星野侑二の足が、そのドアの前でピタリと止まった。
隣にいた小林や矢尾たちも、同時に立ち止まる。
大人なら、この声を聞いたら、部屋の中で何が起きているかすぐに分かるはずだ。
小林の頬は赤く染まり、恥ずかしそうに星野の背後に隠れ、わざとらしく推測を口にした。
「このフロアは全部、侑二が貸し切りにしたはず。私と宮崎さん以外、もう患者はいない……まさか、どこかの看護婦がここで不謹慎なことしてるんじゃない?」
そう言って、小林は意味ありげに草壁にウィンクを送る。
草壁はすぐさま先陣を切り、確信に満ちた声で答えた。
「看護師がここでそんなことする度胸なんてないよ。この声は明らかに宮崎さんのだよ。きっと、病院にいても我慢できなくなったんだ!」
星野も、もちろんその声が私のものだと気づいていた。
その瞬間、彼の表情は固まり、これからの嵐を宣告するように、すべてを粉々にしそうな勢いでドアを蹴り開ける。
部屋の電気はすべて点いているわけではなく、淡い黄色い灯りが一つだけ灯っている。
その薄暗い明かりの下で──
私は服が乱れ、汗で髪が額に張り付き、虚ろな目でベッドに倒れていた。
まるで激しい運動の後の姿そのものだった。
草壁は大げさに叫んだ。
「宮崎さん、まさかこっそりここに来て、他の男と密会してたなんて!」
私は視線を逸らし、慌てて患者服を着直す。
星野は、私の動揺と狼狽をしっかりと見ていた。
数歩で私の前に詰め寄り、感情が爆発した。
私の首を掴みあげて、低く怒鳴った。
「男がいなければ死ぬのか?」
何度も自分を裏切るこの女!
星野は怒りで正気を失う寸前。
今はただ、この憎たらしい女をバラバラにしたい衝動しかなかった。
私は首を締められ、顔が真っ赤になる。両手で彼の手を必死に掴み、首を振って抵抗する。
小林が足を引きずりながら近づき、なだめるように言う。
「侑二、こんな
「誰とでも寝る女」──その言葉は、星野の心の傷に塩をすりこむようなものだ。
そしてその刺激は、彼の殺意をさらに強めた。
私が息も絶え絶えになった時。
矢尾翔が控えめに口を開く。
「でも……その肝心な男相手はどこに?」
さっき、廊下で……思い出すだけで顔が赤くなる喘ぎ声を、みんなで聞いたはずだ。
つまり、男はさっきまでここにいたはず。
だが今は影も形もない。
星野は私をベッドに放り投げ、叫んだ。
「男はどこだ!」
私はやっと息を整え、涙目で星野を見つめ、かすれた声で言う。
「何の男よ……部屋には私しかいなかったのに!」
小林は即座に否定した。
「ありえない!さっき、あなたの声をはっきり聞いたのよ!」
私は頬を赤らめ、視線を泳がせる。
星野は言葉を、噛みしめるように問い詰める。
「何を隠してる!」
私はその怒声に身を震わせ、ベッド脇からヨロヨロとヨードチンキを取り出し、どもりながら説明した。
「わ、私……さっき傷の手当てしてて……痛くて、どうしても声が出ちゃって……」
かすれた声でそう説明しながら、
私は、草壁に踏まれてまた裂けた手を、恐る恐る星野に差し出し、痛みに呻きながら言う。
「見て、本当に、すごく痛かったんだよ……」
星野は私の手とヨードチンキを交互に見てから、ようやくベッドに散らばった血まみれの綿棒に気づく。
続いて部屋中を見回したが、人の隠れる場所など一つもない。
彼は沈黙した。今回は、本当にただの勘違いだったのか?
私は明らかに、星野の殺気が次第に消えていくのを感じ、ほっと息を吐いた。
だが小林は納得しない。
すぐにまた前に出て私を責め立てる。
「さっき、みんながあなたを探してたのに、どうして出てこなかったの!」
私は怯えたようにうつむき、弱々しく答える。
「傷が痛くて、耐えられなくて……気を失ってたの……さっき痛みでやっと目が覚めて……」
星野は私の手や額についた深い傷を見つめた。
これほど酷い怪我なら、普通の人はとても耐えられないだろう。
彼は無慈悲に命令した。
「目が覚めたなら、さっさと戻れ。」
私はおびえながらも頷き、ベッドから降りようとする。
だが──
足がもつれて、床に倒れこんでしまう。何度立とうとしても、うまく立てない。
私は不安げに星野を見上げ、目には涙が溢れる。
「足が……痛くて、もう歩けない……」
信じてもらえるように、私はわざとズボンの裾をまくり、擦りむいた傷を見せた。
星野は一瞬、複雑な表情を浮かべ、眉をひそめるが何も言わない。
私はまた彼が怒り出すのを恐れ、すぐに矢尾を見て、助けを求める。
「矢尾秘書、手を貸してくれませんか?」
矢尾は一瞬戸惑いながらも、無意識に私を助けようと足を踏み出す。
だが──
星野が一歩早く動いた。
私の驚きの声とともに、彼は私をすくい上げるように抱き上げた。
私は慌てて彼の首にしがみつき、怯えた目で星野を見て、すぐに視線を逸らした。
まるで怯えた子ウサギのような姿だ。
星野は口元を引き締め、皮肉を込めて言った。
「前に見せた根性は一日ももたないんだな。」
だが、彼は今の私の怯えて卑屈な姿に、内心かなり満足しているようだった。
今の彼にとって、私が怖がり屋に戻ったのはいいことだ。
これで、もう二度と彼の手のひらから逃げようなんて思わせないために。
私は星野の圧倒的な気配の中で、勇気を振り絞って、涙に濡れた目で彼を見上げた。
「どれだけ辱められても、苦しめられても構わない。
でも、どうか他の人に、これ以上私を踏みにじらせないで……」
星野は、涙に濡れて懇願する私の姿に、心がひどく揺れた。
すなわち、自分以外の人間には触れてほしくないわけか?
星野は込み上げる嬉しさを無理やり押し殺し、冷酷な顔で吐き捨てる。
「俺の前で可哀そうなフリしても無駄だ。この数日、夜江の世話をしっかりしろ!」
だが、彼自身も気づいていなかった。
この時、彼の周囲の圧が明らかに弱まり、実はかなり機嫌が良くなっていたことに。
私は顔を星野の胸に埋め、一方の矢尾にちらりと視線を送る。
やはり深山先輩が言った通りだ。
星野は、私を自分の所有物だと思い込んでいる。
自分以外の男には、絶対に触れさせない狂気じみた独占欲の塊…
私は一瞬だけ瞳を曇らせ、星野の見えないところで、病室の窓の方へ不安げな目を向けた。
同時に、小林の心は今、崩壊寸前だった。彼女は苛立ち、草壁を睨みつけた。
「ちゃんと準備してたんでしょうね?」
草壁は小声で弁明する。
「佐藤のやつが絶対にミスらないって言ったのに……!」
小林は星野侑二が私を抱えている光景を睨み、顔が歪む。
「これが絶対にミスらないってこと?」
本当は今日この時をもって、この女を完全に壊すつもりだったのに!
小林が怒りで我を忘れかけていた時、ふと私と目が合った。
私は慌てて目をそらす。
小林はさっき私の視線を辿って窓の方を見ると、閃いた。
「なんであっちを見てるの?」
何かに気づいたように、小林の目がぱっと輝く。
足を引きずっていたのも忘れ、草壁の手を振り払って窓辺まで駆け寄り、窓を開けて下を覗き込む。
そして──
彼女の目には狂気じみた興奮が宿る。
「侑二、男がここにいる!」