夜中をだいぶ過ぎて、
ネジはサイカの部屋を後にする。
ネジの部屋に戻ってきて、
シャワーを浴びる。
酒も飲まずに寝る。
寝返りをちょっとうっていると、
眠気がすとんと訪れた。
ネジは大きな青白い歯車を見る。
またここに来たかと思った。
また?
何でだろう。何度も見ている気がする。
ここには、彼女がいるんだ。
彼女?
誰だ。
わからないけれど彼女。
彼女が歯車の上でステップを踏んでいる。
青白い歯車は、少しゆがんでいる。
その上に、彼女がいる。
ネジは彼女の手を取ろうとする。
(やめろ!)
誰かの声がする。
聞いたことのない声。
今のネジの記憶にない声。
(世界を壊す気か!)
ネジはかまわないと思った。
一人ぼっちの彼女の手を取れるなら…
(やめろ!)
再び声がしたかと思うと、ネジの視界は暗転した。
ネジはびくりと目を覚ました。
ネジの身体にネジの意識が急に戻ってきたような。
そんな感覚だった。
誰だろう、あの声は。
とりあえず今の少ない記憶では、
あの声は記憶されてない。
でも、もしかしてと、ネジは思う。
記憶を失う前に聞いたことのある声かもしれない。
そのあたりはわからない。
ネジは寝そべったまま、
夢をうつらうつらと反芻する。
彼女の姿は、
ネジのごちゃ混ぜの記憶の中で、
ニィの姿になる。
ニィの手をとって、ネジは何をしようとしていたのだろう。
ニィなら何を望むだろうか。
ネジはぼんやり考える。
一緒に旅をするのもいいよね。
どこのグラスも基本的には平和だし、
ニィが一緒の旅も楽しいと思うんだ。
ニィは世界に帰った。
また会えるといいなぁなどと、ぼんやり考える。
窓から朝の光。
活気のある声が遠くに聞こえる。
鳥の声がする。
今日も気持ちのいい朝だ。
ネジは起きてシャワーを浴びる。
まだ聖職者の服は届いていないので、
昨日の黒スーツをまとう。
「サイカ遅いね」
ネジはポツリとつぶやく。
また寝ているんだろうか。
同室のときは一度も寝坊しなかったのに。
起こすのもよくない。
ネジはベッドに腰掛けて、いろいろ考えることにする。
昨日、サイカはハリーのことを一級模写師と言っていた。
一級だとわかっているらしい。
級までわかるということは、
サイカはハリーのことを何らかの形で知っている。
だってハリーはサイカの別の名前を知っていた。
ボルテックス。
何か、知り合いじゃないと、わからない気がする。
あるいは、
サイカとハリーが、ものすごい有名人同士だという説を立ててみる。
だったら知ってても、おかしくないかな。
「うーん」
でも、どこで有名なんだろう。
ハリーは中央を荒らしていたと、サイカがなんだか言っていた気がする。
だとすると、サイカも中央にいたのかな。
サイカは何でもできるから、
中央にいてもおかしくはないよね。
そのうちに中央に行きたいなとネジは思う。
中央に何かがある気がする。
そんな気がする。
ノックの音が響く。
ネジはドアの魚眼レンズを覗く。
サイカだ。
ドアを開けると、黒スーツのサイカがいつもの表情で立っている。
「朝飯を食べに行くぞ」
ネジはうなずき、サイカの後に続いた。
「サイカぁ…」
「なんだ」
「サイカは本当は何者なの?」
「何者かでないと不都合か?」
「不都合じゃないけど、謎だね」
「謎は謎のままでもいいだろう」
「そうかもね」
ネジは深追いするのをやめた。
サイカは全部を明かそうとしない。
いつもの癖なのかもしれない。
それでも聞きたい。
いろんなことをサイカの口から聞きたい。
それは実はとっても難しいのかもしれないし、
根気も要るのかもしれない。
「まぁいいや」
ネジはつぶやく。
「なにがいいんだ?」
「時間がいっぱいあるなってこと」
「そうだな」
ネジは、もっとサイカのことも、世界のことも、
知りたいなと思った。