大外れの回答を聞いた星野はこめかみをピクピクと動かした。
矢尾に向かって、一語一語を強調し言い放った。
「お前には見張りを頼んだんだ、なんで血液検査なんか見てる!」
矢尾は叱られてうつむき、小声で説明した。
「宮崎様はほとんど毎日病室にいて、どこにも行かないので、僕はドアの前で見張ってるだけで、正直ちょっと暇で……だから、宮崎様の検査デートをちょっと覗いただけです。」
星野は冷酷にその弁解をさえぎった。
「そういうのは医者の仕事だ。お前には関係ない!」
矢尾は小さくぶつぶつ言った。
「だって……あの青野先生、なんかちょっと変なんですよ!」
聞き分けのない彼に、星野は痛む額を押さえ、再度強調した。
「お前は自分の任務だけ覚えておけばいい!」
矢尾は少し不満そうだった。
そもそも自分の本職は秘書であって、監視役じゃない!
思い切って、そっと尋ねた。
「社長、僕はいつになったら会社に戻れますか?」
ちょうどその時、医者が星野の傷の処置を終えた。
星野侑二は痛みをこらえ、シャツを着てからジャケットを羽織り、冷たく矢尾を一瞥した。
「お前は、引き続きここに残れ!」
あの女が病院にいる限り!
深山に隙を見せて、忍び込むチャンスを絶対に与えない!
自分がいる限り、二人が再会することなど一生ない!
―――
私は床にどれくらい横たわっていたのかわからない。
再び目を開けたとき、いつの間にか自分がトイレまで引きずられていたことに気づいた。
頭に鋭い痛みが走り、まるで無数の針が脳髄を何度も刺しているかのようだった。
そして、痛みに伴い視界はどんどんぼやけていく。
周囲のすべてが重なり合っているようで、世界全体が不鮮明になっていた。
私は目をこすり、もう一度目を開ける。
それでも、見えるのはぼんやりとした世界だった。
強く何度か頭を振って、この強烈なめまいを振り払おうとした。
だが、視界はぼやけたままで、頭を振ったせいで痛みはさらに増した。
もう無茶はできないと、深く息を吸い、必死に落ち着こうとした。
しばらくして。
私はゆらゆらと立ち上がり、正面の鏡に映る自分のあやふやな影を見つめた。
なんとか足を運び、鏡に顔を近づける。
やっと、鏡に映るボロボロの自分の姿がはっきり見えた。
額の治りかけていた古傷の上に、新しい傷口ができており、血まみれの皮膚には鮮やかなかさぶたができていた。
先ほど顔に流れた血も、今は固まって肌にぴったりと張り付き、まるで真紅の仮面をかぶっているようだった。
私はこの「仮面」を洗い流し、額の傷を少しでも処置しようとしたその時、突然トイレのドアが開かれた。
草壁がドアの前に立ち、冷ややかに舌打ちして言った。
「宮崎お嬢様、もうお目覚めですか!」
その「宮崎お嬢様」という言い方は、あからさまな嘲笑だった。
私は顔を上げて相手を見つめた。
視界がまだはっきりとしないせいで、草壁の顔はよく見えなかった。
草壁は、私にじっと見られるのが気に入らないらしく、近づいて私の腕をぐいと引っ張った。
「宮崎お嬢様って呼んでやっただけで、真に受けてまだご令嬢気取っているの?そんな風ににらむんじゃないわよ!」
そう言うと、私の腕を思いきりつねった。
私は痛みに思わず叫ん出したが、草壁は私の腕を強くつねったまま、冷たく言い放った。
「今のあんたはただの下賤な奴隷よ。今の私の方がずっと上なんだからね!」
そして、私が開けたばかりの蛇口を乱暴に閉めた。
「何洗ってんのよ、早く出てきて夜江様のお食事のお世話をしなさい!」
私は無言にこの屈辱に耐えながら、草壁の後について外に出た。
小林は、私がみすぼらしく、乞食よりみじめな姿で出てきたのを見ると、満足げに微笑んだ。
「昔の奴隷なんて、一枚の服も着てなかったそうよ。今のあんたは病衣でも身につけてるんだから、私がどれだけ慈悲深いかわかったでしょ。」
草壁は横でうなずき、へつらうように言った。
「それはもちろんです。誰もが知ってます。夜江様は美しくて心優しい、まるで菩薩のようなお心だって。」
小林が傲然と手を差し出したら、草壁はすぐに小林の機嫌をとろうと、彼女がベッドから降りるのを手伝おうとした。
だが小林は降りず、ただ私を冷たくにらんでいた。
草壁はすぐに小林の意図を察し、私を強く押した。
「いつまで突っ立ってるの、夜江様のお食事の世話をしなさい!」
私は唇をかみしめた。
屈辱とか、プライドとか、そんなものどうでもいい。
今、一番大事なのは生き延びることだ!
小林は私を地の底に踏みつけたいだけ。
だったら……自分から転がり込んでやる!
私は最も卑屈な態度を取った。
少し腰を曲げ、頭を下げ、小林のベッドからの移動を手伝い、テーブルまで支えていった。彼女が座る前に、先に椅子も引いてあげた。
小林が椅子につくと、私は率先して料理を並べた。
刑務所での四年間で、人を心地よく“おもてなし”する方法はとっくに身についていた!
こんなふうにへりくだる態度は、小林を明らかに満足させたみたい。
小林は少し驚いたように、皮肉を言いに来た。
「まさか、うちの宮崎お嬢様が、こんなにも人の世話ができるなんてね。」
私は小林にぎこちない笑みを浮かべた。
「もっといろんなこともできますよ。」
小林は私の顔を強く叩きながらほめた。
「へえ、本当に器用なのね!」
言ってすぐに、熱々のスープを手に取り、私の頭にぶちまけた。
私は思わず叫んだ。
頭皮が一瞬で熱さにしびれた。
元々額に傷があり、その瞬間骨にしみるほど激痛が走った。
ついに、私は痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。
小林はゆっくりとしゃがみ込み、私の髪をつかみ、目には嫉妬と憎しみが渦巻いていた。
「あんた、そうやって色仕掛けで、侑二も喜ばせてるの?」
だからこそ、侑二はこの女を忘れられないのか!
星野といい、小林といい、こいつら思考回路おかしいだろう!
私は息を荒げ、痛みに耐えながら、かすかに首を振った。
「わ、私は……星野には……そんなことしてない……」
「この私の前で、まだかわいそうなふりしてやがる!」
小林は私に怒鳴った。
「さっさと出ていけ!消えろ!」
私は逃げるようにボロボロの姿で部屋を出ていった。
「もっと痛めつけてやろうと思ったのに、あんなに早く屈服するなんて、本当に生まれつきの下賤女なのね。」
草壁は小林に取り入ろうとしたが、小林は歯ぎしりし、目はまだ陰険のままだった。
(宮崎をそばに置いて、徹底的に痛めつけ、塵にまみれさせて、プライドを壊し、心が折れてから、侑二を奪う気力を失わせるつもりだったのだ。
まさかこの女が自らプライドを捨てるとは思わなかった!)
小林の目に悪意が閃いた。
大丈夫、女を壊す方法は、肉体と精神の破壊だけじゃないさ。
貞操も、一つの手段だ。
―――
私は病室を出て、壁に手をつきながら、必死で青野のオフィスに向かった。傷の手当てをしてもらいたかった。
だが、曲がり角に差しかかったとき、前方に人影が現れた。
相手の顔が見えないうちに――
その人影は突然駆け寄ってきて、私をひょいと抱き上げた……