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第7話 リーザ、得意の18歳の演技で侯爵を落とす。

「おやめください。閣下に惹かれる気持ちはありますが、し、信用できません。私が秘密を打ち明けたのに侯爵様は何も話してくださらないわ」

私が潤んだ瞳で震えた声で言うと彼の目に動揺が見えた。

本当に愚かな男だ、身分と美しい見た目にどんな女も惹かれると勘違いしている。


やるべき事以外に隙あらば私をモノにできないかとまで欲を出している。

やるべき事に集中しないと全てを失うと言うことを知らない、甘い世界で生きてきた証拠だ。


「私の秘密もお話します。私は実は行政部でついこないだまで、個人の執務室をもらい働いてました。しかし、理不尽な人事で職を解かれてしまったのです」


彼は私の手を握りしめながら話してくる。

私を完落ちさせて、彼の言うことを何でも聞くマリオネットにしたいのだろう。


マリオ・ロベル侯爵、34歳、7人の妻がいて、正妻は裕福な伯爵家の出身だ。他の6人の妻の出身は様々で踊り子からメイドまで手を出している。


先皇陛下の治世では行政部でずっと個室をもらえるほどの待遇を得ていた。

彼の同僚の1人も今、彼の妻になっていることからしても彼は下半身を制御できない雑食動物なのだろう。


きっと彼のような人間は行政部で地位を持ち、好き勝手に使える個室を使える生活が捨てられない。

理不尽な人事と言っていたことからも皇帝陛下に反感を持っている。

これらの情報はエレナ・アーデンの渡した書類に書かれてあった。


先ほど、私を突然押し倒そうとしたことからも、初めてみるエスパルの女に興奮してしまったのだ。

反逆因子である彼をこの密室で殺害するのは私にとって造作もないことだ。


しかし、エスパルでは死体の隠し方を習わなかった。

私が殺害したと露見するし、おそらく暗殺などはエレナ・アーデンの方が得意そうだ。

だから、私にしかできないことをしなければ彼から搾り取れるだけの情報を抜き破滅させる。


「なんてひどい、私に宰相など務まりません。経験豊かな侯爵様に代わって頂けたらどれだけ良いか。」

私は手で顔を覆いながら悲しそうに言った。


そろそろ涙を見せておく準備をしなければならない。

エレナ・アーデンは帝国貴族なら涙を見せるなと言ったが、今、私が演じているのは帝国貴族社会に馴染める自信のないか弱い女だからだ。


「リーザ、私と結婚しましょう。」

ロベル侯爵が私を抱きしめてきた、気持ち悪いけど我慢するしかない。

おそらく彼がアーデン侯爵令嬢に意図的に見せられたのは私の応募書類と私を宰相にするという任命書だ。


年齢とアカデミー入学希望の子供の有無を尋ねる項目はあったが、既婚か未婚かを尋ねる項目はなかった。

先程、私が親戚の子供を預けられたと言ったことで彼は私を未婚と判断したのだ。

12歳の子が見えるようには見えない私の童顔と宰相に選ばれたという真実に嘘を混ぜた話が功を奏して彼を騙せた。


「そうしたいわ。でも、先程からあなたの指に光っている結婚指輪が私を苦しめるの⋯⋯」

私は顔を覆っていた手を外して、涙を見せながら言った。


彼が驚いた顔をしている、きっとこれから彼は私をより侮るだろう。

簡単に涙を見せてしまうような女に帝国の宰相が務まるはずがない。

御し易いと思わせた方がやりやすい。


「リーザ、確かに私には7人の妻がいるが君を一番大事にすると約束するよ」

彼が真剣な眼差しで私を見つめながら言う。


「私だけを愛してはくださらないの? 私はあなただけを愛しているのに」

私は滝のような涙を流しながら彼に縋った。


涙を流すのは簡単だ、泣きたくなるようなことを私はたくさん経験している。

心の片隅で辛い出来事を思い出せばいくらでも涙が出る。


「7人の奥様たちと別れてください。あなたの愛を証明して。私があなたの胸に飛び込めるように。」

私は彼の胸元の服を掴みながら涙ながらに言った。


密着されるのが嫌で仕方がない。

できるだけ、この男には触れたくない穢らわしいからだ。


「あ、それは⋯⋯」

彼は戸惑った表情を見せている。

彼は7人の妻には飽きているはずだ。


だから、先程も私にすぐに手を出そうとしてきた。

戸惑っているということは、彼の重要な秘密を知るものが妻の中にいるということ。


元行政部の同僚だった妻は彼の交友関係にも詳しそうだ。

ロベル侯爵からは知性を感じない。


脳みその方はその辺の豚と同レベルだろう。

能力は低いのに甘い汁を吸ってきた人間が彼の周りには多いはずだ。


賢い人間は豚と友達付き合いはできない。

おそらく先皇陛下の治世では要職を能力で選んでいない。

徹底的な能力主義になった現政権への不満を持った者が彼の周りには多いはずだ。


宰相になる敵国出身の女をたぶらかし、皇帝陛下に不利な情報を抜き取り反逆を企てている可能性がある。

だからこそ、多くの受験者の中で私に近づいてきたのだ。


この男の視線移動を見る限り、彼はグラマーな女性が好みだ。

実はツルツルぺったんこの私は彼の好みではない。

それにも関わらず、私にご執心という演技をするのは女としての私はついでで目的は別にある。


「結婚したら、あなたに宰相職を譲れないか皇帝陛下に相談してみようと思います。私には身に余る職なので」

私は、彼を泣き濡れた瞳で見つめながら囁いた。


とりあえず、釣竿に良い餌をつけてみたが喰いつくだろうか。

現政権に不満を持ったお友達と組んで反逆を企てて失敗するリスクを負うよりも、自分だけ宰相になれる方が良いに決まっている。

甘い汁を吸っていた時でさえ、決して届かなかった行政の最高職だ。


7人の妻と別れ、私と結婚し、宰相職を得た後、また妻を増やせば良いという利己的な解答に早く辿り着けば良い。

私の目的は彼にリリースされ不満を持った7人の妻に近づくことだ。

常日頃から不満を持っているだろうことは私も同じ立場だったから理解できる。


それが、理不尽に離婚を言い渡されたことで爆発することも予想できる。

ロベル侯爵に復讐したいと思うのが自然だ。


その後、彼が私に結婚を迫ってきたら、実は故郷で無理やり結婚させられてきていると話そう。

帝国の侯爵なら、すでに爵位を失ったマラス元子爵と別れさせてくれるかもしれない。


そこまで目的を達成したら、ロベル侯爵を反逆因子だと告発して処分してもらおう。


皇帝陛下に見初められて、陛下に別れさせてもらおうと思っていた。

でも、思い返すとエレナ・アーデンが私に殺意を向けたのは私が「皇帝陛下には私がお似合い」と言った時な気がする。

老け顔と暗に言ったことが怒りを買ったのかもしれないが、陛下には手を出さない方が安全そうだ。


「リーザ、君を選ぶよ。少しだけ待っててくれ」

彼は決意したような声で私に言うと、そっと顔を近づけてきた。


「そういうのは、結婚してから、私はそんな軽い女じゃないのよ」

人差し指で彼の唇を押さえながら軽く微笑むと私はさっさと部屋を立ち去った。












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