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第7話 招待状が届いたようです。

 それから三日間、レオノールは『レオフィア』と名乗ってしまったことに不安を抱えながらも、特に大きな問題が起こることもなく過ごしていた。

 公爵夫妻には『レオフィア』と名乗ったことはバレていない。カッシュと会ったこともバレていない。

 ただ、それが逆に不安を煽る。

(このまま何もなければいいけど……いや、さすがに、なにもないわけないよな……)

 ゲームの悪役令嬢『レオフィア・サヴィア』。

 ゲームをプレイしているときに嫌というほどヒロインに嫌がらせをし、邪魔していた悪女。

 そして幼いながらもその姿によく似ている鏡に映る自分の姿。

 もう嫌な予感しかしない。

 完全にやらかした。

 ここがゲームの世界ならこのまま何も起きないはずがない。

 できたら、ゲームが始まる時間軸になるまでは平穏に過ごしたいが『レオフィア』は第一王子の婚約者だ。

 そして今、レオノールには婚約者はいない。

 というか、レオノールは『男』なのだから第一王子の婚約者になれるはずはないのだが。

(やっぱ、レオフィアはオレじゃないってことか?ワンチャン、リオンに隠し子がいて、それがレオフィアってことは)

 そう考えていた矢先、リオンから呼び出しを受けた。

 何か嫌な予感がした。

 レオノールは、重い足取りで執務室へ向かった。

 部屋の扉を開けると、リオンが手紙を読んでいた。

「レオノール、来たか」

 静かだが、どこか冷静さを保とうとする声色に、レオノールは内心ビクッとした。

(な、なんだ?)

 恐る恐る執務室に足を踏み入れると、リオンが手にしていた手紙を机に置き、こちらを見据えた。

「グラード伯爵家から、お茶会の招待状が届いた」

「お茶会?」

 グラード伯爵家といえば、カッシュ・グラードの家だ。

 嫌な予感がした。

「それがどうかしたんですか?」

「問題はここに書かれている一文だ」

 リオンは手紙の一部を指で示す。


 ──『レオフィア嬢も良ければ、ご一緒に』


 その瞬間、レオノールの血の気が引いた。

(やっぱり……!)

 リオンの視線が刺さる。

「説明しろ。なぜお前の名前がここにある?」

「えっ、それは……その……」

 レオノールは必死に言葉を探すが、どんな言い訳も思い浮かばない。

 気まずさに耐えられず、レオノールは視線を逸らした。

「カッシュに会った……んだな?」

「うっ……」

 誤魔化すこともできず、観念したレオノールは小さく頷いた。

 リオンはため息をつき、腕を組んだ。

「詳しく話せ」

「えっと……部屋に戻る途中、偶然カッシュに会って……」

「それで?」

「……つい、咄嗟に『レオフィア・サヴィア』と名乗ってしまって」

 言った瞬間、執務室が沈黙に包まれた。

 リオンの眉がピクリと動く。

「……は?」

「いや、あの、その……!」

 レオノールは必死に弁解しようとするが、何を言っても言い訳にしかならない。

 リオンは目を閉じてしばらく考え込んだ。

「……まいったな」

 静かに呟かれたその言葉に、レオノールはますます焦る。

「ご、ごめんなさい……!」

「謝って済む問題じゃない。お前、わかっているのか? サヴィア公爵家には息子しかいないはずなのに、『レオフィア』などという娘が存在することになってしまった」

「……」

「しかも、カッシュ・グラードに一度挨拶をしてしまった以上、適当に誤魔化すことは不可能だ」

 レオノールは唇を噛んだ。

(そんなの……俺が一番わかってるよ!)

 リオンは深いため息をつくと、机の上で指を組み、考え込む。

「……どうする……」

 珍しく、悩ましげな声だった。

 レオノールは驚いた。

 リオンほどの冷静な人物が、すぐに解決策を出せないほどの問題なのだ。 

 それだけ、自分のやらかしたことが深刻なのだと実感する。

(うわぁぁ、どうしよう……! もう無理じゃん!?)

 心の中で頭を抱えながらも、リオンの出す答えを待つしかなかった。

 沈黙が続き、リオンはさらに考え込む。

 トントン、と指先で机を叩く音が静かに響く。

 やがて、静かに口を開いた。

「……仕方ない」

 リオンは深く息を吐いたあと告げた。

「双子だったことにしよう」

「……え?」

「今まで病弱で外に出せなかったが、最近元気になったので戻ってきたことにする。それなら納得する者も多いだろう」

「そ、そんな無茶苦茶な……!」

「他に方法があるか?それに無茶苦茶でも、これならなんとか納得できる理由にはなる。それに公爵家では双子は不吉とされ、昔から子供は一人だけということにする慣習があることにする。だから、今まで『レオフィア・サヴィア』の存在を伏せていた、という形にすればいい」

 サヴィア公爵家にはそんな言い伝えはないが、他国の王族や貴族などではそのような慣習があるところがあるらしいとリオンは言った。

 貴族社会の迷信に過ぎないが、それが理由で双子が生まれた場合、片方の存在を隠すのは珍しくないそうなのだ。

「……でも、そんな簡単に信じるかな?」

「貴族社会では珍しくない。むしろ、公爵家の面子を守るための判断だったと考える者もいるだろう」

 リオンの言葉に、レオノールは黙り込んだ。

(本当にそんなので誤魔化せるのか……?)

 いや、それよりも――。

(オレ、男なのに『レオフィア』としてお茶会に出席しなきゃいけないのか!?)

 その事実がずしりと肩にのしかかる。

 これまでなんとなく誤魔化しながら過ごしてきたが、正式な社交の場に『レオフィア』として出るとなれば、仕草も言葉遣いも気をつけなければならない。

 それに、ドレスを着るのは確定事項だ。

 考えただけで、胃がキリキリと痛む。

(無理だろ、絶対バレる! いや、そもそもオレがドレス着て普通に歩けるのか!?)

 冷や汗が背中を伝うのを感じる。

 何か、他に手はないのか? 別の方法があるのでは――そう考えたが、リオンの言う通り、それ以外に誤魔化す手段はない。

 だが、一番の問題はそこではなかった。

(……オレのせいで、こうなったんだ)

 もし、あの時カッシュに出会わなければ。

 もし、焦って適当な名前を名乗ったりしなければ。

 こんなことにはならなかった。

 結局、自分の軽率な行動のせいで、これからレオノールは『レオフィア』として過ごさなければならなくなったのだ。

(ってことは……オレが、ゲームの『レオフィア・サヴィア』ってことになるのか?)

 ヒロインをいじめ、第一王子に執着し、最終的には破滅する悪役令嬢。

 そんな存在に、自分がなる――?

 ゾクリ、と背筋が冷える。

(いやいやいや、それだけは勘弁してくれ!!!)

 焦燥感に駆られるものの、もう後戻りはできない。

 リオンが決めた以上、この話が覆ることはないだろう。

 どうにかして乗り切るしかなかった。


 こうして、一週間後に開催されるグラード伯爵家のお茶会に、『レオフィア・サヴィア』として出席することが決まったのだった。

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