。だが星野侑二が彼に言ったんだ。もしこのまま逃げたら、妹を一生刑務所から解放しないと」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?