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第75話 自分の手柄は誰にも渡さない


「愛してる」――その四文字が、まるでこだまのように私の脳内で何度も何度も渦巻いていた。

本当に、私の幻聴じゃないの!?

私を殺したくてたまらない悪魔が、まさか「愛してる」だなんて!?


今、私は本気で疑ってる。これもまた星野侑二が考え出した、新しい拷問の手口なんじゃないかって!

私を生きたまま、恐怖で殺すための――。

もしそうだとしたら、この発想、実に悪質すぎる!


私はすぐに目を閉じた。もう二度と星野の恐ろしい顔なんて見たくなかった。


星野は私が彼を毒蛇のように避けるのを見て、さっきまでの興奮した様子が静かに消えていき、代わりに無限の寂しさと後悔が滲み出る。


しばらくの沈黙の後――

彼はそっと私の手を取り、慎重に自分の唇の下に置いた。声には濃い悔恨がにじむ。


「全部、俺のせいだ。」

「君が四年も刑務所に入って、もう罪は償ったのに、それなのに俺はまだ君を残酷に苦しめてしまった。」

「たかが“協力”のために、君を地獄に突き落とすなんて非情なことをしてしまった。」

「それに……本当は君を狂おしいほど愛してるのに、その気持ちを否定したくて、苦しめたり辱めたりしてしまった。」

「ごめん、全部、俺のせいだ!」

「麻奈、頼む、もう一度だけチャンスをくれ。やり直そう、な?」

「今度こそ、絶対に君を大切に愛する!」


星野は、卑屈なほどに謝り、懇願していた。


でも私の頭の中は、無数の蜂に襲われているみたいに「ブンブンブン」とうるさく響き、混乱していた。


星野の言葉――これ、人間の言葉!?

私を狂おしいほど愛してるから、何度も苦しめ辱めたですって?

しかも、今は愛をひたすらに伝えようとして、やり直したいとまで言う?


あまりにも強烈で現実離れした言葉に、私はぼんやりと目を開け、呆然と星野を見つめた。


星野は私が彼を見たのに気づき、その悲しげな瞳には、かすかな優しさが宿っていた。「今、俺が何を言っても君は信じないよな。だから――行動で示す。」


彼は手を伸ばし、ゆっくりと私のお腹に触れた。

「俺は、いい夫であり、もっといい父親になる。」


私は全身がピンと張り詰めた。

自分に用意したラストシーンの中で、一番申し訳なかったのはお腹の子だった。

一緒に死ぬことに巻き込んでしまう――


でも、星野の今の言動は、子どもがまだ生きていると告げていた!


私はすぐに手を伸ばし、お腹を触ろうとした。

そのとき気づいた。両腕がまったく力が入らない。


そして、思い出した。

この両腕は撃たれていた。今は少し動かすだけでも辛い。


星野は私の気持ちを察し、そっと私の手を握り、自分の手で私の手をお腹の上に導いた。

その眼差しは優しく、甘やかすようだった。

「俺たちの子は、まだここにいる。君と同じくらい強い子だ。」


私は呆然と星野を凝視し、複雑な思いが渦巻く。


五年以上前、私が妊娠したとき、彼は一度も優しさを見せたことはなかった。子どもはよそ者だと決めつけ、何とかして殺そうとさえした。

それなのに今は、まるでこの子を心から待ち望んでいるみたい……


どう考えてもおかしい!

星野は、私が目覚めてからずっと、ものすごくおかしい!


今どういう状況なのか、私には全くわからない。

でも、星野のあからさまな好意な態度を前に、私が感じるのは恐怖だけだった!

彼が何か大きな陰謀を企んでいる気がしてならない。


私は唇を少し動かして、彼を追い払おうとした。

「ちょっと……休みたい。」


星野は、私に追い出されるのに全く怒りもせず、静かに頷いた。

「わかった、医者を呼ぶよ。一緒にいてくれるように頼む。」


今は危険は去ったとはいえ、誰かが二十四時間ついていなければならない。

今までは、星野がずっとそばにいた。

でも、明らかに私は目覚めてから、彼にいてほしくなかった。


星野は寂しげに立ち上がり、そばで石のように固まっていたジェイムズに視線を向けた。「出よう。」


ジェイムズは「愛と憎しみの修羅場劇」からやっと我に返り、すぐに星野の後を追った。

ただ、病室を出る前に、彼は複雑な顔で私をもう一度振り返った。

そして、心に刻んだ。

――これから先、自分が関係を築くべき“女主人”は、彼女だと。


星野がジェイムズを連れて出ていった後、私はベッドで横になり、今の状況をなんとか整理しようとしたが、肝心な情報が足りず、いくら考えても頭の中はごちゃごちゃのままだった。


そのとき、病室のドアが開いた。

白衣を着た男が、長い脚で中に入ってきた。


私は本能的にその人に目をやり、ハッと目を細めた。

マスクをしていても、私は一目でそれが深山彰人だとわかった。


案の定――

彼はマスクを外し、その完璧すぎる顔を見せた。


深山がラファエルの医療チームを送り込んだのは、ただ人を助けるためだけじゃない。

それに、彼自身にとっても都合がよかった。

今や病院は「ディヴィーナ」の人員に包囲され、普通の人間は絶対に入れない。

でも今、深山がラファエルのチームの医者を装えば、簡単に紛れ込める。


深山は優雅に私の前に歩み寄り、切れ長な目を細めて、微笑を浮かべたが目が笑っていない。

「後輩ちゃん、危ない作戦やる前に、せめて同盟の僕に一言くらい相談してくれない?」


その口調は、まさにお説教をしに来た感じ!


私は今回の自殺的な行動を思い出した。


衝動的な結果?

いいえ!

あれは、その時私が考えうる最善の策だった。

どうせ死ぬなら、少しでも意味のある死に方をしたかった!


私の目には苦さと諦めがにじみ、かすれた声でつぶやいた。

「その時……連絡する暇、なかった……」


実は、ソフィアに無理やり連れ去られた時、私も一瞬、深山に連絡するか迷った。

でも、今は異国の地。

深山にどうやって、オスクーロ会の手から私を救い出せる力がある?

しかも、ソフィアはすぐに私の携帯も取り上げてしまったし……


深山は私の弱々しい言い訳を見て、ため息をついた。

「幸い、僕がずっと君を見張らせてたから……何とか助け出せた。」


そう、彼はただ善意の救世主なんかじゃない。

これだけ苦労して、しかも正体がバレるリスクまで冒して、やっと救い出したのに……

星野にいいとこを持っていかれてたまるか。


私はきょとんと彼を見た。「私を助けてくれたの?」


深山は堂々と、自分の仕事をアピールした。

「君、どうやって銃弾の嵐から生き延びられたと思う?」


私はてっきり、運が良すぎて蜂の巣にならずに済み、足を一発撃たれただけだと思っていたけど――今、やっとわかった。

私の幸運は、全部先輩が用意してくれたものだった!


深山はもう一度私のお腹に手を当て、さらに自分の手柄を誇る。

「君と赤ちゃんを無事に治療したラファエルの医療チームも、僕の部下だ。」


つまり、私と赤ちゃんが生きてるのは、全部先輩が陰で支えてくれていたからだ。


私は感謝の気持ちで深山を見つめた。

「ありがとう。」


深山は身をかがめ、私の顔に近づいてきた。優しい桃色眼に熱い炎がきらめく。

「後輩ちゃん、今回はどうやってこの命の恩に報いてくれるの?」

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