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第3話 一生のお願い

 中学校の授業が終わり、帰宅した私はお父さんの帰りを待っていた。


 ガチャ。

 お父さんが帰ってきた。

 私はすぐに玄関へ向かい、お父さんと向かい合う。


「お父さん、私、異世界交換留学に参加したい」


 単刀直入に自分の気持ちをお父さんに伝える。

 仕事に疲れた顔を浮かべていたお父さんだったけど、私の話を聞いてすぐに真剣な表情に変わった。


「……理由を聞こうか」


 私は持っていた”招待チケット”をぎゅっと強く握る。


「熱中できることを見つけたい」

「……」


 お父さんは否定することなく、黙って私の話を聞いてくれた。

 きっと、昨日と同じ理由を告げていたら、すぐに「反対だ」と言っただろう。


「私、新しいことをはじめてみたい。異世界に行って、そこで活躍してみたい」

「そこで挫折したらどうする? また、BMXの時のように自暴自棄になったらどうする」


 お父さんは不安そうな顔で私を見ている。

 やっぱり、お父さんが異世界交換留学に反対するのは、私が新しいことに挑戦して、失敗してすごく落ち込むのではないかと心配していたから。


「それを心配して、一億五千万人の中から選ばれた強運を逃したくない」

「幸……」

「逃した方が一生後悔する。だから――」


 私はお父さんに頭を下げた。床に頭がつくのではないかと思うほどに、低く。


「一生のお願い! 異世界留学に行かせてください」


 幸はお父さんに強くお願いする。

 恐る恐る顔を挙げると、ぽんと私の肩にお父さんの手が置かれる。


「行ってこい」

「うん!」


 お父さんの許可が出た。

 後に、お母さんを説得し、私は世界初の異世界留学生としてスイスへと向かう。



 スイスに入国した私は、政府の偉い人に連れられ、立派な建物の中に入った。

 連れられてきたのは重厚感のあるドアの前。


「この部屋に、あなたと一緒に異世界へ留学する二人が待っています」

「は、はい!」


 傍にいた通訳の人に声をかけられ、私は大きな声で返事をする。

 周りにいた大人たちが一斉にこちらを向く。

 必要以上に大きな声を出してしまった私は、恥ずかしくなり、身体を小さく丸める。


「す、すみません。すごく緊張していて」


 私は小さな声で通訳をしてくれている若い女の人に謝る。

 その人は、私にニコリと笑い「大丈夫よ」と呟いた。


「みんな、あなたが緊張しているってわかっているから」

「そうなんですか?」

「世界初の異世界留学者だもの。緊張しないわけないわ」


 そう言ってもらえると緊張が和らぐ。

 私は深呼吸をし、姿勢を正した。


「向こうの人の話を聞いたら、すぐに異世界に向かう予定です――、心の準備はいいですか?」

「はい!」


 ドアが開き、私は異世界留学へ一歩踏み出す。


 ドラマで社長と重役たちが会議をしそうな、縦長の木製のテーブルと肘置きがついた黒革のチェアがずらりと並んでいる。

 ―― あの二人かな。

 私はチェアに座っている同年代の二人に注目する。

 一人は金髪・碧眼のイケメンな男の子で、自信に満ちた表情をしていた。

 同年代ながらスーツを着こなしており、整った容姿も相まって、少女漫画に登場する王子様のようだった。

 もう一人はチョコレートのような肌と、長い黒髪を三つ編みに編み込んでいる女の子で赤とオレンジの縞模様のワンピースを身に着けていた。

 他は、スーツを着た大人たちと、中央にローブを羽織っているあごひげを短く切りそろえた赤髪の男性が座っていた。

 スーツの人たちは世界で偉い人たち、ローブを羽織っている人は異世界の人なのだろう。

 私は女の子の隣に座った。


「――」


 女の子に話しかけられるも、彼女の言葉を聞き取れなかった私は首を傾げた。


「異世界の方の説明が始まります。私語は慎んでください」


 通訳の人に注意され、私は黙った。

 話しかけてきた女の子はしゅんとした表情を浮かべ、落ち込んでいる。


「三名の異世界留学者が揃ったようだな」


 ローブを羽織った男性がチェアから立ち上がる。


「では、あなたたちが向かう異世界について軽く説明しよう」


 スクリーン上に写っている映像を見ながら、男性の話を聞く。

 私たちが向かう異世界は、小さいころから読んでいた”ファンタジー世界”とほぼ同等のようで、スクリーンに映っている異世界人は箒で巨体のドラゴンと共に並走していた。


「――」


 説明の途中で男の子が割り込む。

 男の子は頬杖をついていて、退屈そうな表情を浮かべている。

 何を言ってるか理解できなかったが、態度からしていちゃもんをつけているのではないかと予想できる。


「お前たちの世界でも、この映像なら"造れる"と」


 男は男の子の発言を聞き、笑っていた。


「なら、いくら説明しても無駄だな」


 男は指をぱちんと鳴らす。


「わっ」


 その音と同時にスクリーンの向こうにいるドラゴンがこちらに向かって飛んできた。

 ドラゴンが拡大してゆき――、突如、部屋が汗をかくほどの熱気に包まれる。


「な、何!?」


 私は嫌な予感がし、席を立ち、スクリーンの反対側の壁まで逃げた。


「”見る”よりも”感じる”ほうが手っ取り早い」


 スクリーンがカタカタと動き、轟音と共になにかが飛び出す。

 巨大な金の瞳、ゴツゴツとした赤い鱗に、鋭い牙。

 スクリーンに映っていたドラゴンが、スクリーンから飛び出してきたのだ。


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