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第30話 いいことを思いつきました。

 レオノールは夜の街を歩きながら、ジットたちのもとへ戻る道を辿っていた。

 昼間の喧騒は収まりつつあるものの、まだ街の灯りは消えず、屋台や酒場には仕事を終えた人々が集まり、笑い声が夜風に乗って響いている。

 通りを歩くたび、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、スープの温かな湯気が漂い、心なしか胃が鳴るような気がした。

(まあ、こういう時間のほうが話しやすいかもしれないな)

 屋台の一つに目を留める。

 ちょうど焼きたてのパンにハムやチーズを挟んだサンドイッチが並んでいた。

 屋台の親父にコインを渡し、出来立てのサンドイッチを三つ受け取る。

 手のひらに伝わるほのかな温もりを感じながら、それを片手に家への道を辿った。

 扉を開けると、ジットとミルドが寝床のそばに座り、何やら小声で話していた。

 レオノールの姿を見つけると、ジットが「おかえり」と言いかけ、次の瞬間、彼の視線はレオノールの手にあるサンドイッチへと移った。

「お、飯か!」

「お前ら、食ってないだろ」

 軽く放り投げると、ジットが慌ててキャッチし、すぐに頬張った。

 ミルドにも手渡し、自分も一つ取り出して齧る。

 出来立てのサンドイッチを受け取ると、パンの表面はほんのりと温かく、指先に柔らかな感触が伝わってくる。

 包み紙を開くと、香ばしい匂いがふわりと立ち上り、思わず喉が鳴った。

 一口かじれば、しっとりとしたパンの甘みと、程よい塩気の効いた具材が口の中に広がる。

「うまい……」

 思わず漏れた言葉に、ミルドがサンドイッチを頬張りながら肩をすくめ、口の端をぬぐう。

「こんなときに食ってる場合かって思うけど、食えるときに食っとかないとな」

 夜の静けさの中、三人はしばし無言で食事を続けた。

 食べ終わると、レオノールは二人と向き合った。

「さてと、もう少し詳しく聞かせてもらおうか。お前の姉ちゃん、どんな様子だった?」

「うーん……仕事が見つかったって言って、すごく嬉しそうだったよ。でも、詳しくは何も教えてくれなかったんだ」

 ジットはサンドイッチを噛みながら、少し考え込む。

「そうだ、姉ちゃんの部屋に何か残ってるかもしれない。見てみる?」

「お前がいいならな」

 立ち上がると、ジットが先頭に立ち、家の奥へと向かう。

 小さな家の奥にあるその部屋は、ジットたちの寝床より少しだけ整っていた。

 簡素なベッドと木製の小さな棚、隅には畳まれた洗濯物が置かれている。

 ほんのりと残る石鹸の香りが、まだ誰かがこの部屋で暮らしていたことを示していた。

 レオノールはふと戸口で足を止める。

(女の子の部屋に勝手に入るのはちょっと悪い気がするが……弟がいいって言ってるんだから、まあいいか)

 少しだけ気まずさを感じながらも、気にしないことにして部屋へ踏み入れた。

 棚の上や机の上を軽く見回すが、特に目立ったものはない。

 だが、ふと床の隅に目をやると、一枚の紙が落ちているのが目に入った。

 しゃがみ込み、それを拾い上げる。

 皺が寄ったそれは、簡単な走り書きの地図だった。

 街の簡単な見取り図のようなものが描かれ、その一角に赤い印がついている。

「ん? これは……?」

「あ、それ! 姉ちゃんが待ち合わせ場所だって言ってたヤツだ!」

 ジットが食べかけのサンドイッチを手にしたまま、紙を覗き込む。

 レオノールは目を細めて見つめた。

 地図の端には、かすれた文字で店の名前が書かれていた。

 どうやらこれは、裏通りにある飲み屋の位置を示しているようだ。

「……お姉さんは他に何か言ってなかったか?」

 レオノールの問いかけに、ジットは首を傾げながら、必死に思い出そうとする。

「あんとき、姉ちゃんは……そうだ、オレも手伝えるかなって聞いたら、『ジットには無理よ。お洗濯とか洗い物とかするんだから! これは女の子のお仕事なの』って言ってた」

 その言葉を聞き、レオノールは考える。

 ジットの姉は、ジットが手伝うのを否定した。

 つまり、この仕事には『女性』が行くのが前提だったということになる。

「ってことは、この場所に女が行けばいいってことじゃないか」

 そう呟きながら、レオノールは口元を歪ませる。

 思わず口の端が持ち上がり、ニヤリと笑った。

 レオノールは壁際のタンスの前に立ち、扉を開ける。

 中には、ジットの姉の服が数着かけられていた。

 シンプルなものが多いが、色味の柔らかいワンピースやスカートなどもある。

「ジット、この服借りていいか?」

 レオノールはにこやかにそう問いかけた。

 ジットはキョトンとした顔をし、次の瞬間、目を丸くする。

「……え?」

 ミルドもまた、口を半開きにしたまま、レオノールを見つめていた。

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