夜もだいぶ更けて、
ネジは少し眠くなってきた。
それでもがんばって起きる。
昼寝でもすればよかったかなと、思わないでもない。
「そろそろいくか」
「うん」
サイカはラジオを止め、部屋を出る。
ネジも続いた。
眠気覚ましの飲料を飲んで、
ネジとサイカは、公爵夫人の庭を目指す。
場所は聞かなくても大体わかった。
人がいるほうが多分現場だ。
便乗している商売人がいたりする。
ハリーと公爵夫人のどっちに賭けるかなどをしている者もいる。
「サイカならどっちに賭ける?」
「しらん」
サイカは無視してさっさと行ってしまう。
「ノリが悪いなぁ」
ネジはぶつくさ言いながらサイカについていく。
公爵夫人の庭は、
人でごった返していた。
ネジが思うに、
トーイの町だけではないのだろう。
多分、隣町というか、隣の島とか、
そういうところからも人が来ているのだろう。
そうでなければ、こんなに大騒ぎにならない。
号外丸が伝えたのかもしれない。
ネジは人ごみの中から、
どうにかグリフォンを見ようとする。
トランプがたくさんいる。
その中に、大きな大きな翼機。
ライトアップされて、たたずんでいる。
これが轟音立てて空を飛んでいたのか。
「大きいね」
「そうだな」
サイカはじっとグリフォンを見ている。
「何か見つけた?」
「いや、素材が少し気になった」
「素材?」
「あれだけ大きな翼機だ。動かすには軽い素材だろうなと思っただけだ」
「ふーん」
ネジにはよくわからないが、
わからないことを気にするのが、サイカなのかもしれない。
「お集まりの皆様方」
拡声器を通した大きな声がする。
「わたくし、公爵夫人の庭へようこそ」
公爵夫人が話しているらしい。
どこからかはわからない。
「今夜、泥棒がグリフォンを盗むと公言していますけれど」
公爵夫人は言葉をためる。
「怒りの歯車を搭載した、グリフォンを盗むなど不可能です」
ネジはなんだそれはと思った。
怒りの歯車?
「このトランプの警備の中から盗むことなど、不可能なのです」
ネジは怒りの歯車について説明がほしかったが、
公爵夫人は、どのくらいすごい警備なのかを朗々と説明するばかりだった。
「泥棒は私の熱量で消し炭になることでしょう!」
公爵夫人は自信に満ちた言葉で締めくくった。
「なるほどな」
サイカがつぶやいた。
「何かわかったの?」
「ハリーは怒りの歯車を狙っている」
「それはなんなの?」
「忘れられた感情の歯車のひとつだ」
「忘れられた?」
「そう、忘れられているはずの歯車だ」
「こんなに堂々と忘れられてるの?」
「特別な翼機というのをアピールしつつ、ハリーを捕まえるのだろう」
「歯車がまんまと盗まれたらどうするのさ」
「大恥だな」
サイカは断言する。
夜の空に、サーチライトが光っている。
ふっと、何かを捕らえたらしい。
サーチライトの動きがあわただしくなる。
そして群集も騒がしくなる。
サーチライトが捕らえたのは、
小型の翼機だ。
「号外丸かな」
ネジは夜に浮かび上がる翼機をじっと見る。
昼間とは印象が違うなと思う。
ふわりと夜風に乗って飛び、
号外丸はグリフォンの上にやってきた。
次の瞬間、号外丸から何かが、ばら撒かれた。
「水だな」
サイカが冷静に分析するが、
起こった事態は大変なものだった。
グリフォンが溶けだした。
どろどろと、まるで水に溶ける素材のように。
数十秒で大型翼機は跡形もなくなった。
あっけにとられる群集の上を、
小型翼機が飛んでいく。
サーチライトが追跡している。
そこに浮かび上がった人影が、
何かをばら撒いた。
今度は水ではなく、紙のようだ。
「怒りの歯車でないグリフォン、いただきました。怪盗ハリー・ホワイトローズ」
それはハリーの領収書だった。
小型翼機はやがて、闇の中に消えていった。