夕暮れの道を車が走っている。
この世界ではレトロになっている、ポンコツな車だ。
サイズは小さめで、丸くて黄色い。
タイヤは回る。
でも、元気がない。
ゴトゴトいいながら、
ちょっと小さな車は町を目指す。
空は赤く、のどかに暮れている。
畑仕事のものは家路に着き、
町にはもうすぐ明かりがともるころだ。
あたりは草原。
真っ赤な夕暮れの向こう、かすかに山の稜線が見える。
町まではそう遠くはない。
道だけがある程度荒く整えられている。
舗装されているわけではない。
石なんかがたまに転がっている、
土の道だ。
ゴトゴト走るたびに、ちょっぴり土煙が上がる。
前にも後ろにも誰もいない。
車は相当田舎に来たらしい。
「見えてきた」
運転席の男が口にする。
一見すると真っ黒。
聖職者風の黒装束、黒いコート、黒いシャツ、黒いケープをまとって、
頭に黒く丸い帽子をのせている。
髪型が独特で、
後ろ髪は黒いが、
前髪だけ、鼻の辺りまで覆うように長くて、赤い。
前が見えないのではないかと思うくらい、真っ赤だ。
そして、視線がどこを見ているかは、わかりづらい。
「今日中に着けたな」
運転席の男より低い声で、
助手席の男がつぶやく。
一見すると真っ黒。
黒い執事服、白い手袋。
髪は少し長めだが、ばさばさとしつつも整えられている。
髪の色は銀。
運転席の男と違い、視線は見えている。
誰もが振り向くような美貌、でも、冷たい。
目の色は緑、そして、眼鏡をかけている。
奇妙な黒ずくめの二人組みが、
ゴトゴトと車を走らせている。
丸い小さな車は悲鳴を上げている。
見た目からぼろぼろしているが、
相当年代ものらしい。
「燃料持つかな」
「だから、補給しておけばよかったんだ」
銀髪の男がため息をつく。
ため息すら様になる。
「だけど、サイカぁ…」
「面倒は嫌い、か?」
サイカと呼ばれた銀髪の男が問う。
赤い前髪の男がうなずく。
「ネジ、面倒よりも自分の今を考えろ」
「けど…」
「とにかく燃料と宿だ」
「うん」
ネジと呼ばれた赤い前髪の男がうなずく。
アクセルを踏む。
丸いポンコツの車が走る。
のどかにゴトゴトと。
土煙が追ってくる。
元気悪くエンジンがうなる。
少し調整したほうがいいかもしれない。
「なぁ」
「うん?」
「また面倒起きたらどうしよう」
ネジが前を見ながらつぶやく。
「そのときはそのときだ、けれど」
サイカは言いながら、ぼんやり外を見ている。
「けど?」
「できる限りかかわるな。特に、深刻なことにはな」
「善処します」
言いながらネジはうなずく。
サイカは軽くため息をつく。
「お前が善処するときは、決まって面倒が起きる」
「だから善処するって」
「当てにならない」
「ひどいな」
ネジは赤い髪から覗く、ほほを膨らませる。
異様な前髪で、やはり異様に見えるが、
本人は普通にしているつもりらしい。
ネジとサイカは、小さな丸い車に乗って、
のどかな草原の中の道を走る。
町まではもう少し。
高く鐘のある塔と、赤い空が教会の十字架を表している。
周りは低めの柵で覆われていて、
高い城壁でないあたり、このあたりは平和なのだろう。
視線をめぐらせると、
遠くで家畜を追っているのが見える。
では、あの元気よく動いているのは牧羊犬かも知れない。
このシステムの世界で、これほど平和なのは久しぶりかもしれない。
平和で、レトロだ。
この世界では珍しい、どう珍しいかと問われると難しいが、
たぶん町に入れば、この世界だと自覚するのだろう。
「いろいろあるけどさぁ」
ネジがつぶやく。
サイカが視線だけを投げる。
「まずはシャワー浴びたい。それから酒」
「…飲みすぎるな」
「善処します」
ネジがそう言うと、サイカは大きくため息をついた。
町まで、夜まで、あと少し。