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第53話 自分の喉元に向けて


星野グループ、社長室。


まだ秋だというのに、オフィスの中はまるで冬のように凍てつく寒気が満ちていた。

星野侑二は広いデスクの後ろに座り、その姿はまるで氷山のように冷たく、孤高だった。


彼はとうに知っていた。祖母・星野文乃の企みを。

彼は前もって人を手配し、文乃と蘭の行動を監視させていた。

すべては彼の掌の中にあるはずだった。


なのに、あの女はどうして彼の目の前から、この手のひらから逃げ出したのか!

今や、神川県中を探させても、彼女の痕跡はまったく見つからない。

三か月前よりも、さらにきれいさっぱり消えてしまった。


彼女をおびき出すため、あらゆる手段を使い、各種のサイトで星野文乃重傷と篠田蘭死亡のニュースを流した。

これは、もし文乃にも死んでほしくなければ、素直に戻ってこい、という宮崎麻奈への警告だった。


だが、すでに一週間が過ぎても、何の反応もない。

星野はいま、怒り狂うだけでなく、わずかな恐怖も感じていた。


怖いのだ。あの女が……本当に消えてしまい、二度と現れないことが。

それだけは、絶対に受け入れられない!


星野はますます苛立ち、力いっぱいでカップを机に叩きつけた。

「全く非情な女だな。自分だけ逃げて、おばあ様の生死なんかどうでもいいのか!」


だが、彼女はいつもそうだった。

自分のことしか考えない、身勝手で憎らしい女!


その時、矢尾が恐る恐るドアをノックして入ってきた。

「星野社長、報告したいことがあります。」


星野はただ冷たく一言、「話せ。」


「小林様は三日前にドイツへ出張するはずでしたが、いまだに現地の支社に現れていません。アパートを調べさせても、見つかりませんでした……」


星野は鼻で笑った。

「また駄々をこねて、ドイツに行きたくないだけだろう。放っておけ。」


矢尾は慌てて「はい」と答え、「では、別の人員を手配します」と言い残して、寒気の漂う社長室からそそくさと出て行った。


星野は片手で痛む額を押さえ、もう一方の手で机を激しく殴った。

「まったく、どいつもこいつも手のかかる奴らだ!」


その時、プライベート用のスマホが突然鳴った。


彼はすぐさま電話を取る。

相手の話を聞くと、星野は一気に立ち上がり、目に狂おしい光を宿した。

「すぐに向かう!」


―――


神川県郊外の港、岸辺に一隻のスピードボートが停泊している。

ボートの近くで、秋山陽一が静かに待っていた。


まもなく、黒のセダンが疾走してきて、秋山の脇にぴたりと停まった。

車のドアが開き、星野侑二がゆっくりと降り立った。

黒のロングコートが海風に煽られ、はためくたびに、彼の姿は一層冷ややかで端正に映る。

まるで――闇の奥から現れた、世界を滅ぼす帝王のようだった。


秋山は恭しく頭を下げる。

「星野さま。」

星野の目には暗い光が渦巻いている。

「奴は?」

秋山は隣のボートを指差した。

「こちらに。」


星野侑二は興奮を抑えきれず、足早にボートへ乗り込む。

そして――

私は、がっつり縄に縛られ、口にはテープを貼られ、ボートの中に転がされていた。


秋山が星野に続き、ボートに乗り込むと、経緯を説明し始めた。


「島でたまたま小林ひるみと宮崎麻奈様を発見し、こっそり尾行しました。

その後、小林様が宮崎様を海に沈めようとしているのを発見しました。」

「ですが、宮崎様は沈められた後、なんと自力でヨットに泳ぎ着き、逆に小林様を返り討ちにしたんです。」

「星野さまが宮崎様を探しているのを知っていたので、彼女の警戒心が強くて、今日やっと捕まえる機会を得ました。捕まえた直後、すぐに星野さまに連絡して、ここに連れてきました。」


これは秋山と前もって打ち合わせておいたセリフだ。

私を見つけるなんて、大手柄に決まってる。

そんなチャンス、無駄にするわけにはいかない!

この手柄は秋山のものにしなければ!


しかも、この話には真実と嘘が混ざっているから、後で星野が小林夜江と対峙しても、秋山が私の味方だとは絶対にバレない。


星野は秋山の説明を聞くと、その冷徹な表情にさらに氷のような影が浮かんだ。

まさか、こんな波乱があったとは。


この女、もう少しで夜江に海に沈められるところだったのか?

つまり、夜江は駄々をこねてドイツに行かなかったのではなく、人殺しを企んでいたのだ!!!


星野の目には怒りの色が閃き、私に視線を向けた瞬間、その怒りは狂気に変わった。


今や、星野の頭も目も、私以外のものなど何も映っていなかった。


彼は身を屈め、私を乱暴に引き寄せ、耳元で悪魔のように囁いた。

「言っただろう、お前は一生、俺のそばにいるしかないって!絶対に逃げられない!」


私は恐怖に目を見開き、怯えながら後ずさった。


この姿は、明らかに星野を骨の髄まで恐れていて、もう二度と関わりたくないという意思そのもの。

だが――


この姿こそが、星野を深く満足させていた。


彼は狂気じみた笑みを浮かべ、私の耳たぶを噛んだ。

「前にも言ったよな、言うこと聞かない奴は、罰が必要なんだよ?」


そう言いながら、星野は私を無理やり担ぎ上げ、そのまま車に押し込んだ。

私の抵抗などお構いなしに、荒っぽく押し込む。


車は猛スピードで駆け抜け、いくつもの信号を無視して、ついに星野宅へ到着した。


星野のあの歪んだ性格なら、きっと私を部屋に連れて行き、ありとあらゆる残酷な拷問を加えるだろう――

私はそう予測し、事前に対策も考えていた。


だが、最初の予想から早くも外れた!!!


星野は私を部屋ではなく、かつて監禁された地下室に連れていったのだ。

地下室で、私は両脚から血を流し、床に意識を失って倒れている文乃を見た。


その瞬間、頭が真っ白になり、呼吸も乱れた。


星野は私の口のテープを剥がし、耳元で低く囁いた。

「驚いたか?」


私は発狂したように必死で文乃に駆け寄ろうとした。

だが、星野は私を腰で抱き止め、無理やり腕の中に引き寄せる。

「そんなに興奮してどうする?」


私は星野に怒鳴った。

「これはあなたのおばあさんでもあるのよ!どうしてこんな酷いことができるんだ!」


私は思った――

星野が文乃を捕らえても、血縁を考えれば、実の祖母には手加減するだろうと。

だが、私は星野の残酷さを見誤っていた!!!


星野は納得した表情を浮かべた。

「なるほど、俺が彼女を見逃すと思ってたんだな。だからニュースを見ても、大人しく戻らなかったんだ。」


狂気じみた笑いを漏らしながら、私を引きずって文乃の前に連れて行く。

そして、私の目の前で、文乃の膝を思い切り踏みつけた。


私は絶叫した。

「星野侑二、何をしている!!」


私は必死に星野を押しのけ、文乃を踏みつづけないようにした。

だが、星野の足はしっかりと膝に狙いを定め、力を強めていく。


文乃は痛みに目覚め、弱々しくうめいた。

「もう言っただろう、私は麻奈がどこにいるか知らないって……殺したって無駄だよ……」


星野は冷酷な笑みを浮かべた。

「もう見つけたよ~」


文乃の顔色が一瞬で変わり、重いまぶたを必死で開けた。

そして、星野にしっかりと抱きしめられている私を見つけた!

文乃は息を荒げ、狼狽した顔で叫んだ。

「麻奈!」


私は絶望に満ちた叫び声で星野に怒鳴った。

「やりたいなら、私にしろ!おばあちゃんをこれ以上苦しめないで!」


星野は私の顎をきつく掴み、血走った目で一語一語吐き捨てた。

「これが逃げた罰だ。」


その目は殺気に満ち、足にこもった力がさらに強くなった。

その次に、骨が砕ける「バキッ」という音が、はっきりと聞こえた!

文乃は目覚めたばかりなのに、今度は痛みに耐えきれず、また気絶してしまった。


私は目を見開き、もう裂けそうだった。


次の瞬間――

私は星野の腕を振りほどき、床にある鋭い鉄の錐を一本拾い上げ、自分の喉元に向けて突きつけた!

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