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第35話 地の底に叩きつけてやる


大外れの回答を聞いた星野はこめかみをピクピクと動かした。

矢尾に向かって、一語一語を強調し言い放った。

「お前には見張りを頼んだんだ、なんで血液検査なんか見てる!」


矢尾は叱られてうつむき、小声で説明した。

「宮崎様はほとんど毎日病室にいて、どこにも行かないので、僕はドアの前で見張ってるだけで、正直ちょっと暇で……だから、宮崎様の検査デートをちょっと覗いただけです。」


星野は冷酷にその弁解をさえぎった。

「そういうのは医者の仕事だ。お前には関係ない!」

矢尾は小さくぶつぶつ言った。

「だって……あの青野先生、なんかちょっと変なんですよ!」

聞き分けのない彼に、星野は痛む額を押さえ、再度強調した。

「お前は自分の任務だけ覚えておけばいい!」


矢尾は少し不満そうだった。

そもそも自分の本職は秘書であって、監視役じゃない!

思い切って、そっと尋ねた。

「社長、僕はいつになったら会社に戻れますか?」


ちょうどその時、医者が星野の傷の処置を終えた。

星野侑二は痛みをこらえ、シャツを着てからジャケットを羽織り、冷たく矢尾を一瞥した。

「お前は、引き続きここに残れ!」


あの女が病院にいる限り!

深山に隙を見せて、忍び込むチャンスを絶対に与えない!

自分がいる限り、二人が再会することなど一生ない!


―――

私は床にどれくらい横たわっていたのかわからない。

再び目を開けたとき、いつの間にか自分がトイレまで引きずられていたことに気づいた。

頭に鋭い痛みが走り、まるで無数の針が脳髄を何度も刺しているかのようだった。


そして、痛みに伴い視界はどんどんぼやけていく。

周囲のすべてが重なり合っているようで、世界全体が不鮮明になっていた。

私は目をこすり、もう一度目を開ける。

それでも、見えるのはぼんやりとした世界だった。


強く何度か頭を振って、この強烈なめまいを振り払おうとした。

だが、視界はぼやけたままで、頭を振ったせいで痛みはさらに増した。

もう無茶はできないと、深く息を吸い、必死に落ち着こうとした。


しばらくして。

私はゆらゆらと立ち上がり、正面の鏡に映る自分のあやふやな影を見つめた。


なんとか足を運び、鏡に顔を近づける。

やっと、鏡に映るボロボロの自分の姿がはっきり見えた。

額の治りかけていた古傷の上に、新しい傷口ができており、血まみれの皮膚には鮮やかなかさぶたができていた。

先ほど顔に流れた血も、今は固まって肌にぴったりと張り付き、まるで真紅の仮面をかぶっているようだった。


私はこの「仮面」を洗い流し、額の傷を少しでも処置しようとしたその時、突然トイレのドアが開かれた。

草壁がドアの前に立ち、冷ややかに舌打ちして言った。

「宮崎お嬢様、もうお目覚めですか!」


その「宮崎お嬢様」という言い方は、あからさまな嘲笑だった。

私は顔を上げて相手を見つめた。

視界がまだはっきりとしないせいで、草壁の顔はよく見えなかった。


草壁は、私にじっと見られるのが気に入らないらしく、近づいて私の腕をぐいと引っ張った。

「宮崎お嬢様って呼んでやっただけで、真に受けてまだご令嬢気取っているの?そんな風ににらむんじゃないわよ!」

そう言うと、私の腕を思いきりつねった。

私は痛みに思わず叫ん出したが、草壁は私の腕を強くつねったまま、冷たく言い放った。

「今のあんたはただの下賤な奴隷よ。今の私の方がずっと上なんだからね!」


そして、私が開けたばかりの蛇口を乱暴に閉めた。

「何洗ってんのよ、早く出てきて夜江様のお食事のお世話をしなさい!」

私は無言にこの屈辱に耐えながら、草壁の後について外に出た。


小林は、私がみすぼらしく、乞食よりみじめな姿で出てきたのを見ると、満足げに微笑んだ。

「昔の奴隷なんて、一枚の服も着てなかったそうよ。今のあんたは病衣でも身につけてるんだから、私がどれだけ慈悲深いかわかったでしょ。」

草壁は横でうなずき、へつらうように言った。

「それはもちろんです。誰もが知ってます。夜江様は美しくて心優しい、まるで菩薩のようなお心だって。」


小林が傲然と手を差し出したら、草壁はすぐに小林の機嫌をとろうと、彼女がベッドから降りるのを手伝おうとした。

だが小林は降りず、ただ私を冷たくにらんでいた。

草壁はすぐに小林の意図を察し、私を強く押した。

「いつまで突っ立ってるの、夜江様のお食事の世話をしなさい!」


私は唇をかみしめた。

屈辱とか、プライドとか、そんなものどうでもいい。

今、一番大事なのは生き延びることだ!

小林は私を地の底に踏みつけたいだけ。

だったら……自分から転がり込んでやる!


私は最も卑屈な態度を取った。

少し腰を曲げ、頭を下げ、小林のベッドからの移動を手伝い、テーブルまで支えていった。彼女が座る前に、先に椅子も引いてあげた。

小林が椅子につくと、私は率先して料理を並べた。


刑務所での四年間で、人を心地よく“おもてなし”する方法はとっくに身についていた!

こんなふうにへりくだる態度は、小林を明らかに満足させたみたい。


小林は少し驚いたように、皮肉を言いに来た。

「まさか、うちの宮崎お嬢様が、こんなにも人の世話ができるなんてね。」

私は小林にぎこちない笑みを浮かべた。

「もっといろんなこともできますよ。」


小林は私の顔を強く叩きながらほめた。

「へえ、本当に器用なのね!」

言ってすぐに、熱々のスープを手に取り、私の頭にぶちまけた。


私は思わず叫んだ。

頭皮が一瞬で熱さにしびれた。

元々額に傷があり、その瞬間骨にしみるほど激痛が走った。

ついに、私は痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。


小林はゆっくりとしゃがみ込み、私の髪をつかみ、目には嫉妬と憎しみが渦巻いていた。

「あんた、そうやって色仕掛けで、侑二も喜ばせてるの?」

だからこそ、侑二はこの女を忘れられないのか!


星野といい、小林といい、こいつら思考回路おかしいだろう!

私は息を荒げ、痛みに耐えながら、かすかに首を振った。

「わ、私は……星野には……そんなことしてない……」

「この私の前で、まだかわいそうなふりしてやがる!」


小林は私に怒鳴った。

「さっさと出ていけ!消えろ!」

私は逃げるようにボロボロの姿で部屋を出ていった。


「もっと痛めつけてやろうと思ったのに、あんなに早く屈服するなんて、本当に生まれつきの下賤女なのね。」

草壁は小林に取り入ろうとしたが、小林は歯ぎしりし、目はまだ陰険のままだった。


(宮崎をそばに置いて、徹底的に痛めつけ、塵にまみれさせて、プライドを壊し、心が折れてから、侑二を奪う気力を失わせるつもりだったのだ。

まさかこの女が自らプライドを捨てるとは思わなかった!)


小林の目に悪意が閃いた。

大丈夫、女を壊す方法は、肉体と精神の破壊だけじゃないさ。

貞操も、一つの手段だ。


―――


私は病室を出て、壁に手をつきながら、必死で青野のオフィスに向かった。傷の手当てをしてもらいたかった。

だが、曲がり角に差しかかったとき、前方に人影が現れた。

相手の顔が見えないうちに――

その人影は突然駆け寄ってきて、私をひょいと抱き上げた……


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