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第8話 出会いはいつも突然だ。

 レオノールは、水色のドレスの裾を軽くつまみながら、グラード伯爵夫妻に向かって優雅に一礼した。

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。サヴィア公爵家のレオフィア・サヴィアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 グラード伯爵夫妻は微笑みながら応じた。

「まあ、とても礼儀正しいお嬢様ですこと。こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」

「どうぞごゆっくり楽しんでください」

 そのやり取りを見ていたカッシュが、満足そうに微笑んだ。

「レオフィア様がいらしてくださって、本当に嬉しいです。どうか楽しんでいってくださいね」

 その言葉に、レオノールは一瞬驚きながらも、作り慣れない笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます、カッシュ様」

 サヴィア公爵夫妻と共にお茶会の会場へと足を踏み入れると、公爵夫妻は室内の会場へと向かい、レオノールは庭園の会場へと案内された。

 リオンたちと離れてしまい、平然を装っていたものの、内心では焦りでいっぱいだった。

(やばい、やばい……オレ、本当にやり過ごせるのか?) 

 カッシュの案内で庭園の一角へと向かう。

 そこでは八歳から十歳くらいの少年少女たちが優雅にお茶を飲みながら、談笑していた。

 初めてのお茶会、知り合いもいない。

 どう振る舞えばいいのか迷っていると、カッシュが気を利かせて、端の席へと案内してくれた。

「レオフィア様、こちらへどうぞ」

「ありがとう、カッシュ様」

 礼を言いながら、レオノールは優雅に椅子に腰掛けた。

(ふぅ……とりあえず、座れた……)

 目の前に置かれたカップをそっと持ち上げ、慎重に口をつける。

 この一週間で最低限のマナーは身につけた。

 乳母のミリーと母親であるミーシャが教えてくれたおかげだ。

 ただし、その教育は時間がなかったこともあり、相当にスパルタだった。

(もう二度とごめんだ……)

「レオフィア様、お茶のお味はいかがですか?」

 カッシュが微笑みながら尋ねてきた。

「香りが良くて、とても美味しいですわ」

 素直に感想を述べると、カッシュは満足そうに頷いた。

「それはよかった。そういえば、レオフィア様はどんなお菓子がお好きですか?」

「そうですわね……チョコレートが好きですわ」

 思わず、前世で好きだったお菓子を口にしてしまった。

 その瞬間、カッシュが一瞬困惑した表情を見せる。

(あれ? なんかマズかった……?)

 侍女がカートに乗せて持ってきたものがイチゴのタルトだった。

「申し訳ありません。先日伺ったときにイチゴのタルトがお好きだと聞いていたものですから」

「あっ、イチゴのタルトも好きですわ」

「いえ、レオフィア様の好きなものを召し上がっていただきたいので」

 そう言って、すぐにチョコレートケーキへと変更するよう手配した。

「ありがとうございます」

「わが家のチョコレートケーキは料理長の特製レシピでしっとりとしていて口当たりがいいのです。レオフィア様のお口に会うと嬉しいのですが」

 そんなやり取りの最中、カッシュを探していた少年が数人の従者を連れて現れた。

「カッシュ!」

「……ヴァンツァー」

「こんなところにいたのか、探したぞ」

(ヴァンツァー?どこかで……げっ!?)

 柔らかな金髪に紫暗の瞳、幼い姿でもその容姿には見覚えがあった。

 この国の第一王子、ヴァンツァー・フォン・リズベルト。

(それにとなりにいるのは……)

 ヴァンツァーを挟んで両隣に立つ人物にもゲームのキャラと重なった。

 右隣に立つ赤い髪で栗色の瞳の少年は王立騎士団長の息子、ラシッド・レイブン。

 左隣に立つ茶褐色の髪に暗赤色の瞳の少年は魔法騎士団長の息子、シリウス・メルバ。

 多分そうだ。

 名乗られてないが間違いない。

 ゲームを完全攻略するために死ぬほど見たのだから、ゲーム時よりも幼いと言っても特徴のある容姿を見間違えるはずがない。

(うそだろ!? なんで攻略対象四人がそろってんの!?)

「カッシュ、そのご令嬢は誰だ?」

 ヴァンツァーがカッシュに問いかける。

 カッシュは明らかに不機嫌そうだったが、王子に逆らうわけにもいかず、渋々と答えた。

「……サヴィア公爵家のご令嬢、レオフィア・サヴィア嬢だよ」

 そしてカッシュは続ける。

「レオフィア様、こちらはヴァンツァー・フォン・リズベルト第一王子です。隣の彼が王国騎士団のレイブン侯爵のご子息ラシッド・レイブン。その隣の彼はメルバ伯爵のご子息シリウス・メルバです」

 その紹介に、レオノールは内心焦りながらも、立ち上がり、緊張を押し隠して可憐に微笑んだ。

「初めまして。サヴィア公爵家のレオフィア・サヴィアと申します」

 ドレスの裾を持ち、優雅に挨拶をする。

 ヴァンツァーたちは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそれぞれ名乗った。

「ヴァンツァー・フォン・リズベルトだ」

「ラシッド・レイブンだ、レオフィア嬢」

「シリウス・メルバです。お会いできて光栄です」

 レオノールは内心、心臓が跳ね上がるのを感じつつも、冷静さを装い微笑む。

 ヴァンツァー、ラシッド、シリウスの三人は、レオノールの優雅な仕草と可憐な姿に思わず見惚れてしまった。

「サヴィア公爵家にこのような令嬢がいたとは知らなかった」

「まったくだ」

「確かに、驚きましたね」

(やばいやばいやばい!! なんか余計な注目を浴びてる!!)

 どうしようかと考えていると、お茶会に参加していた他の令嬢たちがヴァンツァーたちを呼びに来た。

 レオノールは、この機を逃さず、優雅に微笑みながら言った。

「ヴァンツァー殿下を独り占めしていては、皆様に申し訳ありませんわ」

 レオノールは微笑みながら一歩引いた。

「皆様とお話しできて光栄でしたわ。どうぞごゆっくり」

 そう言い残し、一礼すると優雅な足取りで庭園の奥へと歩を進める。

(ふぅ……なんとか切り抜けた……)

 遠くなっていく喧騒を背に、レオノールは静かに息を吐いた。

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