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第5話 高嶺の花

翌日、学校は大騒ぎだった。


「田中が不良の女の子と一緒にいたって?」


「バイクの後ろに乗ってたらしいぜ」


友人の一人が昨夜の出来事を目撃していたのだ


話はあっという間にクラス中に広まった


「モテるだけじゃなくて、不良とも付き合いがあるのか」


「すげーな、田中」


翔太は頭を抱えた・・・また面倒なことになった


「ちょっとトイレ」


翔太は教室から逃げ出した


廊下を歩いていると、向こうから一人の女性が颯爽と歩いてきた


長い黒髪、整った顔立ち、品のある立ち振る舞い


制服も完璧に着こなしている


周りの生徒たちが羨望と畏怖の眼差しで見つめていた


生徒会長の白鳥雅だった


学校の高嶺の花と呼ばれ、誰もが憧れる存在


でも同時に、その気高さと完璧さゆえに、近寄りがたい雰囲気を持っていた


翔太はそんなことにはお構いなしに、トイレに向かって歩き続けた


生徒会長なんてどうでもいい


今は一刻も早く教室の話題から逃れたかった


雅とすれ違う瞬間、白いハンカチがひらりと舞った


雅がハンカチを落としたのだ


でも本人は気づかずに歩き続けている


周りの生徒たちは気づいていた。でも誰も動かない


「生徒会長のハンカチを拾って渡せたら・・・」

「でも、もし迷惑だったら・・・」

「あの人に話しかけるなんて恐れ多い・・・」


みんな迷っていた


雅の持つ威厳と気高さが、簡単に近づくことを躊躇させていた


翔太は普通にハンカチを拾い上げた


「すみません」


雅が振り返る


「ハンカチ、落としましたよ」


翔太は雅にハンカチを差し出した


「あら・・・ありがとうございます」


雅は少し驚いたような表情を見せた後、上品に微笑んだ


「助かりました」


「どういたしまして」


翔太はそそくさとトイレに向かった


別に大したことじゃない、ハンカチを拾っただけだ


でも、周りの生徒たちはざわめいていた。


「え・・・普通に話しかけた・・・・」

「生徒会長に・・・」

「しかも全然緊張してない・・・」


雅も翔太の後ろ姿を見つめていた


(普通に・・・接してくれたのね)


誰もが自分を特別視し、畏怖の念を抱く中で、翔太だけが普通に接してくれた


その自然さが、なぜか心に残った


(確か・・あの男子、佐藤さんの幼馴染の田中翔太・・・面白い人ね)


雅の口元に、かすかな微笑みが浮かんだ


・・・・・


その日の放課後、翔太はスマホにLINEの通知が入っているのに気づいた、美雪からだった


『翔太、お疲れ様!お願いがあるの。私の机の中に生徒会の書類が入った封筒があるから、生徒会室まで持ってきてくれる?』


翔太は面倒くさそうに軽くため息をついた


でも美雪の頼みを断るわけにもいかない


『分かった』


返信して、美雪の机に向かった、確かに封筒が入っている


翔太はそれを手に取り、生徒会室へ向かった


廊下を歩いていると、またあの視線を感じた


「あ、田中くん!」

「今日もかっこいい…」

「どこ行くの?」


女子たちの好意の眼差しが翔太に向けられる、翔太は足早に生徒会室に向かった


もう慣れたとはいえ、やっぱり居心地が悪い


生徒会室の前に着いた


「美雪、書類持ってきたぞ」


コンコンとドアを叩く


「どうぞ」


聞こえてきたのは、美雪の声ではなかった


上品で澄んだ、聞き覚えのある声


「え?」


翔太は驚いたが、遠慮なくドアを開けて中に入った


「あら、田中くん」


生徒会長の白鳥雅が、にこやかに翔太を迎えた


1人で机に向かって書類を整理している


「こんにちは、生徒会長」


「ハンカチの件、ありがとうございました」


「いえいえ」


翔太は辺りを見回した、美雪の姿が見当たらない


「あの、美雪は?」


「佐藤さんでしたら、私の頼みごとで資料を取りに行ってもらっています。すぐに戻ると思いますよ」


雅は手を止めて、翔太の方を向いた


「佐藤さんとは幼馴染でいらっしゃるんですよね?」


「ええ、隣の家に住んでるんです」


「そうなんですね。とても仲が良さそうで」


翔太は素直に答えた


雅には不思議と緊張しない・・・他の人たちが畏怖するような威圧感を、翔太は全く感じなかった


「田中くんは美術部でしたよね?絵がお上手だと伺いました」


「そんなことないです。まだまだです」


「謙遜なさらないで・・・私、美術には疎いのですが、芸術に打ち込む人って素敵だと思うんです」


雅は興味深そうに翔太を見つめた


「読書もお好きだとか?」


「はい。最近は村上春樹を読んでます」


「あら、私も大好きです。どの作品を?」


「『ノルウェイの森』です」


「素晴らしい選択ですね・・・あの作品の繊細な心理描写、印象的でした」


会話が弾んだ・・・雅は翔太の趣味や日常について、さりげなく質問を重ねた


でも嫌な感じはしない、純粋に興味を持ってくれているようだった


「田中くん、失礼ですが、最近学校で話題になっていることについて・・・」


「ああ、『モテ期』のことですか?」


翔太は苦笑いした


「正直、困ってるんです・・・何もしてないのに、急に女子たちが・・・」


「そうですよね。きっと大変でしょう」


雅の表情には同情が浮かんでいた


「でも、モテるというのは悪いことではないのでは?」


「そうかもしれませんが、俺にはよく分からなくて」


その時、ドアが開いた


「お疲れ様です」


美雪が資料を抱えて戻ってきた


「美雪、お疲れ様」


翔太は封筒を美雪に渡した


「ありがとう、翔太」

「それじゃあ、翔太は帰ります。生徒会長、失礼しました」

「いえいえ、楽しかったです。また機会があれば、お話ししましょう」


雅は微笑んだ


「生徒会室に遊びに来てくださいね」


「ありがとうございます」


翔太は生徒会室を後にした


「会長、翔太と何のお話をされたのですか?」


美雪が気になって尋ねた


「普通の世間話ですよ」


雅は穏やかに答えた


「読書のことや、美術のこと・・・とても自然体で話しやすい方ですね」


雅の心の中では、翔太への興味が芽生えていた


誰もが自分を特別視し、緊張して話しかけてくる中で、翔太だけは普通に接してくれる


その飾らない態度が、とても新鮮だった


(やっぱり、あの人は面白いわ・・・もっと話してみたい)

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