私、喜福幸(きふくさち)は家を出た。階段を下りて、ポストを開ける。そこには新聞とチラシがあった。
―― 入って……、ないよね。
ポストの中に入っているものを取り出しながら、私はため息をつく。
新聞とチラシ以外のものが入っているんじゃないかとちょっと期待していた。
昨日のテレビを見たら、もしかしたら自分が選ばれたのではじゃないかと思ってしまう。
家に入ろうと、玄関に身体を向ける直前、頭上から眩い光を浴びる。私の前にひらひらと紙が落ちてきた。首をかしげながら私はその紙を掴んだ。
「異世界交流計画 招待枠 サチ・キフク殿……、こ、これって⁉」
紙に書かれた内容を理解した私は、家の中に駆け込んだ。
☆
異世界交流計画。私がその計画について知ったのは昨日のことだ。
中学校の授業を午前で終え、帰宅した私はすぐにリビングのテレビの電源を入れ、ソファに座った。
本当はクロスバイクに乗って外を走りたかったけど、先生たちに『世界政府が大事なことを発信するから、まっすぐ家へ帰り、テレビかパソコンで視聴すること』と言われてしまっては諦めるしかない。
「幸、おかえり」
面白い番組がないか、チャンネルをいじっていると、お母さんがオレンジジュースを持ってきた。
フルタイムで働いているお母さんも半日で帰ってきた。お父さんは会社で放送を見るそうだ。
お母さんは私の隣に座り「何が発表されるのかしらね」と放送の内容を気にしている。
放送が始まるまであと数分。
偉い人たちは何を発表するのだろう。全世界で同時に放送する大事なことだから、まさか世界が滅亡するとか、宇宙人が侵略してきたとか、かな。
想像している間に、時間になる。テレビの画面が一瞬にして世界政府の偉い人たちに切り替わった。
カシャカシャというカメラの音と、眩いフラッシュ。
真ん中に立っている白髪の高齢の男性が話を始める。英語だったので、少し後に日本語で同時翻訳される。
『皆さん、驚かないで聞いてください。私たちは箒で空を飛んだり、呪文を唱えると火の玉や竜巻が発生する現象のことを“空想”だと割り切っていました。ですが、その概念は今日から大きく覆ることになります』
魔法や箒で空を飛ぶことは、小説や漫画、ゲームの設定、作りものだ。中学生になればそれくらい分別がつく。
―― 概念が大きく覆るって、どういうこと?
私の疑問はすぐに晴れることになる。
『私たちが“空想”だと思っていた現象は実現します‼』
偉い人が画面の向こうで、耳を疑うことを断言した。
『“異世界”は存在するのです!』
この日から、私たちの常識は大きく変わることになる。
☆
偉い人のスピーチが終わり、映像が切り替わる。
そこには空想上の生き物だったドラゴンと箒に乗った人間たちが並行して空を飛んでいる。映画のCGではなく、これが現実に存在するというのだ。
『皆さん、この映像は異世界にて撮影した映像です。作り物では決してありません』
私は偉い人の発言を受け入れられず頭を抱えた。隣にいるお母さんも額に手をやり、首を横に振っており、信じられないといった様子。
『私たちは彼らと交流をするため、私たちの世界の子供たちを異世界の学校へ三か月、留学させることに致しました。対象は満十三歳の男女三名。留学者は昨年行った“世界統一テスト”の成績から選定しました』
“世界統一テスト”。去年、私が小学校六年生の時にやったテストだ。
日本で行われている“全国統一テスト”とは違い、対象は全世界の満十二歳の子供である。知力と体力を試され、成績をSからCで評価されるのだ。
「幸、“世界統一テスト”の成績……、どうだった?」
「え~っと、部屋から取ってくる!」
私は一旦リビングから出て、二階へ駆けあがった。
散らかった自分の部屋から、答案用紙と成績表が入ったクリアファイルを取り出し、世界統一テストの評価シートを抜き出して、リビングへ戻った。
お母さんの前で評価シートを開く。
私の成績は知力がB、体力がAだ。
「うちの子が選ばれるわけ、ないか」
私の成績をみたお母さんは、ほっと胸をなでおろしている。
異世界の学校へ留学できる子供は、世界統一テストで知力トップの者、体力トップの者だという。私が含まれていないことは、評価シートから明らかだ。
「ねえ、三人目はどうやって決めるの?」
「これから発表されるわ」
私はあきらめ気味でテレビを見る。
『最後の一人は“招待枠”として、くじで選びました。その結果は明日、分かることでしょう』
最後の一人はくじ。成績関係なく選ばれたということか。だとしたら私が選ばれるチャンスはある。異世界へ行くチャンスはまだ、あるのだ。
「放送、終わったみたいね」
偉い人の話が終わり、日本のニュース番組へ戻った。そこで、お母さんがテレビの電源を切った。
「お母さん! 私と同い年の子、世界でどれくらいいるの?」
「……約一億五千万人、だって」
私が質問すると、お母さんはスマートフォンで検索してくれた。
「宝くじの一等を当てる確率よりも低いそうよ」
最後の一人が私である可能性はあるけれど、それはかなり低い。
「一億五千万人の中から選ばれるなんて、その子とってもラッキーだね」
お母さんの話を聞き、私は笑って答えた。
翌日、私が選ばれるなんてちっとも思ってもみなかった。