「お母さん! 私、選ばれた‼」
私はポストに入っていた新聞とチラシ、空から降ってきた招待状を持って家に入った。
お母さんはキッチンで私たちの朝食を作っていた。丁度、目玉焼きを焼いている。
「選ばれたって、何に?」
「ほら、昨日のテレビで“異世界の学校に留学させる”って話してたじゃん」
「ああ、そうね」
一億五千万人の中から私が選ばれたというのに、お母さんは料理を続けている。話半分で聞いているに違いない。
「これ! 招待状が空から降ってきたの」
「お母さん忙しいの。幸のお話に――、って、ええー⁉」
私は招待状をお母さんの目の前に突き出した。
火を止めたお母さんは、招待状に目を向ける。内容を理解すると、目を丸くして驚いていた。お母さんの声を聞き、リビングで朝の情報番組を見ていたお父さんがこちらに振り返った。
「何かあった?」
「あなた! 幸があの留学生に選ばれたらしいの‼」
「……あの?」
「お父さん、昨日、偉い人が言ってたやつだよ」
私はお父さんに招待状を見せた。
「これが空から降ってきたの!」
「まさか、全世界の子供たちから幸が選ばれるなんて」
お父さんは信じられないと言った顔で私を見た。
私は世界で一億五千万人いる同い年の子供たちから、くじ引きで選ばれた存在。
「とっても“ラッキー”だよね!」
「そうだな」
私は胸を張って、お父さんに言う。
「それで、幸はこの学校に行きたいか?」
「うん!」
私はお父さんの質問にすぐに答えた。
全世界で三人しか得られない、異世界の学校へ三か月留学できる権利。
その一人に私が選ばれたのだ。なら、異世界へ行ってみたい。
「どうして?」
「招待状が来たから。全世界で三人しか体験できないんだよ⁉」
「幸はたった三人の中の一人に選ばれたから、異世界の学校に行きたいのかい?」
お父さんに問われ、私は異世界の学校へ行きたい理由を告げた。
私の答えにお父さんは顔をしかめた。
「……それだったら、お父さんは認められないな」
「お母さんも反対よ! 異世界なんてよく分からない場所に幸を行かせたくないわ‼」
私はお父さんの言葉に面食らう。矢継ぎ早にお母さんにも反対され、私は戸惑った。
反対されるなんて、全く考えもしなかった。
お父さんの話が続く。
「選ばれた、ただそれだけで飛び込むには“異世界”は危険な場所だ。さっきの答えでは納得出来ない」
「じゃあ……、お父さんが納得する答えを出せたら、行ってもいい?」
「ああ。いいよ」
私が異世界へ行くことをお父さんが反対したのには、なにか理由があるみたい。
招待状に返事をする期限は一週間。
それまでに答えが見つからなければ、異世界の学校へ留学をあきらめなければいけない。
―― お父さんが納得する答え、絶対に見つけてみせる‼
心に誓った私は、お母さんが作ってくれた朝食を平らげ、身支度を整え、中学校に向かう。
☆
―― どう言ったら、お父さんに認めてもらえるんだろう。
登校中、私の頭の中は異世界の学校へ行きたい理由を考えることでいっぱいだった。
―― 私、お父さんの問いかけにどう答えたんだっけ。
校門をくぐり、外靴と上靴を履き替える。
「……ちゃん」
三階まで上り、自分の教室に入る。
「さっちゃん‼」
「あ、かなちゃん」
「おはよう」
席に着いたところで、呼ばれていることに気づく。
私を呼んでいたのは望月かな。同じクラスの幼馴染。
かなは、ショートボブで、目がぱっちりとした小柄な女の子。勉強が出来て、休み時間はいつも本を読んでいる。部活は書道部に所属していて、力強い文字を書く。
「階段上るところからずーっと、声かけてたんだけど」
「ごめん、考え事してて」
「ふーん」
「ごめんて」
私は目を細めているかなに謝る。
聞き慣れた幼馴染の声すら聞こえないほどに集中していたみたい。
「今日の英語の小テストやっばーい、とか?」
「え⁉ 小テスト今日だっけ?」
「忘れてたんかい……」
お父さんが納得する理由を考えていたあまり、英語の小テストがあることすっかり忘れていた。
バックから教科書とノートを机の中に移す。
英語は一時間目。小テストは英単語を書くのと、英文を和訳する問題があったはず。
「さっちゃん、がんばー」
私に声をかけると、かなは自分の席へ向かう。
一限目が始まるまで、私は英語の教科書とノートを食い入るように見ていた。
☆
チャイムが鳴り、一限目が終わった。
先生が教室を出たと同時に、私は息を大きく吐き出し、身体の緊張をほぐす。
「小テストどうだった?」
英語の小テストが終わったと安堵していると、私の机の傍に来たかなが、結果を訊ねてきた。
「五〇点取れた。かなちゃんのおかげ~」
朝に小テストがあることを教えてくれなければ、〇点だったかもしれない。
感謝の言葉を告げると、かなの口元がにやけた。
「さっちゃんにしては、とれたほうじゃん」
「えへへ」
「で、朝、あたしのこと無視してまで、なに考えてたわけ?」
「あ、それは――」
今朝、異世界の学校への招待状が届いたのだけど、両親に反対されていて、どう説得するか考えていた、とかなに話そうとするも、私は口をつぐんでしまった。
起こったことをそのまま話しても、かなに信じてもらえるか不安だった。例の招待状は家に置いてきちゃったし。
「もし、異世界に行けるとしたら、何したいか考えてた」
「ああ、昨日のか」
「そうそう。かなちゃんはあれ見てどう思った?」
「別に」
ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
かなは本当に興味が無いようだ。
「空想で書かれた世界が実在するって突然言われても、へえってしか思わないよ」
「そっか……」
かなの意見を聞いて、私は肩を落とした。
「映像だけで信じてくれって訴えても、何も感じない」
「じゃあさ、かなちゃんの目の前で私が箒で空を飛んだら……、信じてくれる?」
「まあ……、さっちゃんが空を飛んだら、信じるかな」
異世界の学校で何を学ぶか分からないけど、箒で空を飛ぶ方法を学べるかもしれない。それを体得して帰って来られたら、かなに披露したい。
私にはそれが出来る。お父さんを説得すれば。
「……よかった」
「へ?」
私を見たかながほっとしている。
突然呟いた意図が分からず、素っ頓狂な声をあげた。
「いや、まだ自転車のことで落ち込んでたのかなって心配だったんだよね。昨日のテレビの事考えてたのか~」
「自転車……」
「……
「小学校で良い成績取れなかったからね。中学で続けても同じだろってお父さんが――」
言葉の途中で私ははっとした。
そして、小学生だった頃の出来事を思い出す。
☆
小学校の頃、私はBMXに夢中だった。
BMXの練習場が自宅の近くにあったことから、当時の私は時間さえあればそこへ向かい、日が暮れるまで練習した。
その成果もあって、私が五年生になった時には、その練習場で一番になり、地方大会では敵なしと噂されるほどの選手になっていた。
だけど、日本の中では私よりもうまい選手は沢山いて、全国大会では八位入賞。それ以上の成績は取れなかった。
今思えば、当時の私は、一位になることに固執していたと思う。
思うような成績が取れないことに焦り、原因を練習環境や自転車のせいにしていた。
一番になれないのは練習する環境が悪いから、一番になれないのは乗っている自転車のグレードが低いからと、お父さんとお母さんに不満をぶつけていた。
そんな私が成長するはずもなく、六年生で挑んだBMXの全国大会は二十位。入賞も逃した。
私の結果を見たお父さんはこう言った。
「中学に上がっても結果は同じだ。もう、辞めなさい」
全力を出し切った全国大会の直後だったからか、私はお父さんの言葉に抗議することなく「うん」と素直に頷いた。
以降、私はBMXから引退し、中学生になった。
「お~い?」
「はっ」
「まだ、吹っ切れてなかったか……」
意識が飛んでいる。
昔のことを思い出すあまり、かなの事を忘れていた。
BMXの事を話題に出すと、私はきまって昔のことを思い出してしまう。
かな曰く、その状態になると、人の話が耳に入らなくなるとか。
「BMXを辞めてすぐの頃の私って……、どうだった?」
「抜け殻みたいだった。淡々と学校の授業をこなしてた……、かな」
引退して数か月の記憶はない。
“世界統一テスト”を受けたのもその時だったので、内容もさっぱりだ。
抜け殻だった私が、ここまで回復したのは、かなが傍で励ましてくれたおかげだ。
「そっか……。かなちゃんに迷惑かけてたよね」
「うん‼」
かなはすぐに答えた。潔いところが彼女の長所でもあり、短所でもある。
かなの答えに苦笑いを浮かべた。
「この先、さっちゃんが熱中するようなこと、見つかるって」
熱中するようなこと。
わたしはかなの言葉を聞いて「そっか!」と大きな声を出した。
お父さんが納得するような理由、見つけた気がする。
「かなのおかげで、悩んでたこと、解決しそう!」
「そ、そう」
今の気持ちを忘れぬよう、私は英語のノートに思ったことを書き殴った。
かなは、そっと私の席から離れ、自分の席に着く。