美雪の用事が済んで、美術部も休部だったので、翔太は家路につこうとしていた
「先輩!!!」
振り返ると、ひなたが駆け寄ってきた
「お疲れ様です」
「お疲れ様、ひなた」
「あの・・・もしよろしければ、一緒に帰りませんか?」
ひなたは頬を赤らめながら提案した
心の中では、今度こそ告白するチャンスを狙っていた
「いいよ」
翔太たちは校門に向かった
ひなたは横を歩きながら、何度も口を開きかけては止まった
「あの、先輩・・・」
「ん?」
その時だった・・・
「翔太!!!!」
校門の前に、黒いバイクにまたがった女性がいた、レナだった
「乗って」
レナが後部座席を指さした
「え、でも・・・」
翔太は迷った・・・ひなたと一緒にいるのに、急に誘われても
「先輩、大丈夫です」
ひなたが後押しした、でも、その声には不安が込められていた
「行ってください」
「ありがとう、ひなた・・・また明日」
翔太はバイクの後部座席にまたがった
ひなたは翔太たちが走り去っていく姿を見つめながら、胸の奥に不安と後悔が広がるのを感じていた
(また・・・チャンスを逃してしまった)
レナのバイクは市街地を抜けて、山道を駆け上がっていった
風が頬を撫でて、とても気持ちがいい
「どこに行くの?」
「私のとっておきの場所よ」
三十分ほど走って、山頂に着いた
そこからは街全体が見渡せる、絶景のスポットだった
「すごい・・・」
翔太は息を呑んだ・・・眼下に広がる街の灯りが、まるで宝石をちりばめたようにきらめいている
「綺麗でしょ?」
レナもバイクから降りて、翔太の隣に座った
「ここに来ると、心が落ち着くの」
「分かる気がする」
翔太たちはしばらく黙って夜景を眺めていた
「翔太」
「何?」
「私の話、聞いてくれる?」
レナの声には、いつもの強さとは違う、か細さがあった
「もちろん」
レナは空を見上げながら話し始めた
・・・・・
「私、元々は4人家族だったの・・・父、母、兄、そして私」
レナの声は静かだった
「私が小学生、兄が中学生の頃、母が浮気をして・・・両親が離婚したの」
「そうだったんだ・・・」
「兄と私は母についていくことになった、でも、母の浮気相手は最低の男だった」
レナの拳が握られた
「働きもしないで、母のお金で生活してる・・・そんなクズよ」
「大変だったね・・・」
「それだけじゃない、そいつは・・・私を変な目で見てたの、兄はそれに気づいて、いつも私を守ってくれてた」
レナの声が震えた
「でも、ある日・・・そいつが私を襲おうとしたの、偶然それを見た兄が助けてくれたけど」
翔太は言葉を失った
「母に相談しても、そいつを責めるどころか、私を叩いて責めるの・・・兄も一緒に暴力を受けた」
「ひどい・・・」
「兄はいつも私と一緒にいてくれるようになった、でも、そいつは隙を狙ってた」
レナは一度言葉を切った
「ある日、兄が買い物に行った時、そいつがパチンコから帰ってきて・・・また私を襲おうとした」
「レナ・・・」
「兄が戻ってきて立ち向かってくれたけど、今度はボコボコにされて・・・でも兄は諦めなかった」
レナの目に涙が浮かんだ
「兄は包丁を持って、そいつの背中を刺したの・・・私を守るために」
翔太は息を呑んだ
「近所の人が救急車と警察を呼んで、そいつは病院に運ばれて、兄は警察に連れて行かれた」
「それで?」
「兄と私は父のところに引き取られたけど、父には新しい家族がいて・・・居場所なんてなかった」
レナは苦笑いした
「兄は中学を卒業してから土方の仕事について、一人暮らしを始めた、私は父の新しい家族の家にいるけど、高校を卒業したら出ていくつもり」
「そのバイクは?」
「兄が懸命に働いて買ってくれたの」
レナの表情が明るくなった
「自慢の兄よ・・・私のために、こんなに頑張ってくれて」
翔太は黙って聞いていた・・・こんな壮絶な人生を歩んできた彼女に、何と言葉をかけていいか分からなかった
「レナ、君は強いんだね」
「兄がいてくれたから」
「でも、君自身も強い!!!そんな状況で、こんなにしっかりしてる」
レナは翔太を見つめた
「ありがとう・・・励まされた」
そして、少し恥ずかしそうに続けた
「実は・・・私、兄みたいな人と一緒になりたいって思ってる」
「え?」
「翔太、兄の雰囲気によく似てるの・・・だから・・・気になる」
レナの告白に、翔太は少し照れた
でも、その時、ふと美雪のことを思い出した
翔太も父子家庭だ・・・一歩間違えば、レナのような荒んだ生活になってしまう可能性があった
でも美雪がいてくれた、亡くなった母親の代わりのように、翔太の面倒を見てくれた
そのおかげで、翔太は健全な生活を送れているんだ
急に黙ってしまった翔太を、レナは何も言わずに見つめていた
「ありがとう、レナ・・・話してくれて」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう」
翔太たちは充分に夜景を堪能してから、家路についた・・・心の中で、翔太は複雑な思いを抱えていた