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第38話 独占欲


星野侑二の足が、そのドアの前でピタリと止まった。

隣にいた小林や矢尾たちも、同時に立ち止まる。

大人なら、この声を聞いたら、部屋の中で何が起きているかすぐに分かるはずだ。


小林の頬は赤く染まり、恥ずかしそうに星野の背後に隠れ、わざとらしく推測を口にした。

「このフロアは全部、侑二が貸し切りにしたはず。私と宮崎さん以外、もう患者はいない……まさか、どこかの看護婦がここで不謹慎なことしてるんじゃない?」


そう言って、小林は意味ありげに草壁にウィンクを送る。

草壁はすぐさま先陣を切り、確信に満ちた声で答えた。

「看護師がここでそんなことする度胸なんてないよ。この声は明らかに宮崎さんのだよ。きっと、病院にいても我慢できなくなったんだ!」


星野も、もちろんその声が私のものだと気づいていた。

その瞬間、彼の表情は固まり、これからの嵐を宣告するように、すべてを粉々にしそうな勢いでドアを蹴り開ける。


部屋の電気はすべて点いているわけではなく、淡い黄色い灯りが一つだけ灯っている。

その薄暗い明かりの下で──

私は服が乱れ、汗で髪が額に張り付き、虚ろな目でベッドに倒れていた。

まるで激しい運動の後の姿そのものだった。


草壁は大げさに叫んだ。

「宮崎さん、まさかこっそりここに来て、他の男と密会してたなんて!」


私は視線を逸らし、慌てて患者服を着直す。

星野は、私の動揺と狼狽をしっかりと見ていた。

数歩で私の前に詰め寄り、感情が爆発した。

私の首を掴みあげて、低く怒鳴った。

「男がいなければ死ぬのか?」


何度も自分を裏切るこの女!

星野は怒りで正気を失う寸前。

今はただ、この憎たらしい女をバラバラにしたい衝動しかなかった。


私は首を締められ、顔が真っ赤になる。両手で彼の手を必死に掴み、首を振って抵抗する。

小林が足を引きずりながら近づき、なだめるように言う。


「侑二、こんなのために怒るなんて、無駄だよ。」


「誰とでも寝る女」──その言葉は、星野の心の傷に塩をすりこむようなものだ。

そしてその刺激は、彼の殺意をさらに強めた。


私が息も絶え絶えになった時。

矢尾翔が控えめに口を開く。


「でも……その肝心な男相手はどこに?」


さっき、廊下で……思い出すだけで顔が赤くなる喘ぎ声を、みんなで聞いたはずだ。

つまり、男はさっきまでここにいたはず。

だが今は影も形もない。


星野は私をベッドに放り投げ、叫んだ。

「男はどこだ!」


私はやっと息を整え、涙目で星野を見つめ、かすれた声で言う。

「何の男よ……部屋には私しかいなかったのに!」


小林は即座に否定した。

「ありえない!さっき、あなたの声をはっきり聞いたのよ!」


私は頬を赤らめ、視線を泳がせる。

星野は言葉を、噛みしめるように問い詰める。

「何を隠してる!」


私はその怒声に身を震わせ、ベッド脇からヨロヨロとヨードチンキを取り出し、どもりながら説明した。


「わ、私……さっき傷の手当てしてて……痛くて、どうしても声が出ちゃって……」


かすれた声でそう説明しながら、

私は、草壁に踏まれてまた裂けた手を、恐る恐る星野に差し出し、痛みに呻きながら言う。


「見て、本当に、すごく痛かったんだよ……」


星野は私の手とヨードチンキを交互に見てから、ようやくベッドに散らばった血まみれの綿棒に気づく。

続いて部屋中を見回したが、人の隠れる場所など一つもない。


彼は沈黙した。今回は、本当にただの勘違いだったのか?


私は明らかに、星野の殺気が次第に消えていくのを感じ、ほっと息を吐いた。

だが小林は納得しない。

すぐにまた前に出て私を責め立てる。

「さっき、みんながあなたを探してたのに、どうして出てこなかったの!」


私は怯えたようにうつむき、弱々しく答える。

「傷が痛くて、耐えられなくて……気を失ってたの……さっき痛みでやっと目が覚めて……」


星野は私の手や額についた深い傷を見つめた。

これほど酷い怪我なら、普通の人はとても耐えられないだろう。


彼は無慈悲に命令した。

「目が覚めたなら、さっさと戻れ。」


私はおびえながらも頷き、ベッドから降りようとする。

だが──

足がもつれて、床に倒れこんでしまう。何度立とうとしても、うまく立てない。


私は不安げに星野を見上げ、目には涙が溢れる。

「足が……痛くて、もう歩けない……」


信じてもらえるように、私はわざとズボンの裾をまくり、擦りむいた傷を見せた。

星野は一瞬、複雑な表情を浮かべ、眉をひそめるが何も言わない。

私はまた彼が怒り出すのを恐れ、すぐに矢尾を見て、助けを求める。

「矢尾秘書、手を貸してくれませんか?」


矢尾は一瞬戸惑いながらも、無意識に私を助けようと足を踏み出す。

だが──

星野が一歩早く動いた。


私の驚きの声とともに、彼は私をすくい上げるように抱き上げた。

私は慌てて彼の首にしがみつき、怯えた目で星野を見て、すぐに視線を逸らした。

まるで怯えた子ウサギのような姿だ。


星野は口元を引き締め、皮肉を込めて言った。

「前に見せた根性は一日ももたないんだな。」


だが、彼は今の私の怯えて卑屈な姿に、内心かなり満足しているようだった。

今の彼にとって、私が怖がり屋に戻ったのはいいことだ。

これで、もう二度と彼の手のひらから逃げようなんて思わせないために。


私は星野の圧倒的な気配の中で、勇気を振り絞って、涙に濡れた目で彼を見上げた。

「どれだけ辱められても、苦しめられても構わない。

でも、どうか他の人に、これ以上私を踏みにじらせないで……」


星野は、涙に濡れて懇願する私の姿に、心がひどく揺れた。

すなわち、自分以外の人間には触れてほしくないわけか?


星野は込み上げる嬉しさを無理やり押し殺し、冷酷な顔で吐き捨てる。

「俺の前で可哀そうなフリしても無駄だ。この数日、夜江の世話をしっかりしろ!」


だが、彼自身も気づいていなかった。

この時、彼の周囲の圧が明らかに弱まり、実はかなり機嫌が良くなっていたことに。


私は顔を星野の胸に埋め、一方の矢尾にちらりと視線を送る。

やはり深山先輩が言った通りだ。

星野は、私を自分の所有物だと思い込んでいる。

自分以外の男には、絶対に触れさせない狂気じみた独占欲の塊…


私は一瞬だけ瞳を曇らせ、星野の見えないところで、病室の窓の方へ不安げな目を向けた。


同時に、小林の心は今、崩壊寸前だった。彼女は苛立ち、草壁を睨みつけた。

「ちゃんと準備してたんでしょうね?」

草壁は小声で弁明する。

「佐藤のやつが絶対にミスらないって言ったのに……!」


小林は星野侑二が私を抱えている光景を睨み、顔が歪む。

「これが絶対にミスらないってこと?」

本当は今日この時をもって、この女を完全に壊すつもりだったのに!


小林が怒りで我を忘れかけていた時、ふと私と目が合った。

私は慌てて目をそらす。

小林はさっき私の視線を辿って窓の方を見ると、閃いた。


「なんであっちを見てるの?」

何かに気づいたように、小林の目がぱっと輝く。

足を引きずっていたのも忘れ、草壁の手を振り払って窓辺まで駆け寄り、窓を開けて下を覗き込む。


そして──

彼女の目には狂気じみた興奮が宿る。


「侑二、男がここにいる!」


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