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第20話 リーザ、愛する人に縋る。

レオがアーデン侯爵家に行ってしまった事実に心が空っぽになった。

ダンテもレオもいない広い豪邸に、1人いると気がおかしくなりそうで外に出た。


「エドワード様どうしてここに⋯⋯」


街を彷徨っていると、ここにいるはずがないと思っていた彼を見て驚いた。

帝国の首都は現在、東部に位置していて最西端にあるリース子爵領へは片道2週間かかる。

領地に帰らず首都にいたなら、なぜ私に会いに来てくれなかったのか。


「リーザ様こそどうしました? こんな夜道を女性が1人で歩くものではありませんよ。邸宅までお送り致します」

彼が私をエスコートをしようと手を出す。

彼の手に自分の手を乗せた時、自分の手が震えていることに気がついた。


領地に帰ったはずの彼がここにいる理由を、本当なら考えるべきだろう。

針の筵の領地に帰りづらいのかもしれない。


誠実に見えて首都に他の女がいるのかもしれない。

エレナ・アーデンから秘密の任務を与えられているのかもしれない。


でも、どんな理由でもどうでも良かった。

今日、レオを初めて叱責した。


あの時、背にした西の方角に力を感じたのは、エドワード様が西にいると思っていたからだ。

実はすぐ近くを徘徊していたのに、思い込みの力というのは恐ろしい。


エドワード様がなぜここにいるのかなんて考える余裕はなかった。

私は2人の息子のためにこの土地に来たはずなのに、2人の子は私から離れていってしまった。

その事実が私の心に重くのしかかっていて苦しかった。


「レオがアーデン侯爵家の子になるって。失ってしまいました。こちらに来て4日しか経ってないのに⋯⋯」

私は泣きそうになるのを耐えた。

私は帝国貴族だから、人前で涙を見せるわけにはいかない。


レオだけじゃない。

ダンテだって、帝国に来てから私の知る彼ではない。


どうして優秀だったのに、バカなふりをして私を悩ましていたのかも分からない。

それとも私が彼の才能に気がつけなかっただけなのだろうか。


ダンテもレオも私が母親であることに苦しんでいたのか。


必死にやってきたつもりなのに、真実が全く分からないまま2人とも離れていってしまった。

まるで、別の母親だったらもっとちゃんとやれたと責められているようだ。


「挽回したかったのに、あなたを愛しているって、誰よりも本当に大切だって」

私は気がつけば子供を持ったこともないエドワードに思いのたけを訴えていた。


ダンテが生まれた時初めての愛おしさを覚えた。

私は同じような気持ちをレオに抱いていたはず、なのにどうしてこうなってしまったのか。


最終面接で私が失敗したら子供達をアーデン侯爵家の養子にすると言われた時から、私自身は帝国に必要とされていないんじゃないかという漠然とした不安があった。


もし、私が失態をして消されたらダンテとレオはどうするだろう。

ダンテは私を輸血パックにするよう提案するだろう。

レオは私が自分たちをどこからでも見えるように星になったのだと解釈するかもしれない。


私が宰相に採用されたのは、私の子供たちが帝国にとって必要だったからだ。

9教科の膨大な量の書籍を必死に勉強をしたが、凡人な私がどんなに努力をしようと勝てない優秀な人間がいるのを私は知っている。


私がどんだけ特異な子供の母親をやっていたと思っているのだ。

普通の子の母親がしない経験をしてきたという自覚がある。


3ヶ月の試用期間なんか関係なく私は消されるかもしれない。

子供のために頑張っているなんて言い訳はもう絶対にしない。

私は、私の価値を証明するため戦うしかない、絶対に生き残ってやる。


「父上は引退した後、悪業をしていたことがなかったかのように穏やかに過ごしています」

エドワード様の言葉に驚き顔を上げた。

慰めて抱きしめてくれると私はどこかで期待していたからだ。


「父上を見て失望しつつも、俺はやっぱりいつも父上から目を逸せません。リーザ様、レオ様はこれからもあなたを見ていますよ」


彼の言葉は私にとって刃のように鋭かった。


私の好きな人は、なぜ苦しい時に傷口に塩を塗ってくるのか。

彼は弱みを見せれば寄り添ってくれる男ではない。


100人の男がいれば99人が、今の私に寄り添う言葉を紡いでくれるだろう。

残りの1人が私が目をそらしたい真実を突きつけ、目を逸らすなと叱責する。

その1人がエドワード様だ。


今は彼に甘く慰める言葉を吐いてもらって、抱きしめて欲しい。

苦しんでる私を追い詰める言葉を吐く、彼が憎らしくて仕方がない。


でも、慰めてくれる男なら私は明日には忘れてしまうだろう。


彼のいう通り私は過去をやり直せないし、レオともう暮らすこともできない。

私には挽回の機会なんてない、でもレオは私を見続ける。


私にとって都合の良すぎた彼は実はたくさんのことを我慢していた。

私はせめてこれから、彼に恥ずかしくない生き方をしないとならない。


彼がいつか私に本音を自然に話してくれる日が来るように。

ずっと一緒にいたのに、本当の彼の言葉を私はまだ1度しか聞けていない。


もっと沢山聞きたい、綺麗ではない多くの本音や愚痴があるはずだ。

もう、私の戸籍から抜けてしまうレオ。

戸籍上、家族ではなくなっても私にとっては大切な子だ。


「私、レオを諦めないから⋯⋯」

それだけ言うのが精一杯だった。


エドワードは私をそっと抱きしめてくれた。

彼は人参みたいな見た目をしているくせに暖かった。


「それにしても、エドワード様は自分を過小評価しすぎです」

私にとって大切な彼がやはり彼自身を評価せず、全てはアーデン侯爵令嬢のお導きと思っていそうなところが気になっていた。


こんなこと突然言うつもりはなかったが、そこだけはどうしても変わって欲しかった。

適当に済ますのではなく、言いたいことをいっておかねば後悔しても時は2度と戻らない。


レオにもっと我儘をいって欲しかった、でも我儘を言う彼じゃなかったから助けられて甘えてしまった。

どうしたら、私はレオに選んでもらえたのだろうか、彼のことを思えばアーデン侯爵邸に行くのがベストだ。


それでもやはり彼には私を選んでもらって、それから私が彼に侯爵家の養子になるよう諭したかった。

散々、自分にとって都合がよく立ち回ってくれたレオに甘えてきたくせに、最後の去り際まで私の要望通りにして欲しかったと思ってしまった。


それだけ私が彼に甘え慣れて、本当は伝えるべきこともおざなりにしてきたのだ。

私はこれからエドワード様といたいのだから、彼に変わって欲しいところを今伝えようと思ったのだ。


「植物園をやるように提案されても、普通の貴族は自分で厨房を借りて研究をしたり、土を採取したりしません。それはエドワード様が考えてしたこと。あなたはご自分で思っているよりずっと思慮深い方です」


私はエドワード様を見上げながら言った。

エレナ・アーデン教から脱退しなくても構わないけれど、自分は価値がある人間だと思って欲しかった。


私が知性の欠片もないマレス元子爵の種からダンテとレオのような子供を発芽させることに成功したのは、イケメンを隣に置き私自身が価値がある人間だと神にアピールし続けたからだと思うのだ。


運も奇跡も呼び込むためには、まず自分が価値がある人間だと神にアピールしなければならない。

せっかく素晴らしい人間であるエドワード様が自分の価値に気づいてないと運や奇跡が遠ざかってしまいそうな気がした。


「ダンテ様の活躍も、今回のレオ様の件もお2人の今後にとって素晴らしいことです。でも、その素晴らしい運命に出会うにはリーザ様が彼らをここに連れてくる決断がなければできなかったのですよ」


私の頭を撫でながら彼が言ってくる。

私は彼より若く見えるけれど、彼より11歳も年上だ。

なんだか、子供を扱うように優しく語りかけてくる彼がおかしかった。







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