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第42話 俺を捨てるなんてことさせない

深山彰人の桃花眼が危険な弧を描いて細められる。

「後輩ちゃん、今なんて言ったの?」

その優しい声色には、強い不機嫌さが滲んでいた。

私は深山を見つめ、表情がますます重くなる。


「星野侑二は一方的に、あなたが私の愛人だと決めつけているの。」

「私が彼の触れ合いを拒むのは、あなたのために貞操を守っているからだ、とまで思い込んでる。」

「さっきは、わざと自殺を装った時、なんとあなたの命を人質に私を脅してきたのよ!」

「私は本当に、あなたとの関係をはっきり否定しようと努力したけど、彼は生まれつき疑り深くて、私の言うことなんて絶対に簡単には信じてくれない。」


こうして事情を説明した後、私は真剣に深山を見つめた。

「だから、先輩、しばらくの間、私たちもう会わない方がいいと思うの。」


深山の不機嫌さは、どうやら薄れていた。

彼は手を伸ばして、私の頭を軽く撫でる。

「慎重にするのが一番だよ!後輩ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くから、しばらくは君のそばに現れないよ。」


次の瞬間――

深山はさっと手を引っ込め、立ち上がって外へ向かった。

私の頭にはまだ彼の手の温もりが残っているのに、彼はもうドアの前にある。


そのすらりとした背中を見て、私は思わず声をかける。

「先輩、もう行っちゃうの?」


深山は足を止め、振り返って私に優しい笑みを見せた。

「あら、君の言う通り、距離を取るべきだろ?どうした、また僕が何か悪いことした?」


なぜだろう、深山の声は……少しすねたように聞こえた。

でも、今の病院は全て星野の手下で溢れている。彼がここにいるのは確かに危険だ。


私は手を振って催促した。

「なんでもないよ。先輩、早く行って!」


深山の優しい顔に、一瞬だけ崩れそうな影が差す。

彼は素早くマスクをつけて、病室を出て行った。


青野万里がちょうどドアの外で見張っていて、星野が突然人を連れてきてボスをとっ捕まえるのを警戒していた。

ボスが出てきたのを見て、青野は慌てて急かす。

「深山さま、早く行きましょう!」


深山の瞳に危険な光が宿る。

「お前も俺を追い出すのか?」

青野は少し不思議そうにした。

「決してそんなことではありません。」


深山は青野をじっと睨み、ゆっくりと歩きながら言う。

「ここは別に悪魔の巣窟でもないし、何をそんなに怖がる必要がある?」

青野は小声で、「でも、星野社長との約束を……」

深山はやっとそのことを思い出した。


だが、あの薄情な後輩ちゃんを思い出すと、彼は意地悪を込めて冷たく笑った。

「ただの取引だ、破れたって構わない。」

そう口では強がりながらも、彼の足取りは明らかにさっきより早くなっていた。


途中、ついでに青野万里に仕事の進捗を確認する。

「そっちは、ちゃんと手配したか?」

青野はすぐに素直に頷いた。

「全て問題ありません。」


深山は青野に優しく微笑む。

「こんなことすらまともにできなかったら、千里と一緒にキャンプへ送って、再教育受けさせるんだな」

万里は彼の皮肉な笑みを見て身震いし、つい私の病室の方を振り返ってしまった。


宮崎様はいったいボスと何を話したのか。

そのせいでボスはこんなに気分がご機嫌斜めになって、しかも毒舌モード全開!


――――


病院のオフィス内。

星野侑二は不機嫌な顔でソファに座っていた。

矢尾翔が慌ただしく入ってきて、小林夜江の全身検査のデータを差し出した。

「これは小林様がさっき受けた検査結果です。」


星野はそれを受け取り、ざっと目を通すと、顔色がさらに暗くなった。

検査結果には、小林夜江が今はとても健康で、何一つ問題がないと記されていた。


矢尾はさらに慎重に、もう一つの調査資料を取り出した。

「それに、小林様が当時病院に運ばれた時、重傷どころか、ほとんど傷もなくて……佐藤医師が重傷のカルテを偽造したようです。」


星野は両手でファイルを強く握りしめ、冷たい声を吐き出した。

「不妊のことも?」

矢尾の表情はますます重くなり、低い声で報告した。

「小林様は階段から落ちたせいで不妊になったのではなく、数年前に何か事故があって、その時点でもう妊娠できなくなったようです。」


星野は資料を床に叩きつけ、怒りで目が燃え上がりそうだった。

矢尾は驚いて一歩後ずさる。

だが、しばらくためらった末、意を決して口を開いた。

「星野社長、もう一つお伝えするべきことがあります。」


星野は冷たく一言。「言え。」


「小林様は階段から落ちる前に、すでに佐藤医師に連絡していました。つまり、階段から落ちたのは計画的で、宮崎様は無関係だったということです。」


星野の顔の筋肉が明らかに痙攣した。

脳裏には、夜江が倒れた後、麻奈が何度も自分に「私じゃない」と必死に弁解していた光景がよみがえる。

それなのに、彼は一度も信じてやらなかった。

頑なに、彼女が嘘をついていると決めつけていた。


さらに、夜江が不妊だと知ると、麻奈を罰するために、後庭園であんな狂った行動に出てしまった。

今でも、彼女が血だらけであの花畑に倒れていた姿を鮮明に覚えている。


星野はゆっくりと頭を垂れ、痛む胸を押さえた。

またしても、自分が彼女を絶望に追い込んだのだ!

だから彼女は絶望の中で、自分を殺そうとしたのか?一緒に死のうとしたのか?

自分は……また過ちを犯した。

しかも、より深刻で許されない過ちを。


彼女は今でも命を捨てて、自分のもとから逃れようとしている!

星野の胸は激しく締め付けられ、真っ赤な血がシャツを染めていく。


次の瞬間――

星野は激しく咳き込み、口から血を吐いた。

矢尾は慌てて叫びだす。

「星野社長、大丈夫ですか!今すぐに医者を呼びます!」

そう言って、駆け出していった。


星野は血まみれのシャツも気にせず、ソファから立ち上がり、よろよろと外へ向かった。

麻奈を探しに行かなければ……

彼女に、全ては誤解だったと伝えなければ!


自分は、本当に間違っていたと分かったのだ!

彼女は、決して自分を捨ててはいけない!!!


だが、星野がまだオフィスを出る前に――

小林夜江が髪を振り乱して飛び込んできて、「ドサッ」と音を立てて星野の前に跪いた。


彼女は哀れっぽくしゃくり上げながら言う。

「侑二、私は本当に君を騙すつもりじゃなかったの!」


星野は女を刃で切り刻む鋭い視線で、小林をじっと睨みつける。

小林は全身が冷え切ったように震え上がり、怯えだす。

「侑二、そんな目で見ないで……怖いよ!」


星野の声には一片の温度もなく、ドアの外に向かって怒鳴った。

「こいつを連れて行け。」


自分が……自分を抑えきれず、彼女を殺してしまいそうで怖いのだ!!!


護衛たちが部屋に飛び込んできて、小林を強引に引きずろうとする。

だが小林は狂ったように星野の足にしがみついた。


「私がこうしたの、侑二には理由が分からないの?」

目を真っ赤にして、星野を悲しげに見上げる。


「怪我を装って、あの女を陥れたのは私!」

「あの人の潔白を汚すように仕組んだのも私!」

「でも、昔、あの女は姉さんを殺したじゃない!」

「彼女が君の子供を身ごもっていたからって、君は彼女に同情するの?」

「私はあの女が憎い!姉さんのため、まだ生まれなかった甥のために復讐したい!私は間違ってるの?」


小林はヒステリックに叫び終えると、星野に心を抉るような問いを投げかけた。

「侑二はもうお姉さんも、姉さんのお腹の子も忘れたの!?あの殺人犯を好きになったの!?」


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