確かに、深山彰人は宮崎麻奈に警告されていた。また彼女と関わると、今度こそ巻き込まれて、星野に不倫相手とみられかねないと。
けれど、星野宅で起きたことは、彼の想像を遥かに超えていた。
まさか、もう何事にも関与しなくなった星野文乃が、彼以上に過激な行動を取るとは思いもしなかった。
後輩ちゃんを直接眠らせて連れ出してしまうなんて――!
深山は感慨深げに呟いた。
「前に聞いたことがあるんだ。星野文乃は浮気した三男を懲らしめるために、三男の妻と組んで、息子に化学的な去勢をしたって……」
青野千里はぞっと身震いした。
「そこまでやる?しかも、実の息子に?」
深山は目を細めて微笑んだ。
「当時は冗談だと思ったけど、今思えば本当の話だったんだな。」
でなければ、今回も後輩ちゃんを守るためにあんなことまでしないはずだ。
青野は複雑な表情を浮かべた。
「星野文乃さんって本当に……筋の通ったいい人ですな!」
深山はくすっと笑った。
「そうだな、星野家の狂気はどうやら血筋によるものみたいだよ。自分が正しいと思ったことのためなら、何もかも投げ出す。命だって惜しくない。」
青野は星野家のエピソードを聞いた後、疑わしげに深山を見た。
「それで、なんで急にイタリアに行くことになったんですか?何かありましたのか?」
イタリア行きは、ほんの一時間前に決まったことだった。
奇遇にも、最近キャンプ内の“青野”姓の何人かが、深山に派遣されイタリアで調査をしていたのだ。
深山の目が一瞬鋭く光った。
「ちょっとしたトラブルがあったんだ。」
青野はため息をついた。
「さっき宮崎様を見た時から、なんか嫌な予感がしてたんです。ほら、あの厄神に会うと、絶対碌なことがないです。」
彼は深山を複雑な顔で見やり、親切に忠告する。
「深山さま、宮崎様が今やあなたの重要な駒なのはわかってますけど、極力接触は避けましょう。あまりにも不運すぎる!」
深山彰人はにやりと笑った。
「もし俺がもう触っちゃったら?」
青野は数秒固まり、真剣に提案した。
「飛行機降りたら、すぐ教会に行きましょう!!!」
―――
私は、青野千里が深山のために私からうつった厄を祓おうと必死になっているとは、もちろん知る由もなかった。
ファーストクラスに戻った私は、隣に座る星野侑二を見やる。
彼は仕事に没頭している真っ最中だった。
星野侑二は星野家が心血を注いで育てた後継者であり、会社の経営に関しては誰にも引けを取らない。
けれど、小林ひるみに出会ってからというもの、すっかり恋愛脳になってしまった。
私はそっと視線を外し、席に身を沈めた。
このところ、身体がますます疲れやすくなり、気づけばすぐに眠り込んでしまう。
星野が仕事を終えた時、私はすでに眠りに落ちていた。
座席は広々とした空間なのに、なぜか彼女が身を縮こまらせている。
これがもう癖になってしまったのか?
星野は少しだけ胸を痛め、自然にブランケットを取って私にかけてやった。
矢尾翔はその様子を見て、しばらく悩んだ末、小声で話しかける。
「星野社長、確かに宮崎様が以前したことはちょっとやりすぎでしたけど、でも結局、あなたを愛しすぎたからあんなに取り乱したんじゃないですか?」
矢尾は恩を忘れない人間だ。
前に私が彼の恋人を少し助けたことがあり、そのせいか、私のことになると微妙に肩入れしてしまう。
星野は鋭い目つきで矢尾を睨んだ。
「なんだ、お前、この女に同情してるのか?」
矢尾はその口調から強烈な嫉妬を感じ取り、無用な誤解を避けるため、慌ててスマホを取り出し、恋人とのツーショット写真を見せた。
「星野社長、僕にはちゃんと彼女がいますから!」
星野は意外そうに目を見開く。
「お前にも彼女がいたのか?」
矢尾は逆に驚く。「僕に彼女がいて悪いですか!」
星野の表情はますます複雑になった。
「こんなバカ秘書でさえ彼女がいるのに、なぜ俺は独り身なんだ……?」
いや、違う!
俺は独り身じゃない!
星野は顔を上げ、背筋を伸ばして冷たく鼻で笑った。
「彼女がいるくらいで威張るな。俺には妻がいる!」
矢尾は思わず口元を引きつらせた。
星野社長、宮崎様を血の涙が出るほど散々苦しめておいて、よくもまあ“自分の妻”なんて呼べるな……
―――
飛行機を降りた私は、まだ頭がぼーっとしていた。
あれだけ長く寝たのに、まだ眠気が取れない。
車に乗り込むと姿勢を変えて、またすぐに眠り込んでしまった。
星野は、私がずっと眠っているのを見て、眉をひそめた。
前は外出するたび、飛行機でも車でも、私が一番ハイテンションではしゃいでいたのに、どうして今はこんなに眠り続けているんだ?
もしかして、この女の体に異常があるのか?
やっと手元に引き留めたのに、体に何かあっては困る!
すぐさま命令を下した。
「帰ったら、彼女の健康診断を予約しろ。」
矢尾はうなずいた。「かしこまりました!」
運転手はバックミラーで私をちらりと見て、助手席の矢尾に小声でつぶやいた。
「彼女、もしかして妊娠してるんじゃないですか?」
矢尾は運転手をにらんだ。「何を馬鹿なこと言ってるんだ!」
運転手は気まずそうに笑った。
「うちの嫁が妊娠した時も、車に乗るとすぐ寝てたんで……」
運転手は声を落として話していたが、星野にははっきり聞こえていた。
妊娠……?
そんなはずはない!
前に病院で何度も検査した時、妊娠の兆候はまったくなかった。
帰って検査すれば、すぐわかるはずだ!
間もなく、車はホテルに到着した。
私はぼんやりと目を覚ます。
ホテル名を見て、顔色が思わず変わった。
ここは――数年前、私が初めて子供を授かった場所だ。
再びこの地に立つと、忘れかけていた記憶が頭をよぎる。
それは、星野侑二の“情熱”を初めて知った夜。
それで長い間、私は彼が心の奥底で実は私を愛しているのだと思い込んでいた。
けれど、よく考えてみれば、男が媚薬を盛られたとき、何人が紳士でいられるだろう?
あの時の彼は、ただ本能を解き放っていただけだった。
頭が混乱している中、私はホテルロビーで一人の男性に目を留めた。
緩やかな金髪、深いエメラルドグリーンの瞳――
まるで美術館に飾られた彫刻のように、体型も顔立ちも際立っていて、周りの西洋人の中でもひときわ目立っていた。
私が彼を見た瞬間、彼もちょうど私に視線を向けてきた。
そして、いたずらっぽい微笑みを浮かべる。
星野侑二の冷酷な雰囲気や、深山彰人の穏やかな品格とも違う。
この男は完全に自由奔放な人で、全身から野性的なオーラを放っていた。
そして、彼は大股で私の方へ歩み寄ってきた。
「Ciao, bella mia!また会えたね!」