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第43話 あえて触れてやる

小林夜江の最後の言葉は、鋭い刃のように、星野の心臓を真っ直ぐに突き刺した。


彼は小林の首をがしっと掴み、一語一語噛み締めるように言った。

「俺が、何があってもあの女を好きになるはずがない!」


小林は冷たく笑った。

「じゃあ、彼女が好きじゃないなら、なぜ殺さないの?お姉さんの仇を取ってよ!」


星野の瞳は血走り、思わず叫んだ。

「俺は彼女を四年も刑務所にぶち込んだし、彼女の両親も兄貴も死に追いやった!それでもまだ足りないって言うのか?」


小林は怒鳴り返す。

「あの女が死なない限り、足りるわけないでしょ!」


小林は星野侑二の脚を離し、彼を突き飛ばして地面から立ち上がった。

「そもそも、姉さんがあんたを誘拐犯から助け出したんだよ!姉さんが宮崎家と取引して、たった一人で海外に行く代わりに、あんたが星野家を取り戻すために力を貸してもらったんだ!」


星野は両手を固く握りしめ、歯を食いしばった。

「知ってるよ!ひるみは俺のために……色んなことをしてくれた!」


小林は徐々に怒りを鎮め、決然とした表情を浮かべた。

「侑二、あんたが彼女を殺せないなら、私がやる!」


そう言い捨てると、彼女はよろよろと立ち上がり、オフィスを出て行った。


オフィスの外に出ると――

小林は涙を拭い、陰険な表情を浮かべた。


三か月前、星野侑二は宮崎麻奈が裏切っていなかったと知った時も、狂ったように彼女を探し回り、しかも「償う」なんて言っていた。

今回もまた、宮崎が無実だったと知り、あんなに酷く傷つけられた顔してた……

彼は三か月前と同じように、罪悪感からまたあの女に償おうとするに違いない。


絶対に、この芽を摘み取らなきゃ!!!


小林の表情はますます歪み、吐き捨てる。

「あんなにプライドの高い男が、自分の命の恩人を殺した女を好きになったなんて、必ず認められないのよ!」


―――


オフィスの中、星野は暗い顔でソファに崩れ落ちた。

胸元からは血がにじみ続け、

白いシャツはもう真っ赤に染まって、目が痛いほどだった。


だが星野は痛みを感じていないかのように、彫像のように座り続けていた。虚ろな目は、底なしの闇のようで、周囲のすべてを飲み込もうとしていた。


医者はその光景に恐れおののき、逃げ出そうとした。


しかし、矢尾が医者を無理やり星野の側に引き寄せた。

「早く星野社長の傷を処置してください。」


医者は震えながら傷の手当てを始めた。


矢尾は複雑な表情で星野を見つめた。

「星野社長、本当に小林様をこのままにしていいんですか?」


星野は両手を握りしめ――

長い沈黙のあと、冷たく指示を下す。

「ドイツの新エネルギー事業、彼女に任せろ。」


矢尾は思わず憤りを感じた。

「あんな酷いことをしたのに、ただ海外に飛ばすだけですか?」

それじゃあ宮崎様が受けた苦しみは、全部無駄だったじゃないか!


星野は血走った目で睨みつける。

「……何だ、俺に文句でもあるのか?」


矢尾は黙ってうつむいた。

「……ただ、宮崎様が可哀そうで。」


――不公平か?


星野は医者の処置が終わるのも待たず、突然立ち上がり、オフィスを出ていった。


しばらくして、彼は私の病室に現れた。


星野はベッドの前に立ち、私の額の傷を見て、心がギュッと締め付けられるようだった。


好きだと?

「俺が、こんなに何度も俺を騙した女を好きになるはずがない!!」


その低い叫びとともに、

星野の私を見る目つきは、凶暴さを帯びていった。


あの事件の時、功績を横取りして、自分が誘拐犯から彼を救ったと主張したのもこの女。

本当はひるみが、自分の自由と引き換えに宮崎家に頼んで星野家を取り戻させたのに、

彼女はまたしても、自分の手柄のように語った!

最後には、この女が、星野夫人の座をひるみに奪われるのを恐れ、残酷にも彼女を死に追いやった!


今まで彼女に感じていた憐れみや優しさなんて、ただ昔の微かな情が残っていただけだ。

なぜ彼女が他の男と一緒にいるのが許せないのか、なぜ自分を愛さなくなった彼女を受け入れられないのか――

それはただ、彼女が自分の妻だからだ!


自分のものだから、誰にも取らせたくない。

彼女の裏切りは、絶対に許せない!


誤解から生まれた罪悪感と苦しみは、やがて凄まじい狂気へと変わっていった。

彼は身をかがめて、私の顎を掴んだ。

「俺がお前を愛するなんて、絶対にあり得ない!」


何度も心の中で強くそう念じると――


星野はゆっくりと私の頬に顔を近付け、その瞳には狂気の陰影が宿る。


「お前は俺が家族を殺したことを憎んでいるんだろ?俺に触れられるのも嫌なんだろ?だったら、俺は敢えて、お前を一生、俺の側に閉じ込めてやる!!!」


その狂気のなか、星野は横になり、私をきつく抱きしめると、首筋に深く顔を埋め、まるで変質者のように息を吸い込んだ。

「お前が嫌がることほど、俺は好きになるんだよ!」


触れるなって?

俺はあえて触れるさ!


朝も夜も、何度でも!!!


―――


夜の光がゆっくりと消え、優しい朝日が窓からベッドに差し込んでくる。


私はゆっくりと目を開け、ぼんやりと、暖かい胸の中にいることに気づいた。


一瞬で恐怖に襲われ、ベッドにいるこの男を突き飛ばそうとした。

だが、逆に腰をしっかりと押さえつけられる。


そのまま、強引に胸の中に引き寄せられ、全身がこの男とぴったりくっついた。


私は慌てて叫びそうになる。

すると、耳元で低く冷たい声が響いた。

「おはよう。」


この聞き覚えのある声――

星野侑二だ!


慌てて顔を上げ、そばにいる男を見つめると、体がコントロールできないほど震えてきた。

「なんであんたが私のベッドにいるの!?」


目覚めたら、隣に大悪魔が寝ていた――

私はもう、どうにかなりそうだった!


だが、私の取り乱した様子は、星野を大いに満足させているようだった。


彼は私の耳元に顔を寄せて囁く。

「俺たちは夫婦だぞ。俺がお前のベッドにいないで、どこにいるって言うんだ?」


一瞬、私は呆然とした。


昔、結婚したばかりの頃、別々の部屋で寝ていた私は、よくこっそり彼のベッドに潜り込んでいた。

それを見つけた彼に「出ていけ」と言われて――

あの時、私は悔しさで、「私たち夫婦なのに、同じベッドで寝ないなら、私はどこで寝ればいいの?」と問い詰めたことを思い出す。


あの頃の私は、毎朝目覚めて最初に彼の顔を見ることを、心から願っていた。

でも今は、最初に目にしたのが彼で――


もう喜びはなく、魂の奥底からの拒絶しかなかった。


そんな思い出がよぎる中、突然、誰かの手が病衣の中に滑り込んできて、私のお腹を撫で始めた。


私は全身が震え、星野の手を振りほどこうとした。

だが、彼の手はまるで私の肌に張り付いたかのように離れず、ゆっくりと上へと這い上がってくる……


その動作に、彼の体が私に反応していることがはっきりと分かった。


警戒心が一気に高まり、頭の中は混乱でいっぱいになる。


彼は深山と取引したんじゃなかったの?

私にはもう二度と触れないと約束したんじゃなかったの?


なんで……朝っぱらからこんなショックを受ける羽目に?


心が壊れそうになる直前――


星野は私の耳元で、まるで悪魔のような囁きを落とした。

「これからは、朝も夜も、ずっとお前の側にいてやるよ。」


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