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第36話 脱いで


私は反射的に身をよじり、叫ぼうとした。

しかし、その人は素早く私の口を塞ぎ、「後輩ちゃん~」と囁いた。

優しくて馴染み深い声が耳に届く。

私は無意識にその人の頬に顔を近付け、相手の顔をはっきりと見た後、驚きで思わず叫んだ。

「先輩!」


急に自分の頬に顔を寄せた私の動きに、彼の耳は一瞬で赤く染まり、体もどこかぎこちなく固くなった。

だがすぐに、彼は私の惨めな姿に気を取られた。

深山の優しげな顔にはうっすらと怒りが浮かび、呼吸も普段より荒くなっていた。

「どうしてこんなに?また星野侑二か?それと、目はどうした?」


私の頭は今にも割れそうに意識朦朧としていて、体も力が抜けてしまい、何も答える気力がなかった。

ぐったりと深山の胸に寄りかかり、かすかに呟いた。

「やっぱり……彼を甘く見てた!」


深山はそれ以上何も言わず、私を抱きかかえて医療室に入り、そっとベッドに寝かせてくれた。

そしてタオルを取り出し、私の体についた汚れを丁寧に拭いてくれた。

私はなんとか声を出して止めようとした。

「あのう…自分でやれるから。」


深山の切れ長の目が細くなる。

「本気でそう思うのか?」

結局、私の手は深山に強く押さえられてしまった。

ただ、心の中ではどうしても恥ずかしさを感じてしまう。

深山先輩は医師だから、傷の手当てならいいが、今は私の体を拭いてくれている。


ぼんやりしているうちに、深山は体の汚れをすっかり拭き終えていた。

額にある醜い傷、体に広がる擦り傷、真っ赤に腫れた火傷……

それらの傷に、深山はなぜか自分の胸が、また痛むのを感じた。

メスを握っても震えたことのない彼の手が、私の傷を処置する時だけは、かすかに震えていた。


一方、私は徐々に緊張がほぐれていった。

星野に会ってから、私はずっと神経を張り詰めていた。

小林のところでは、さらに気をつけなければならなかった。

でも今、隣にいるのは先輩で、長く張り詰めていた糸がようやく少し緩んだ気がした。


私は少し顔を上げて聞いてみた。

「星野侑二はあんなに多くのボディーガードをつけたのに、どうやって入ってきたの?」

深山は集中してアルコールで私の指の傷を処置しながら答える。

「あんなボディーガードで、僕を止められると思うのか?」


彼の行く手を阻むのはボディーガードじゃない。星野と結んだ取引だ。

元々は、取引を守るつもりだった。

少なくとも、しばらくは星野の意向通り、後輩ちゃんの前に現れないつもりだった。

あの狂人をこれ以上怒らせたくなかったから。

まさか……

自分が、たまには信義を守ろうとしたのに、向こうは守らなかった。


深山は込み上げてくる怒りを抑え、きっぱりと言った。

「今回は、絶対に僕と一緒に出るんだ!」

私は弱々しく拒んだ。

「今はまだ、行けない」

深山は優しい眉と目をきつくしかめる。

「ここに残るとしたら、このまま死ぬだけだぞ」


私は必死に上体を支え、深山に向かって微笑んだ。

「大丈夫だよ!」

深山は真剣に諭す。

「生きていればいつでも星野に復讐できる。自分のためじゃなくても、お腹の子のために考えて。一度や二度の無茶、果たして価値あるのか?」

言葉が詰まり、私は重たい気持ちでお腹を撫でた。


深山は私が黙ったのを見ると、いきなり私の患者衣を破り始めた。

私は全身がビクッと震え始めた。

脳裏に抑えきれず、星野が私の服を引き裂き、狂ったように私を奪った場面がよぎる。

反射的に服を押さえて、震え声で聞く。

「先輩、な、何するの!」


深山は私の恐怖を察し、優しく宥めた。

「服を脱がないと、どうやって傷を見るんだ?」

私は一瞬頭が真っ白になり、やっと我に返った。

先輩は傷を診てくれるためだったのか。

でも、星野の特別な指示で、これまで私の傷を処置したのは全て女性の医師や看護師だった。

だから今まで男性医師の前で裸になる経験がなかった。

ましてや、それが先輩ならなおさらだ。


深山は私の葛藤を読み取り、促した。

「そんなに傷があるんだから、ちゃんと処置しないと。炎症や薬のせいでお腹の子に悪い」

私はどうしようもなく、恥ずかしそうに尋ねた。

「ぜ、全部脱ぐの?」

深山はたった一言。

「どう思う?」


結局、私はぎこちなく恥ずかしそうに服を脱ぎ、レースの下着だけになった。

深山彰人の切れ長の目が細くなり、鋭い光を放った。

認めざるを得ないが、たとえ麻奈の体が傷だらけでも、その完璧なスタイルは隠しきれなかった。

どうりで、星野が浮気を疑っても、そばに閉じ込めたがるわけだな。


私は深山にじっと見られて居心地が悪く、思わず胸元を隠した。

深山はわずかに眉をひそめ、優しい声だが少しだけ呆れながら言った。

「後輩ちゃん、今後はこんな子供っぽいレースはやめてくれ。ダサいから」


私は呆然とした。

自分のレース下着を何度も見て確認した。

その瞬間、羞恥心よりも美的に否定されたことへの怒りが勝った。

「どこが子供っぽいの?どこがダサいの?ちゃんと説明して!」


私の食ってかかりに、深山は首をかしげ、やけに優しく慰めた。

「後輩ちゃん、そんなに怒ることないだろ?自分の足りないところはちゃんと認めないと」

私は、善意で言ってくれている深山を恨めしそうに見て、そっぽを向いた。

こんなに可愛いをダサいなんて、センスのわからない男とは会話する価値なし!

不貞腐れた私を見て深山は溜息をついた。

「今時の妊婦さんは、ホントに気が強いな」

もう何も言いたくない!!!


深山は口元にわずかに笑みを浮かべ、ゆっくり綿棒を取り、服で隠れていた未処置の傷を丁寧に手当し始めた。

私は心を落ち着けて、そっと頭を戻し、再び美的センスゼロの深山に向き直った。

「先輩、教えて。星野侑二とはどんな取引をしたの?」

青野くんはずっと言わなかったから、自分で聞くしかない。


深山は軽く頭を上げて言った。

「彼がもう君を虐げたりしない代わりに、深山家は徳田栄治への支援を引き上げる」

やっと理解した。だから青野くんは、ボスが色々犠牲にしたと言ったのだ。

県知事選で有力候補を支援するのは、どこに置いても、最も重要な利益に関わることだ。

だけど彼は、私のために深山家の計画を壊した。


私は鼻の奥がつんとした。

「私のために、そこまでする価値あるの?」

深山の手がふと止まり、優しいまなざしで私を見つめた。

「もし君が星野侑二を引きずり下ろせるなら、この取引は十分に価値がある。だから、後輩ちゃん、今回は一緒にここを出よう!」

最高な劇は一度で全部見届けなくてもいい。

後輩ちゃんがお腹の子を産んでから、安全を確保できた後、また復讐の続きをやっても構わないのだ。


私は深山を見つめ、少し黙考してから、冷静に説明し始めた。

「星野の性格なら、小林夜江が傷つけられたと知ったら、必ず私を自分の手で罰するするはず。なのに今回はそうしなかった。私を小林に投げただけ」

「つまり、君たちの取引を大事にしている証拠!」

「それはつまり、十長老が星野にかけている圧力は、私の想像以上に大きいってこと!」


そう話し終えると、私は深山彰人を見つめる目が、さらに強い決意を帯びていった。

「私の計画は、きっとうまくいく!」


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