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第84話 あなた以外の女には触れたくない


星野侑二は薬の効果で完全に火がついてしまった。


その瞬間、彼のぼんやりとした目の奥には、激しく抑えきれない……欲望が見え見えだ。


これから何が起こるか、わかっている。

体が制御できないほど激しく震え、力の限り叫んだ。

「星野侑二、目を覚まして!しっかりして!」


しかし、まったく効果はなかった。

星野の理性を一欠片も呼び戻すことはできなかった!!!


私の瞳は、だんだんと暗く沈んでいった。

復讐のためなら、彼を「愛している」ふりくらい、いくらでもしてみせる。

でも――

二度と、この体まで捧げるなんてこと、あるわけない。

絶対に、彼の思い通りにならない!


私は必死に星野侑二を突き飛ばし、よろめきながらテーブルへ駆け寄った。

そして、そこにあったフォークをつかみ――


星野が目前に迫った瞬間、ためらいなくその腕に突き立てた。


フォークから鮮血がどくどくと流れ落ちる。

その激しい痛みが、一時的に薬の作用を打ち消し、

暴走していた星野の意識に、久しぶりの“正気”が戻ってきた。


私は精一杯彼に叫んだ。「出てって!!」


正気に戻った星野は瞬時に何かを悟り、申し訳なさそうに謝った。

「ごめん……でも、お前以外の女には……触れたくないんだ……」


私は怒りで全身を震わせながら叫んだ。

「私が妊娠してるって分かってたくせに!薬を盛られた状態で、それでも私のところに来たっていうの!?」


星野侑二は、黙ったままで何も答えなかった。


その沈黙が、かえって私の怒りに火を注ぐ。

「最低……!あんたなんて、クズよ!!ただの獣!!!」


私の罵声に、星野の顔は見る見るうちに険しく歪んだ。

まさか、今夜誰かに薬を盛られるなんて思いもしなかった。

異変に気付いた第一瞬間、彼は本当に忘れてしまっていた……私が妊婦であることを。

だから、今のように手の付けようがない事態になってしまった。


ところで、星野は一瞬だけ正気を取り戻したが、再び薬の効果が現れ始めた。

彼の目に、再び欲望がじわりじわりと湧き上がるのをはっきりと見た。

私は再びフォークをもって星野を必死に警戒した。

「今すぐ、出ていって!もう……もう私に触らないで!!」


星野は全身で「拒絶」の二文字を叫んでいるかのような私の姿を、じっと見つめていた。。

次の瞬間――

彼は突然前に出てきて、私の手からフォークを奪い取り、そのまま自らの胸元に深々と突き立てた。


血が噴き出す中、彼は苦しげに呟く。

「言っただろ……もう二度と、お前を傷つけないって……

会いに来たのは……身体が勝手に、動いたんだ……!」


血がフォークからどくどく溢れ、あっという間に床が真っ赤になった。

星野は、失血と激痛で、ものの数分もしないうちに地面に倒れ込み、意識を失った。


私は、この悪魔が崩れ落ちるのをただ見つめていた。

ふらつきながら近づき、胸元にフォークが突き刺さったままの彼を見下ろす。


その瞬間、脳裏にひとつの狂気じみた考えが閃いた。


――このクソ野郎を殺してしまえば、

これで私の復讐は終わるんだ……!!!


私は星野の胸に刺さったフォークを思い切り引き抜いた。

意識を失った星野を睨みつけ、目に憎しみが溢れていた。


だが、私がフォークを振り上げようとした瞬間、休憩室のドアが激しく開かれ、矢尾翔とジェイムズが慌てて飛び込んできた。


ジェイムズは目の前の血まみれの光景を見るなり、怒りをあらわにした。

「誰がやったんだ!」


私は何食わぬ顔でフォークを片付け、わざと煽った。

「誰かが彼に薬を盛ったの……彼は私をこれ以上傷つけないために、自分を傷つけることを選んだのよ。」


ジェイムズが怒鳴る。「誰がボスに薬を盛ったんだ!」


矢尾は考える間もなく、即座に断言した。「きっとそのアンナに違いない!」


ジェイムズは歯ぎしりしながら言った。「なら今すぐあいつを捕まえてくる!」


矢尾はすぐに止めた。

「ルカとの契約のために星野グループはかなり譲歩してる。絶対にこの連携を壊しちゃいけない!もし問題が起きたら星野グループは大損害だ!!」


ジェイムズは悔しそうに反論した。「でも、ボスがこんな目に遭わされて、俺たちはまだ我慢するのか?」


矢尾は厳しい表情でうなずいた。

「まずは社長を病院に運ぼう……あとは社長が目を覚ましてから対応しよう」


私は口元をわずかに歪ませた。

ジェイムズをけしかけて騒がせたかったが、矢尾秘書が冷静すぎた。


私は二人に見えない角度で、そっと携帯を取り出し、深山彰人にメッセージを送った。


【宮崎麻奈:今夜の行動、明日に延期して。】

【深山彰人:はい~仰せのままに】


この返事を見て、さっき星野に危うく酷い目に遭わされそうになった嫌な気持ちが、不思議と落ち着いた。


………………


星野侑二が目を覚ましたのは、翌日の午前だった。

目覚めるやいなや、すぐ私の病室に来て言った。

「昨夜は……ごめん。」


私はその謝罪を受け入れず、冷たくそっぽ向いてた。


星野は黙り込んだ。

結局、今回も彼がまたやらかしたのだから。


空気が凍りついたその時――矢尾がノックして入ってきた。

「ルカさんとアンナさんが、会いたいと言ってます……」


星野は、元凶を思い出して目に鋭い怒りを浮かべた。「そいつらを入れろ。」


ルカがアンナを連れて入ってきた。

このひげ面の中年男は、気楽そうな笑みを浮かべていた。

「星野社長、昨夜はアンナが悪かった。この通り、本人を連れて謝りに来たよ!」


誰が見ても、その謝罪は形だけのものだとわかる。

所詮、ルカにとっては星野侑二が自分に頭を下げてまで協力を求めている立場だ。

アンナが薬を盛ったところで、何が変わる?

星野は結局、鼻をつまんで我慢して、彼との協力を続けるしかないのだ。


アンナは父親がついているのをいいことに、私に向かってわざと挑発的な笑みを見せた。

私は口元を引き締め、嘲るように星野を見た。

「昨日、あなたがアンナと寝ていたら、こんな面倒なことにはならなかったのに。」


星野は顔色が氷のように冷たくなり、両手をぎゅっと拳にした。

今回の契約のために、星野はルカに何度も譲歩してきた。

まさかここまで図に乗られるとは!

ルカたちは、謝罪に来たのではなく、完全に開き直っているだけだった。


星野の目に凶暴な光が宿り、冷酷に入口へ声をかけた。「ジェイムズ!」


ジェイムズが外から入ってきて、星野のそばに恭しく立った。「ボス!」


ルカが一瞬たじろぐ。

彼も、ディヴィーナの首領であったジェイムズが、今や星野侑二の忠実な手下になっているのは知っているが、

これほどまでにジェイムズが星野に恭順しているとは思わなかった。

でも、それがどうしたというんだ?


ルカは余裕を失わないが疑わしげに星野を見る。

「星野社長、ジェイムズを呼んで……何を?」


しかし、彼の言葉が終わる前に――星野は冷酷に命じた。

「そいつの手足を潰せ。」


ジェイムズの目が一瞬、興奮の光で輝き、素早くナイフを取り出した。

そして、誰もが反応する暇もないうちに、まるで鎌鼬のようにアンナに襲いかかる。

ほんの一瞬の出来事だった。

ジェイムズは正確にアンナの手首と足首の腱を切断した。


アンナは絶叫し、ぐしゃりと床に崩れ落ち、苦痛にのたうち回る。

「あああーーー!!!」


星野はアンナの悲鳴を無視し、私の手を取ってご機嫌取りのように言った。

「ほら、もう彼女を始末した。」


私は冷たく手を振りほどき、横を向いて彼を見なかった。

ここ数日、私はずっと演技を続け、星野への怒りや嫌悪を抑えてきた。

だが、昨夜の彼の人間以下の行動で、もう私は演じきれなくなった。

今はただ、彼をぶちのめしたい気持ちだけ!!!


星野が苦い顔をしていると、ルカがまだ隣で大声で叫んだ。

「お、お前、よくも俺の娘に手を出したな!」


星野はこれ以上、微塵も我慢しなかった。

刃のような視線でルカを冷たく射抜いた。

「まさか、一枚の契約ごときで俺を縛れると思ったのか。」


ルカは怒り狂って怒鳴った。「忘れるなよ、お前は俺を通さないと、スフォルツァ族から利益を得られないんだぞ!」

それがルカの最大の切り札だった。


だが、ルカが傲慢にふるまっていたその時、矢尾翔が慌てて駆け込んできた。

「星野社長、大変です、事件です!」


星野は冷ややかに声を出した。「何があった?」


矢尾はスマホを星野侑二に差し出しながら、震える声で答えた。

「スフォルツァ家がさっき発表しました。ルカは本家当主とは血縁関係が一切なく、今、家族から追放されました!」

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