その後、ドラゴンは町の広い平地に着地した。
私たちはドラゴンからおり、フルフェイスヘルメットを外す。
私は外した直後、新鮮な空気を吸う。
空気は湿っていて、蒸し暑さを感じる。
日本のじめじめした夏みたい。
私は着陸した場所を見渡した。
巨体のドラゴンが着地できるほどの平野があり、等間隔に埋められた樹木と整備された乳白色の石の道の先には、真っ白なお城が建っていた。
「あそこがセラフィーナ・ドラヴェリア女王が住む”ドラガルド城”だ」
男がこの国の女王の名と指した建物の名を告げる。
「今からお前たちはあの城に入り、女王に謁見する」
「ええ!?」
女王に謁見する、というのは私の世界でいうと天皇と会って話すようなもの。
私は急な展開に思わず声を出して驚いてしまった。
「この世界に異世界人を招くことが初のことなのだ。着いてすぐに女王に会わせるのは当然だ」
「それはそうだと思いますが、心の準備が――」
『なら、この場で済ませてしまいましょう』
私の頭の中に女の人の声が響く。
濁りもないきれいな声で、とても聞き取りやすい。
「おい、ドラゴンが――」
私が女の人の声に聞きほれていると、ウェインがドラゴンがいる場所を指す。
指した先では巨体のドラゴンが半分ほどの大きさに縮んでいた。
ドラゴンは更に縮み、男と同じくらいの大きさになったところでドラゴンの鱗が真っ白な素肌に代わり、太もものスリットが入った派手なドレスを着た美女が現れた。
赤い艶のある長髪に金の瞳。
美女は穏やかな表情を浮かべていた。
「ようこそドラヴェリアへ。わたくしはセラフィーナ・ドラヴェリア。この国を統べる女王です」
美女の声は脳内に響いてきたものと同じ声。
私はすぐに両膝と頭を床に付け、土下座の姿勢をとった。
「陛下、あなたとは知らずに私はあなたの頭の上に乗って――、すみませんでしたあ!」
私は土下座をし、女性に謝る。
「サチ、頭をあげなさい」
おそるおそる顔を上げ、セラフィーナを見る。
モデルのように美しいセラフィーナの顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「よいのですよ。わたくしは貴方たちを驚かせたかったのですから」
「そうなんですね……」
私はゆっくりその場に立ち上がり、セラフィーナが怒っていないことに安堵する。
「わたくしは先代のドラゴンの血を継ぐ者。そのため、ドラゴンの姿に変身することができるのです」
男の人が現代で説明をしていたとき、こんなことを言っていた。
『俺たちの民の先祖はドラゴンなのだ』と。
『ドラゴンと人間が交わり、次第に人間に近しい姿になっていった』とも言っていた。
ウェインが会話に割り込まなければ、ドラゴンの姿に変身できると事前に説明されていたかもしれない。
「じゃあ、隣のおっさんはドラゴンに変身できんのかよ」
女王相手でもウェインは態度を変えない。
「お前――」
男はウェインの態度を注意しようとするも、女王に制される。
「この者は異世界人。この国でない者に、同等の対応を求めるのはよくありません」
「ですが、おばさ――」
パチン。
セラフィーナは男の頬を叩いた。
先ほどの上品さはどこにいったのか、ウェインが不敬な態度を取った時よりも怒っている。
「フィヨルド、わたくしは貴方と一歳しか違わないのです! その呼び方は許しません!」
「も、申し訳ございません。”姉上”」
フィヨルドと呼ばれた男は姿勢を正し、セラフィーナの呼び方をあらためる。
「こほん、ウェインさん。あなたの問いに答えましょう」
セラフィーナは咳ばらいをして脱線した話を断ち切り、ウェインの問いに答える。
「フィヨルドはわたくしと同じく先代のドラゴンの血を引いていますが、変身できません。この国には変身できるもの、できないものがいますが、その違いはいまだ謎のままなのですよ」
「へえ……」
ウェインはセラフィーナの問いに納得する。
口元がひきつっていることから、セラフィーナの豹変に引いているようだ。
「さて、挨拶も済みましたし、貴方たちをある場所へ連れて行きましょう」
「ある場所――」
「この世界の始まりの地、大樹ルミカルナへ」
☆
セラフィーナの右手には彼女の身長ほどの黄金の杖あり、柄でトンと床を叩く。
すると、私たちの視界がぐにゃりと歪み、元に戻ったと思いきやドラガルド城ではない別の場所にいた。
私たちが着いたのは、真っ白な草が生えている場所。
目の前には木の壁のようなものがあった。
「これが大樹ルミカルナです」
セラフィーナは杖を掲げ、上を見るようにうながす。
「わあ」
「とっても大きな木だあ!」
見上げると遠くに木の枝と葉っぱらしきものが見えた。それも真っ白で、目がちかちかする。
目の前にあるものは、木の壁ではなく大樹の幹であるのだとわかった。
―― これが幹だとすると、この木、相当おっきいぞ。
私はドラゴンといい、ルミカルナといい、異世界はスケールが大きすぎるとあっけにとられる。
「わたくしたちはこの大樹から生成される魔素を体内に取り入れ、魔法を行使しています」
「へえ、じゃあ、俺やこいつらもあんたたちみたいに魔法、使えんの?」
「はい。もちろんです」
ウェインとセラフィーナの会話を聞き、そんな重大なこと、留学生の私たちに話して大丈夫なのだろうかと不安になった。
「ですが、今の貴方たちでは魔法は使えません」
「じゃあ、どうしたら使えるようになる?」
「三人とも、手を出してください」
私たちはセラフィーナの言う通り、彼女の前に手を出す。
パシッ。
私たちの手に真っ白な林檎のような果実が現れ、私はそれを掴んだ。