ドラゴンがスクリーンから飛び出してきた。
飛び出しているのは顔だけだが、ドラゴンが呼吸をするたびに室内が揺れ、熱風が私たちにかかる。
「これでも”造り物”だと?」
男は少年を一瞥する。
少年はドラゴンの真下で尻もちをついており、小さく首を横に振った。
先ほどの態度とは一転しており、腕を身体の前に出し、ドラゴンに怯えていた。
男がドラゴンを手懐けていなかったら、少年は食べられていただろう。
―― スクリーンからドラゴンが飛び出す。私たちの世界では絶対にありえないこと。
私はじっとドラゴンを見つめる。
「――!」
少女は少年と対照的に好奇心旺盛で、ドラゴンに近づき鱗に触れていた。
「さあ、三人の留学生よ、異世界へ招待しよう」
男が再び指をパチンと鳴らした。
私の視界が歪み、気づけばごつごつとして暖かいものの上に座っていた。
頭にはフルフェイスヘルメットのようなものが被されていて、息苦しい。
男の子と女の子も傍におり、私と同様にヘルメットをかぶっている。
私たちの前に、男が堂々と立っている。
男が合図を送ると、床が動き出した。
―― え、私が座っているのって、まさか!?
床が動き出したことで、私は気づいた。
私たちが座っているのはドラゴンの頭の上で、その頭が動いていることを。
目の前にあった会議室が遠ざかってゆく。
招待してくれた通訳の人や関係者たちがとっても驚いた顔でこちらを見ていた。
私たちはスクリーンから飛び出したドラゴンの頭の上に乗った状態で、現代から異世界への境界を越えたのだ。
☆
「わあ! 空をとんでる! 鳥みたい!」
「……」
スクリーンから戻った、ドラゴンは上空を飛んでいた。
下は雲に包まれており、地上がどうなっているかは分からない。
隣に座っていた女の子が立ち上がり、大喜びしていた。
「危ないよ。下に落っこちちゃう」
女の子の行動にひやひやした私は、女の子に声をかける。
私の声を聞いた女の子は、きらきらした瞳をこちらに向けてきた。
「あなたの言葉がわかる!」
女の子はその場にしゃがみ、私の両手をぎゅっと握る。
少女の言葉が日本語として聞こえる。
現代にいた時は外国語を話していて、通訳が無ければ言葉がわからなかったのに。
「あたし、エリザベス! みんな、エリーって呼んでる。あなたの名前は?」
「サチ」
エリザベスの積極性に圧倒されながらも、私は自分の名前を彼女に伝える。
―― 話が通じるようになったのはヘルメットをかぶったから? 異世界に来たから?
私は不思議な現象に戸惑う。
「雲の上で生身の人間がいられるわけないだろ!」
男の子は現実的なことを口にする。
エリザベスの言葉が聞こえるなら、男の子の声も日本語に聞こえる。
雲の上はとても冷たく、呼吸ができなくなる。
男の子は現状に焦っていた。
「あたしたちは平気だよ」
エリザベスの言う通り、生身の身体で上空を飛んでも寒くないし、息苦しくもない。
「どこに向かってんだよ、雲の上で全然わかんねーじゃん」
男の子は文句を言ってばかり。
けれど、ドラゴンの行く先は私も気になる。
私たちは案内役の男をじっと見つめる。
「俺たちの国、ドラヴェリアの首都イグニスフォルテに向かっている。すぐに着くから黙れ」
男に一瞥され、男の子の威勢がなくなる。
これ以上、男の機嫌を損ねれば、先ほど、ドラゴンに食べられそうになるようなひどい目に遭うと思ったのだろう。
「生身で上空にいられるのは、ドラゴンの体温のおかげだ」
男は上空でも平気な理由を教えてくれた。
「その間、留学生同士、交流したらどうだ」
「……」
言い負かされたことに悔しいのか、男の子は唇を強く噛んでいた。
「そーだよ、ウェイン! 仲良くしよ!」
エリザベスは男の子の名をウェインと呼ぶ。
先に来ていたエリザベスはウェインと交流をしていたらしい。
「俺はお前たちと慣れ合うつもりはない」
ウェインはぷいっとそっぽ向き、会話に加わろうとしない。対照的にエリーはペラペラとしゃべる。その間で私は戸惑っていた。
イグニスフォルテに着くまで、私はエリーの話を聞いていた。
エリザベスはガーナ出身で、家事や二人いる弟の面倒をみつつ、カカオ農園で働いていたとのこと。
そのため、学校には給食を食べにゆく感覚で通学していたらしい。
「あたしが“いせかいりゅうがくせい“になると、家族に"ほじょきん"が出るんだって!」
エリザベスが異世界留学生になったのは、国から補助金が支給されるから。
それがあればエリザベスの家族や兄弟たちは、ガーナの都会で裕福な暮らしができるのだとか。
―― インターネットで知っていたつもりだったけど、辛いな。
エリザベスの生い立ちを聞いた私は、胸が締め付けられる思いだった。
ガーナはチョコレートの国で有名だが、過酷な労働環境であること、現地の子供は収穫しているカカオの実がチョコレートになることを知らないことで有名だ。
現在は労働環境改善をしようと、各国が支援しているらしいが、完全にとはいかないようだ。
それでも目の前にいるエリザベスは元気で笑顔の絶えない女の子。
かわいそうと同情するのは良くないと、私はぶんぶんと首を横に振った。
「サチは――」
「もうじき着くぞ」
エリザベスが私の国について尋ねると同時に男の声が重なった。
ドラゴンが降下してゆき、徐々に雲が晴れる。
アジア風の街並みが見下ろせる。
「留学生諸君、俺たちの国ドラヴェリアへようこそ」
―― 私、異世界に来たんだ。
私は、未知の世界に足を踏み入れることにワクワクしていた。