星野グループ、社長室。
まだ秋だというのに、オフィスの中はまるで冬のように凍てつく寒気が満ちていた。
星野侑二は広いデスクの後ろに座り、その姿はまるで氷山のように冷たく、孤高だった。
彼はとうに知っていた。祖母・星野文乃の企みを。
彼は前もって人を手配し、文乃と蘭の行動を監視させていた。
すべては彼の掌の中にあるはずだった。
なのに、あの女はどうして彼の目の前から、この手のひらから逃げ出したのか!
今や、神川県中を探させても、彼女の痕跡はまったく見つからない。
三か月前よりも、さらにきれいさっぱり消えてしまった。
彼女をおびき出すため、あらゆる手段を使い、各種のサイトで星野文乃重傷と篠田蘭死亡のニュースを流した。
これは、もし文乃にも死んでほしくなければ、素直に戻ってこい、という宮崎麻奈への警告だった。
だが、すでに一週間が過ぎても、何の反応もない。
星野はいま、怒り狂うだけでなく、わずかな恐怖も感じていた。
怖いのだ。あの女が……本当に消えてしまい、二度と現れないことが。
それだけは、絶対に受け入れられない!
星野はますます苛立ち、力いっぱいでカップを机に叩きつけた。
「全く非情な女だな。自分だけ逃げて、おばあ様の生死なんかどうでもいいのか!」
だが、彼女はいつもそうだった。
自分のことしか考えない、身勝手で憎らしい女!
その時、矢尾が恐る恐るドアをノックして入ってきた。
「星野社長、報告したいことがあります。」
星野はただ冷たく一言、「話せ。」
「小林様は三日前にドイツへ出張するはずでしたが、いまだに現地の支社に現れていません。アパートを調べさせても、見つかりませんでした……」
星野は鼻で笑った。
「また駄々をこねて、ドイツに行きたくないだけだろう。放っておけ。」
矢尾は慌てて「はい」と答え、「では、別の人員を手配します」と言い残して、寒気の漂う社長室からそそくさと出て行った。
星野は片手で痛む額を押さえ、もう一方の手で机を激しく殴った。
「まったく、どいつもこいつも手のかかる奴らだ!」
その時、プライベート用のスマホが突然鳴った。
彼はすぐさま電話を取る。
相手の話を聞くと、星野は一気に立ち上がり、目に狂おしい光を宿した。
「すぐに向かう!」
―――
神川県郊外の港、岸辺に一隻のスピードボートが停泊している。
ボートの近くで、秋山陽一が静かに待っていた。
まもなく、黒のセダンが疾走してきて、秋山の脇にぴたりと停まった。
車のドアが開き、星野侑二がゆっくりと降り立った。
黒のロングコートが海風に煽られ、はためくたびに、彼の姿は一層冷ややかで端正に映る。
まるで――闇の奥から現れた、世界を滅ぼす帝王のようだった。
秋山は恭しく頭を下げる。
「星野さま。」
星野の目には暗い光が渦巻いている。
「奴は?」
秋山は隣のボートを指差した。
「こちらに。」
星野侑二は興奮を抑えきれず、足早にボートへ乗り込む。
そして――
私は、がっつり縄に縛られ、口にはテープを貼られ、ボートの中に転がされていた。
秋山が星野に続き、ボートに乗り込むと、経緯を説明し始めた。
「島でたまたま小林ひるみと宮崎麻奈様を発見し、こっそり尾行しました。
その後、小林様が宮崎様を海に沈めようとしているのを発見しました。」
「ですが、宮崎様は沈められた後、なんと自力でヨットに泳ぎ着き、逆に小林様を返り討ちにしたんです。」
「星野さまが宮崎様を探しているのを知っていたので、彼女の警戒心が強くて、今日やっと捕まえる機会を得ました。捕まえた直後、すぐに星野さまに連絡して、ここに連れてきました。」
これは秋山と前もって打ち合わせておいたセリフだ。
私を見つけるなんて、大手柄に決まってる。
そんなチャンス、無駄にするわけにはいかない!
この手柄は秋山のものにしなければ!
しかも、この話には真実と嘘が混ざっているから、後で星野が小林夜江と対峙しても、秋山が私の味方だとは絶対にバレない。
星野は秋山の説明を聞くと、その冷徹な表情にさらに氷のような影が浮かんだ。
まさか、こんな波乱があったとは。
この女、もう少しで夜江に海に沈められるところだったのか?
つまり、夜江は駄々をこねてドイツに行かなかったのではなく、人殺しを企んでいたのだ!!!
星野の目には怒りの色が閃き、私に視線を向けた瞬間、その怒りは狂気に変わった。
今や、星野の頭も目も、私以外のものなど何も映っていなかった。
彼は身を屈め、私を乱暴に引き寄せ、耳元で悪魔のように囁いた。
「言っただろう、お前は一生、俺のそばにいるしかないって!絶対に逃げられない!」
私は恐怖に目を見開き、怯えながら後ずさった。
この姿は、明らかに星野を骨の髄まで恐れていて、もう二度と関わりたくないという意思そのもの。
だが――
この姿こそが、星野を深く満足させていた。
彼は狂気じみた笑みを浮かべ、私の耳たぶを噛んだ。
「前にも言ったよな、言うこと聞かない奴は、罰が必要なんだよ?」
そう言いながら、星野は私を無理やり担ぎ上げ、そのまま車に押し込んだ。
私の抵抗などお構いなしに、荒っぽく押し込む。
車は猛スピードで駆け抜け、いくつもの信号を無視して、ついに星野宅へ到着した。
星野のあの歪んだ性格なら、きっと私を部屋に連れて行き、ありとあらゆる残酷な拷問を加えるだろう――
私はそう予測し、事前に対策も考えていた。
だが、最初の予想から早くも外れた!!!
星野は私を部屋ではなく、かつて監禁された地下室に連れていったのだ。
地下室で、私は両脚から血を流し、床に意識を失って倒れている文乃を見た。
その瞬間、頭が真っ白になり、呼吸も乱れた。
星野は私の口のテープを剥がし、耳元で低く囁いた。
「驚いたか?」
私は発狂したように必死で文乃に駆け寄ろうとした。
だが、星野は私を腰で抱き止め、無理やり腕の中に引き寄せる。
「そんなに興奮してどうする?」
私は星野に怒鳴った。
「これはあなたのおばあさんでもあるのよ!どうしてこんな酷いことができるんだ!」
私は思った――
星野が文乃を捕らえても、血縁を考えれば、実の祖母には手加減するだろうと。
だが、私は星野の残酷さを見誤っていた!!!
星野は納得した表情を浮かべた。
「なるほど、俺が彼女を見逃すと思ってたんだな。だからニュースを見ても、大人しく戻らなかったんだ。」
狂気じみた笑いを漏らしながら、私を引きずって文乃の前に連れて行く。
そして、私の目の前で、文乃の膝を思い切り踏みつけた。
私は絶叫した。
「星野侑二、何をしている!!」
私は必死に星野を押しのけ、文乃を踏みつづけないようにした。
だが、星野の足はしっかりと膝に狙いを定め、力を強めていく。
文乃は痛みに目覚め、弱々しくうめいた。
「もう言っただろう、私は麻奈がどこにいるか知らないって……殺したって無駄だよ……」
星野は冷酷な笑みを浮かべた。
「もう見つけたよ~」
文乃の顔色が一瞬で変わり、重いまぶたを必死で開けた。
そして、星野にしっかりと抱きしめられている私を見つけた!
文乃は息を荒げ、狼狽した顔で叫んだ。
「麻奈!」
私は絶望に満ちた叫び声で星野に怒鳴った。
「やりたいなら、私にしろ!おばあちゃんをこれ以上苦しめないで!」
星野は私の顎をきつく掴み、血走った目で一語一語吐き捨てた。
「これが逃げた罰だ。」
その目は殺気に満ち、足にこもった力がさらに強くなった。
その次に、骨が砕ける「バキッ」という音が、はっきりと聞こえた!
文乃は目覚めたばかりなのに、今度は痛みに耐えきれず、また気絶してしまった。
私は目を見開き、もう裂けそうだった。
次の瞬間――
私は星野の腕を振りほどき、床にある鋭い鉄の錐を一本拾い上げ、自分の喉元に向けて突きつけた!