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第52話 自分の価値を最大限に発揮する


少しの予兆も、少しの防備もなかった。

小林夜江を私はあっさりと床に叩き倒した。


手にしていたオールを投げ捨て、辺りをざっと見渡した後、私は足を引きずりながらヨットのキャビンに入り、救急箱を見つけて、肉がめくれ上がった自分の手首に丁寧に包帯を巻いた……


本来なら数分で終わる作業。

しかし、私はすでに脱力していたせいで、結果十五分もかかってしまった。

しかも包帯の巻き方もひどいものだった。


少し息を整えながら、私は果てしない海を見つめ、かすれた声で呟いた。

「早く戻らなきゃ!」


壊れかけた身体を引きずりながら、ヨットのハンドルの前に立ち、ナビゲーションシステムを起動し、エンジンをかける。


ダンスや、上品な令嬢のイメージとは裏腹に――

私の趣味は「おしとやか」とは正反対だった。


ダイビングが好き。

グライダーも好き。

そして、海でのドライブも好きだ……

だから、ヨットを操縦するのは私には難しいことではなかった。


今の問題は、私の身体がすでに限界に近いこと。

この最後の気力で岸にたどり着けなければ、この広い海で私を待つのは死だけだった。


でも――私は死ねない!

もう誰にも、私を殺させない!


私の眼に再び熱い炎が宿る。それが私を支え、最後の一息を繋ぎとめていた。


ついに――私は島を見つけた!


ヨットが岸についたとき、遠くから誰かが私に向かって急いで走ってくるのが見えた。

顔はよく見えなかったが――でも、私には分かる。秋山さんだ!


ヨットが岸に着いた瞬間、秋山は駆け寄ってきた。

しかし、彼の目に映ったのは、服に大きな血痕が広がり、両手首から絶えず血が滲み、額も血だらけの私の姿……


秋山が駆け寄って私を支え、叫んだ。

「宮崎さん、何があったんですか!」


ただ診療所から出て少し気分転換するだけじゃなかったのか?

どうしてこんな無残な姿に――!

蘭に知られたら、きっと自分は殺される!!!


私は辛うじて手を上げ、隅に倒れている小林夜江を指差した。

「彼女に見つかったの。」


秋山はその方向を見て、驚きの表情を浮かべる。

「小林ひるみは死んだんじゃ……どうしてまだ生きているんだ?」


そうか、秋山はまだ小林夜江の存在を知らなかった。

今、急に彼女を見て、てっきり小林ひるみだと思っただろう。


私は小林の顔をじっと見つめ……

脳裏には、先ほど彼女が言った不可解な言葉がよぎる。

とあるとんでもない考えが、ゆっくり頭をもたげてきた。


だが、その答えを掴もうとする前に、強烈な脱力感が私を襲った。

もう、限界だった。

私は意識を保てず、そのまま昏倒した。


秋山は慌てて私を抱きかかえ、診療所へと急いだ。

医者は私のひどい姿に、呆然とした。

「この子、悪者に遭ったのか?でも、おかしいな。

うちら島の人々はみんな純粋でいいやつばかりだよ、悪い人なんていないのに!」


秋山は眉をひそめ、「島の人間じゃありません」とだけ答えた。

そして、医者を真剣な目で見つめた。

「彼女のことはお願いします。私は少し外に行って、用事を済ませてきます。」


医者は軽く手を振った。

「はいよ、ここにいても役に立たんしな。」


秋山はすぐさま診療所を駆け出した。

小林ひるみを早く処理しておかないと――

宮崎麻奈の行方が漏れるかもしれないんだ!


―――


意識が朦朧とする中、私はまた、何も見えない暗い深淵に落ちていった。

だが、暗闇に触れた瞬間、私はすぐにその束縛から逃れた。


ここは、私の居場所じゃない!!!

もう、堕ちたりしない!


私は全力で暗闇から這い上がり、ゆっくりと目を開いた。

目にはもう迷いはなかった。ただ、決意だけがあった。


ベッドの横に座る秋山を見て、私は口を開いた。

「私は復讐する!」


秋山は反論しようとした。

だが、私は真剣な表情で言い続けた。

「秋山さん、私の頭は今までで一番はっきりしている。自分が何をすべきか!」


秋山は黙り込んだ。

なぜなら、私の今の目は、以前よりずっと強く、誰にも止められないほどの決意が宿っていたからだ。

疑いようもない。たとえ彼が私を海外に送っても、私は必ず戻ってくるだろう。


秋山は眉をひそめ、重い声で言った。

「分かっているのか?この道を選べば、どうなるか――」


私は沈痛な表情で、涙を浮かべて言った。

「私の母さんも父さんも、兄さんも、彼に殺された。今度は蘭さん、そしておばあちゃんまで……私は絶対に復讐する!命を賭けても!」


秋山は私のお腹に視線を向けた。

「でも、君は妊娠しているんだぞ!」


私はお腹に手を当てて、静かに言った。

「きっとこの子も私を誇りに思ってくれる!」


それに……

お腹の子は、いざという時、私にとって隠しの切り札になる!


生き延びるためなら、私は全ての誇りも羞恥も捨ててきた。

これからは復讐のために――同じくすべてを賭けられる!


私は苦しそうに手を伸ばし、秋山の腕を掴んだ。その目には懇願がこもっていた。

「秋山さん、蘭さんは私に素晴らしい未来を用意してくれたけど……でも、蘭さんだってきっと、私自身の未来を自分で選ぶことを望んでる!」


秋山は長い沈黙の後、深く息をついた。

そして、彼の目にも決意が宿った。

「分かった、一緒にやろう。」


秋山はずっと蘭の遺志に従おうとしてきた。

だが、それが本当に自分の望むことか?


いや――

彼もまた何もかも顧みず、愛する人と自分の子のために復讐したかったのだ。


今、秋山ははっきりと感じていた。私はもう以前のように、衝動だけで復讐を望んでいるのではない、と。

今の私は、復讐をこの人生唯一の道と決めている!


ところで、秋山はふと疑問を抱いた。

「小林ひるみと出会って、一体何があったんだ……」

それほどまでに、人が変わる出来事があっただろうか?


秋山はそれ以上言わなかったが、私はその意味を理解した。

私は沈んだ目で答えた。

「私は、本当の死を経験したの。」

死が、私に本当にやりたいことを教えてくれた!


秋山は驚いた。

「小林ひるみが、お前を殺そうとしたのか?!」

私は皮肉を込めて言った。

「そうよ。私が死ねば、星野侑二が自分のものになると――そう思ってる。」

なんて馬鹿げた理屈。


そして私は訂正した。

「それに、彼女は小林ひるみじゃない。妹の小林夜江よ……」

だが秋山は即座に否定した。

「妹?そんなはずはない!」


私は疑わしげに秋山を見た。

「なぜそう言い切れるの?」

秋山は真剣に説明した。

「昔、奥様(星野侑二の母)に頼まれて小林ひるみを調べたが、兄弟姉妹はいなかったはずだ!」

それは私も当時調べた結果と同じだった。


兄弟姉妹のいない人間に、なぜ突然実の妹が現れる?

私は小林夜江に関する不審な点を思い返した。

「確かに彼女は謎が多いし、私にも強い悪意を持ってる。」


秋山は自ら提案した。

「では、俺がもう一度調べよう。」


私は身を起こして今一番の心配事を訊いた。

「彼女はちゃんと閉じ込めたの?」

秋山は力強くうなずいた。

「はい。もう星野侑二に連絡することはできない。」


だが私は楽観できなかった。

「でも、誰かが彼女の行方不明に気付いたら、きっとこの島を調べにくるだろう……その時、私の居場所もバレるかも。」


秋山は暫く黙り込み、私の意見を聞いた。

「どうしたい?」

私は真剣に秋山さんを見つめ、冷たい笑みを浮かべた。

「星野侑二は狂ったように私を探してるんでしょ?だったら、私は自分の価値を最大限に発揮するわ!」


星野侑二――

今度はもう、逃げない!

私が自分の足で、あなたのところへ――赴く!!!

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