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第30話 人を怒らせても責任取らないその口

私は首を傾け、後ろを振り返った。

すると、小林夜江がメイドの草壁蛍くさかべほたるに支えられ、足を引きずりながら私の方へ歩いてくるのが見えた。

小林は弱弱しく私の前で立ち止まり、目に涙を浮かべ、いかにも可哀想そうに私を見つめた。


「宮崎さん、私と侑二は本当に何もないの。ただ、侑二が、私みたいなか弱い女の子が一人で外にいるのは危ないって心配して、どうしても自分の目の届くところに私を置きたかっただけなの……」

しおらしくそう言い終えると、彼女はわざとらしく私の手を取った。

「お願い、どうか私が侑二と仲良くしているからって、私のこと恨まないで。お姉ちゃんを殺したみたいに、私まで殺さないで――」


小林夜江の言葉の端々には、明確なメッセージが込められていた。

星野は彼女のことが好きだ。

そして私は、嫉妬に駆られた毒婦として、かつて彼女の姉を手に掛け、今度は彼女を殺そうとしている――と。


まさに、演技派だわ、こいつ!

人前では、いかにも可憐で無垢なフリをしている。

案の定、小林の隣のメイド、草壁はすぐに彼女に同情し、私には睨みつけてきた。

「私は星野社長に直接頼まれて夜江様の身の回りの世話をしてるの。あんた、分別わきまえて、さっさとどっか行きな!夜江様をいじめるなんて考えるなよ」


草壁蛍は星野宅の数多いメイドの中でも、特に要領がいいことで有名だ。

今回、やっとの思いで小林の世話係の座を勝ち取った彼女は、当然張り切ってアピールしたいのだろう。


草壁はわざと私に恥をかかせたあと、小林を支えて、私が拭いておいた長椅子に座ろうとした。

私は一歩先にそこに座り、そして微笑みながら顔を上げて、半身を沈めて座ろうとする小林を見やった。

「ここ、景色がいいのに、なんでわざわざ場所を変えるの?」


小林の目に怒りが一瞬ちらついたが、彼女は仕方なく体を起こした。

草壁は我慢できなくなり、私を指さして怒鳴った。

「あんた、どういうつもり!ここは夜江様の席よ!」


私は草壁の吠えを無視し、小林を見やった。

「星野侑二は星野宅からメイドを一人、あなたの世話に就けたけど、秘書をわざわざ私の傍に残したわ。秘書さんは今、私の言うことを聞いている。それに、たくさんのボディーガードも病室の前に配置して、私を守らせてるわ……」


私の言葉が終わると――

小林夜江の顔が一瞬歪み、天真爛漫の仮面が今にも崩れそうだった。


草壁はすかさず、私の鼻先に指を突き出して反論した。

「星野宅の誰もが知ってるわよ!星野社長が一番嫌ってるのはあんたよ!よくもまあ、夜江様の前で偉そうにできるわね!」

そして、私に向かって「ぷっ」と唾を吐きかけ、顔には軽蔑と侮蔑しかない。


草壁のフォローに小林夜江の顔は、少しだけ安堵の色が差していた。

彼女はわざと憐れみ深く私を諭した。

「星野社長の心はもうあなたにはないの。もう無理に自分を騙すのはやめて、現実を見て」

続きに、草壁は私を小馬鹿にして鼻で笑った。

「この前の裏庭で、星野社長にボロボロにされたくせに、誰も見てないと思ってるの?」


私はこみ上げる感情をぐっと堪え、無邪気そうに彼女たちにウィンクした。

「私と侑二が裏庭にいたのは、男女のあれよ。あの人、ちょっとその……欲が強すぎて、私の体が弱くて、ついていけないだけ」

それから、わざとらしく小林を見やった。

「まさか、あなた、一度も……そういう溺れそうな快感、経験したことないの?」


小林の顔は、みるみる真っ青になった。

草壁はすぐに小林夜江をかばう。

「星野社長は夜江様に優しいから、苦しませたりするはずないのよ。あんたなんか、ただの八つ当たりの道具じゃない。何を誇ってるのよ」


私は羨ましそうな顔で、小林夜江を見やった。

「やっぱり、侑二はあなたには本当に優しいのね!」

小林は、いまだに星野侑二に触れられたこともないのに、堂々と顎を上げて言った。

「当然よ!私とあなたは違うもの!」

すると、私は口元を歪め、意地悪な疑問を投げつけた。

「でもね、男の人がベッドで優しいって、本当にいいことなのかしら?」


草壁は顔を赤くして怒鳴る。

「お前……この下品な狐女!恥知らず!」

小林の顔色も一段と悪くなった。彼女は額に手を当てて、めまいを装う。

「ちょっと具合が悪いわ……蛍、部屋に戻るの手伝って」


草壁は私を睨みつけ、捨て台詞を吐いた。

「星野社長が帰ったら、絶対にあんたが夜江様をいじめたって言いつけてやるから!」


私は草壁の怒りを無視し、小林の背中を眺めながら、口角を引き結んだ。

小林夜江と小林ひるみ、さすが姉妹だけある。

裏でこそこそ悪だくみしながら、表では「天然かつ善良」な仮面を崩そうとしない。

それなら、皆の前で、思い切り懲らしめてやらなきゃ!

仮面を守る彼女は、正々堂々と勝負してこないから。


矢尾はそばで、私がたった数言で小林夜江を怒らせて追い払ったのを見て、なんとも言えない表情をしていた。

これが、あの星野社長にいつも虐げられていた宮崎さんなのか?

それに、気のせいかもしれないが、最近の宮崎さんは以前のように萎縮した様子がなく、明らかに雰囲気が変わった。


矢尾は私に数歩近づき、親切に耳打ちした。

「宮崎様、僕はただの監視役ですし、あのボディーガードたちも、あなたが逃げ出さないように見張ってるだけなんですよ……

どうしてあなたの口から出ると、まるで星野社長があなたに夢中みたいになるんでしょうか?」


私は無邪気な顔で矢尾翔を見つめた。

「私はただ、星野があなたを私の傍に置いて、ボディーガードを病室の前に配置したって言っただけ。星野侑二が私に夢中だなんて、一言も言ってないわ」

矢尾翔はしばらく考えて、言葉に詰まった。

「確かに……言ってないかも……」


私は矢尾に微笑みかけた。

「でしょ?だから、矢尾さんは勝手に妄想しないでね。誤解されちゃうよ」

矢尾は少し混乱していた。さっきのは、本当に自分の勘違いだったのか?


私は額の髪を指でそっといじり、矢尾を一瞥した。

矢尾翔は、私と星野が結婚した年に星野グループに入った。

確か、人事部が矢尾翔の面接後、かなり悩んでいたのを覚えている。

能力は申し分なく、あの年の応募者の中でも抜きん出ていた。


だが、どうにも彼のEQ(感情知性)は少し足りない気がする。

言い換えれば、機転、要領、そんなのがやや欠けているというわけだ。

人事部はそこが心配だった。

彼を社長秘書室に配属したら、他のベテランたちにいいように扱われて、あっという間に辞めるんじゃないかと心配していた。


ところが、一番期待されていなかった人間が、星野の傍で五年以上も持ちこたえた。

でもまあ、今の矢尾は徐々に冷遇されてるのだろう。そうでなければ、星野も彼を私の監視役に回したりしないはずだ。


復讐を決意したからには、そろそろ動き出さないと!

私は顔を上げ、矢尾に言った。

「前にあなた、彼女さんがバレエをやっていて、最近は海外進学を目指しているって言ってたわよね?私、紹介できるわよ」


それを聞いて矢尾は目を輝かせた。

「ほんとに……いいんですか?」

私は膝に手を置き、胸の奥の苦さを押し殺して、微笑んだ。

「私、バレエ界にはちょっと人脈があるからね」


―――

小林は病室に戻ると、草壁が出て行った後、作った淑女イメージは一瞬で消えた。

「このクソ女!よくも私の前で威張って……!」


何より腹立たしいのは――

星野が一度も自分に触れたことがないのに、どうしてあんな女には何度も触れるのよ!


小林の瞳には強い憎しみが浮かぶ。

「あの女を徹底的に潰さなきゃ、絶対に星野家の女主人の座には就けない……もう、指をくわえてただ待つわけにはいかない!」


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