星野侑二は思ってもみなかった。まさか、レストランから出てきてこんな光景を目にするとは。
胸の奥から理由もない怒りが「バチッ」と湧き上がる。
この忌々しい女、怪我をしているのに、まだ男を惹きつけているなんて!
しかも、ジョイスはどうしてまたこんな偶然に現れた?
もしかして、彼女がこっそり呼び寄せたのか?!
そうなると、二人はずっと裏で繋がっていたことになる!
この推測が頭をよぎった瞬間、星野の周囲の空気は一気に氷点下にまで下がったようだった。
私は星野の怒りを感じ取り、慌ててジョイスの腕から飛びのいた。
「彼は私が怪我してるのを見て、ただ病院に連れて行こうとしただけよ!誤解しないで!」
だが、星野は私の言葉を全く信じなかった。
彼は、自分以外のどんな男にも私に触れることを絶対に許せないのだ!!!
一言も余計なことを言わず、拳を振り上げて、ジョイスの整った顔面めがけて一直線に飛んできた。
ジョイスは前回すでに大恥をかかされていた。
それなのに、星野はまたしても容赦なく殴りかかる――そろそろ本気を出さないと、自分が舐められてしまう。
こうして、ジョイスと星野は本気の殴り合いを始めた。
ジョイスは長年トレーニングもしていて、多少の格闘技も知っている。今のオスクーロ会内でも、彼に近接戦で勝てる者は少ない。
だが、星野は幼い頃から星野家の後継者として鍛えられてきた。
星野家の厳しい教育体制のもと、道徳・知能・身体・審美、それらにおいて全面的な高水準が求められ、特に「体」には最も重きが置かれていた。
「強い体がなければ、星野グループは管理できない」と星野家に教えられてきた。
だから、星野侑二は幼稚園時代から様々な体力強化スキルを修得していた。
やがて、ジョイスは劣勢に追い込まれていく。
ほんの数分で、顔はボコボコ、見るも無惨な姿になった。
もとはイケメンで華やかな青年が、今や親さえも見分けがつかないほどに。
私はジョイスの悲惨な姿を見て、駆け寄り、涙ながらに止めに入った。
「もうやめて!これ以上やったら死人が出るよ!」
星野は私を睨みつけて怒鳴る。
「何だ、惜しいのか?」
私は涙で視界が滲み、か弱く、必死に訴えた。
「私に優しくしてくれる人は、全部潰さなきゃ気が済まないの?」
この言葉が、星野の怒りに再び火をつけた。
もう手を引こうとしていたのに、またもや拳を振るう。
もともとボロボロだったジョイスは、さらにひどい目に遭った!
星野の怒りのままに殴られ、ついには虫の息、立っていられないほどに。
一方で、星野はジョイスを叩きのめした後、私の腕を乱暴に引っ張り、「お前に優しくする奴は、俺が一人ずつ始末する!」
私は嗚咽しながらジョイスを見つめ、罪悪感に満ちて叫んだ。
「ごめん、私のせいで巻き込んじゃった!」
私がそう言い終わるや否や、星野はジョイスをさらに強く踏みつけた。
かろうじて意識のあったジョイスは、完全に気絶してしまった。
彼を一瞥だにせず、星野は私を地面から引き上げ、歯の隙間から絞り出すように言った。
「帰るぞ!」
私が反応する間もなく、彼は私を乱暴に引きずって車へと向かった。
深山が包帯を巻いてくれた傷口は、星野に引きずられるうちにまた裂けた。
血が止めどなく流れ、地面に真っ赤な痕を残していく。
―――
ホテルに着くころには、私の足はもう感覚がなくなっていた。
プレジデンシャルスイートに入るなり、星野は私をベッドに投げつけた。
「本当に大した女だな、どこへ行っても男を誘うなんて!」
私は涙で視界が曇り、絶望的に叫んだ。
「私の人格を踏みにじり、プライドを侮辱してもいいけど、私の気持ちまで汚さないで!」
星野は私の首を絞める。
「どうした、あの野郎に本気で惚れたのか?!」
私の目は、絶望の怒りから次第に生気を失い、死んだように虚ろになっていった。
「私の心には、最初から最後まで、たった一人の男しかいなかった。あなたは誰だかわからないの?」
「どうして私の心を何度も踏みにじるの?」
「自分でも思ってるんじゃない?自分みたいな悪魔には、誰も本気で愛してくれないって。」
「だからこそ、私に不倫の泥を塗ってるんだよ!」
「星野、私を何度も侮辱するくらいなら、いっそ殺してよ。その方がまだマシ。」
私はどんどん悲しくなり、最後には諦めきったように目を閉じた。
ただ死を願う弱々しく無力な姿を見せられた星野は、その怒りのメーターが一度MAXまで上がり切ったが、みるみるうちに下がっていく。
まさか、本当に自分の勘違いだったのか?
今夜はただの偶然だったのか?
この女の心には、やっぱりずっと俺一人だけだったのか……?
そうだ!彼女は昔から、自分だけを一心に愛してきた。誰よりも深く!
他の男なんて、自分とは比べ物にならない!
なのに、なぜ最近ずっと、深山彰人やジョイスに負けてしまうんじゃないかと不安になるのだろう?
星野は胸の不安を押し殺し、私をベッドに叩きつけた。
「ここ数日、お前はどこへも行くな!」
閉じ込めておけばいい。
そうすれば、彼女は自分だけのものだ!
そう言い残して、星野は寝室を出ていった。
部屋のドアが閉まると、私はゆっくりと体を起こし、枕元のウェットティッシュを手に取って、慎重に足の傷の手当てを始めた。
「ごめんね、ジョイス。」
ジョイスはずっと私にしつこく付きまとい、正直困っていたけど――
でも今日限りで……全部帳消しにしよう。
私はそっと顔を上げて、しっかりと閉ざされたドアを見つめた。
「でも、あなたとジョイスの間の決着は、そう簡単に終わらないだろうね。」
―――
星野は、複雑な表情でソファに座っていた。
麻奈をそばに置いているのは、より苦しめるためだ。
なのに、このところなぜか、逆に女に心を乱されてばかりいる。
もう、このままではいけない!
星野が苛立ちで胸がいっぱいになっている時、矢尾翔が慌てて駆け込んできた。
「星野社長、大変です!突然マフィアの連中がホテルを包囲しました。
奴らの数が多すぎて、ボディーガードは全然歯が立ちません!」
星野は眉をひそめ、「どのマフィアだ?」
矢尾はすぐに答えた。「オスクーロという組織。リーダーは女の人です!」
その言葉と同時に――
スイートのドアが、突然蹴破られた。
黒いスーツ姿の男たちの隊列が道を作り、その後ろから、きりっとした黒のスーツスカートに身を包み、長いシガレットを手にした中年の女性がゆっくりと入ってきた。
その女性は優雅に煙草を吸い、見事な煙の輪を吐き出しながら、星野を見上げる。
「お前か、うちの息子をこんな目に遭わせたのは?」
その一言で、星野は彼女の正体を悟った。
ジョイスの母親――!
星野はソファから立ち上がり、重い足取りで彼女に向かって歩いていく。
「そうだ。俺だ。」
女は鋭い目つきで星野を睨みつけた。
「星野社長、ここはイタリアだ、神川県じゃない。」
その言葉を終えると、彼女は手を一振りした。
すると、黒のスーツ男が次々にスイートへ雪崩れ込む。
星野の顔色が、見る見るうちに険しくなった。
ここまで来たということは、彼らに同行していたボディーガードは全て片付けられたということだ。
今回は、表も裏も合わせて二十人以上のボディーガードを連れてきていたのに――
全滅とは!!!
女は煙草を星野の足元に投げ捨て、目を冷たく鋭く光らせた。
「私の息子を傷つけたなら、命で償ってもらうわよ!」