私は虚ろな目でスマホを握りしめていた。
魂が抜け落ちたようで、ただ命なき殻だけがそこにある。
どれくらい床に座り込んでいたのか分からない……
秋山はドアを開け中に入った時、目にしたのは血まみれの私と、赤く染まったスマホを握りしめている姿だった。彼の顔色が一瞬で真っ青になった。
ゆっくりと近づき、声を震わせながら言った。
「……ニュース、見てしまったのか?」
私は無感覚に顔を上げ、かすれた声で、もはや言葉にならない声を絞り出した。
「どうして教えてくれなかったの!」
「教えたところで、意味があるのか?」
秋山は私を床から抱き起こし、ベッドに運んだ。
「みんな……君には幸せに、楽しく生きてほしいと願っていた。」
「でも、私はそんな人生なんていらない!!!」
私は、心の底からの怒りと悲しみを叫び、最後の力を使い果たした。視界が暗くなり、そのまま気を失った。
秋山は慌てふためいて叫ぶ。
「宮崎様、しっかりしてください!」
どれだけ呼ばれても、揺さぶられても、私は反応できなかった。
仕方なく、彼は私を抱え、島で唯一の診療所へと走った。
再び目を覚ました時、そばには年配の医者が一人座っていた。
老人は優しく私を見て、「目が覚めたかい」と声をかけた。
私は呆然とうなずき、機械のように「うん」としか答えなかった。
老人はため息をつく。
「何があったのかは知らないが、いま君は妊娠している。くれぐれも感情を激しく揺らさぬように……」
その言葉を聞いて、私は思わずお腹に手を当て、動揺が走る。
「……赤ちゃんは、無事ですか?」
老人は安心させるように微笑む。
「もう安胎薬を使っておいた。なんとか持ちこたえている。」
そう言いながら、何かを思い出した様子で続けた。
「そうだ、蘭さんもこの前妊娠が分かったんだ。君と同じように、心配や悩みが多すぎてね。そろそろ薬も切れる頃だろうから、もう一服分出しておくよ、彼女に持っていってあげて。」
私は信じられない思いで、震える声を上げた。
「……蘭さんが、妊娠したんですか?」
老人医師はうなずく。
「そうさ、でも君よりは月数が短い。二ヶ月ちょっとかな。」
そう言いながら、癖のように髭を撫でた。
「それにね、陽一にはまだ内緒にしてくれって、蘭に頼まれてるんだよ。赤ちゃんが安定するまで知らせないでほしいってね。」
私の涙は止めようもなくあふれ出した。
蘭さんは、安定するまで知らせたくなかったんじゃない。秋山さんに伝えたら、絶対に無茶をさせないように止められると分かっていたから。
彼女は最初から、文乃おばあちゃんと一緒に星野宅へ私を助けに行くのが、いかに危険か分かっていた。
それでも、迷わず私を助けに行ったのだ……
私が嗚咽するのを見て、老人は慌ててなだめる。
「元気出しなさい、泣いちゃだめだよ!落ち着いて!」
だが悲しみが魂まですっぽりと覆い尽くし、私はどうしても泣き止むことができなかった。
そのうち、秋山さんが呼ばれてやってきた。
私の姿を見て、医師に「こちらは私が見ますから、先生はお休みください」と声をかけた。
医師が出ていくと、秋山は私を落ち着かせようとしたが、私が先に口を開いた。
「蘭さん、妊娠してたんだ!」
秋山は一瞬、呪縛にかかったかのように固まった。
「……何だって?」
私は悲しみに満ちた声で言った。
「蘭さんは……二人分の命だった!」
「そんな……!!」
秋山さんは絶望的な叫びを上げ、背骨を抜かれたようにその場に崩れ落ちた。
私はベッドから降りて、彼を見下ろし、瞳に怒りの炎を燃やす。
「秋山さんは、それで、納得できるの?」
秋山は顔を上げ、その目には怒りと果てしない悲しみが渦巻いていた。
私の涙が止まらず、強い意志でしっかりと決心を伝える。
「私は、納得できない!」
秋山は必死で唇を噛みしめ、血が滲んだ。
「だけど、納得できなくてもどうする?相手は星野侑二だぞ?君一人で勝てる相手じゃない……君も忘れるな、例え宮崎家をもってしても、彼には敵わない……」
その一言で、氷水を頭から浴びせられたように、私は一気に冷静になった。
秋山はすべての悲しみを、無理やり心の奥に押し込めた。
蘭に託された「宮崎麻奈を守れ」という想いが、これからの彼のすべてになる。
彼は、蘭の言葉を守らなければならない。
秋山さんはゆっくりと立ち上がり、私を見据える。
「蘭たちの犠牲を無駄にしたくないなら、この間は身体を大事にして過ごしてくれ!」
重い体を引きずりながら、私の肩をしっかりと握る。
「蘭と別れる前に、君に一言伝えてくれって頼まれた。
――ここでのことはすべて忘れて、新しくやり直してほしいって。」
その言葉を聞いた瞬間、私は自分の身体が震えるのを止められなかった。
蘭は死の間際まで、ずっと私に新しい人生を望んでくれていたの?
怒り、不満、悲しみがぐちゃぐちゃに絡み合う。
私が愛した人たちは、命を懸けて私を守り、ただ一つの願いを残した――「生きてほしい!」
そんなみんなの思いを裏切ってまで、私は復讐の道を選ぶのか?
秋山は、私が少し落ち着いたのを見て、かすれた声で呟いた。
「君のために、海外行きのチケットを手配しておいた。向こうでも全部準備してある……みんなの願いを背負って、生きてくれ!」
この言葉を残し、秋山は重い足取りで診療所を出て行った。
私は心がざわつき、ゆっくりと診療所を出た。
辺りを見回すと、ここが小さな島であることに気づいた。そしてこの島には以前にも来たことがあった。星野侑二の両親が生前、力を入れて作ろうとした海島のエコパークだ。
このプロジェクトは最初から利益目的ではなく、島の自然を守るためのものだった。
最終的には星野グループに放棄されてしまったけれど。
今もこの島はほとんど開発されておらず、住人もわずか数十世帯しかいない。
正直、これほど安全な場所はない。
志津県よりもずっと安全で、私がここに隠れていれば、星野侑二に一生見つかることはないだろう。
私は開発されていない小道を、ゆっくり歩いていく。
空気には海のにおいが満ちている。だけど、そのにおいでも、私の頭の中の混乱は洗い流せなかった。
本来、私は深山彰人と手を組んで、星野侑二に復讐しようとしていた。
だが、蘭さんと文乃おばあさんは、命をかけて、私を星野侑二という悪魔の手から救い出してくれた。彼女たちは、ただ私に生きていてほしいと願っただけだった。
私の進むべき道はどこにあるのか、どこへ行けばいいのか――。
気がつくと、私は島の桟橋まで来ていた。
そこでやっと、星野グループのロゴが入ったヨットが停まっているのに気付いた。
胸がドクンと高鳴る。星野グループの人間が、この島に来ている?
ダメだ!
今や星野は世界中で私を探している。この島で星野グループの人間に見つかれば、蘭さんや文乃おばあちゃんの犠牲がすべて無駄になる。
私はすぐに引き返し、隠れようとした。
だが、数歩も歩かないうちに、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「おやおや、これは、我らやんごとなき宮崎家ご令嬢じゃないか?」