ネジとサイカは、町にたどり着いた。
思ったより人が多い町のようだ。
日が暮れて、思い思いに家路についているらしい。
明るくなっている店は、
酒場とか食堂とか、
そういうものらしい。
ポンコツの車を珍しそうに見る者もいる。
「燃料どうにかしないとな」
ネジがつぶやく。
「このくらいの町なら燃料もあるだろう」
サイカが窓を開ける。
ネジはスピードを落として、歩くスピードくらいまでにする。
「すまないが」
サイカが物珍しそうにみている町人に声をかける。
「古い形で歯車システムがないんだ、燃料を調達したいんだが」
町人はにっこり微笑み、サイカに、ある店を教えた。
ネジも聞いて、二人して礼を言うと、
ポンコツ車はそこまで走り出した。
「歯車システム」
ネジがつぶやく。
「それも忘れたか」
「うん」
「とりあえず転んで記憶をなくしたことにしておけ」
何事もないように、サイカは言い放つ。
「えー」
「なにが、えー、だ」
「かっこわるい」
「基本がわかっていないのは、もっとかっこ悪いぞ」
ネジは憮然とする。
表情はわからないが、アクセルが若干踏まれる。
「まぁ、運転できるだけ、よく記憶が戻った」
「ほめてるの?」
「事実だ、次を右折」
サイカが指示を出し、ネジはハンドルを切った。
自動車修理工場。
看板にはそうある。
町の中の路地をちょっと入ったところに、
その工場はあった。
ネジはゆっくり車を入れて、二人は車を降りる。
「すみませーん」
ネジが声を上げる。
工場の建物の中から、
つなぎを着た禿頭の男がやってくる。
ネジはとっさに男の指を見る。
油にまみれて変色しているのかなと思った。
「すまない、歯車システムになっていない車なんだ」
サイカが端的に説明したらしい。
禿頭の男は、ポンコツ車をしげしげと眺める。
「中覗いてもいいかい?」
やたら甲高い声で、禿頭の男が聞く。
サイカはうなずく。
ネジがちょっとよけると、禿頭の男はボンネットを開けた。
「うわー、こりゃひどい」
甲高い声が車の中に響く。
「お客さん、よくこれで走れたね」
「まぁ、なんとかな」
「燃料もそうだけど、いろいろガタが来てるよ」
「整備を頼んでもいいだろうか」
「任しとけって、最近歯車ばっかりで飽きてたところなんだ」
禿頭の男はにんまり笑った。
「明日丸一日かかるな」
「急ぐ旅でもないから、頼む」
サイカが落ち着いて頼んだらしい。
急ぐ旅ではなかったのかとネジは納得する。
「旅人さんかい」
「まぁ、そんなところだ」
「この町はいいところだよ、地酒とチーズがうまい」
「ほんと?」
ネジがたずねる。
基本がわかっていないといわれても、
酒が好きなのは、どうしようもないらしい。
サイカがチラッとだけ、苦いような顔をした。
「それじゃ明後日に取りに来る。頼む」
「任せとけ」
サイカが禿頭の男に頼むと、
表通りに向かって歩き出した。
ネジがあわてて続く。
「おじさん、またね」
ネジは挨拶すると、あわててサイカを追った。
サイカが執事服を翻して歩く。
ネジが聖職者のコートをひらひらさせて追う。
「サイカ」
声をかけてようやく、サイカは立ち止まった。
「歯車って何なのさ」
ネジはとりあえずの疑問を口にする。
「この世界の基本だ」
「ふぅん?」
ネジは覚えていない。
本当に転んで記憶がなくなっているのだろうか。
それはとてもかっこ悪い。
「これから町を見て回るが、生きる基本が歯車だ」
「へぇ…」
「車を運転していたときは、わかりにくかっただろうが」
「うん」
「生きるものの基本が歯車でできている。生活も然り」
「そうなんだ」
「わかりにくいなら、転んで頭打ったことにしておけ」
「…そうする」
サイカの話を聞くと、歯車はとっても基本のことらしい。
ネジは頭を打ったことにして、町を歩くことにした。