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第3話 新たな求婚者とフェアリエルの困惑

 3-1


「フジョ子爵令嬢、辺境伯ドラヴァル閣下からのご面会の申し出がございます」


執事の端正な声に、フェアリエルは思わず口にしていた紅茶を噴きそうになった。


「また、ですの?」


「はい。本日で三度目のご訪問となります」


「……さすがに、情熱が過ぎますわね」


彼女の頬がかすかに赤らんだ。王子との婚約破棄騒動以来、彼女の元には妙な同情や詮索が寄せられていたが、ドラヴァル辺境伯だけは違った。最初の訪問こそ形式的かと思いきや、二度、三度と通うごとに真剣さが伝わってくる。


それが逆に、恐ろしくもあった。


「何ゆえ、そこまでして――?」


「閣下は、お嬢様に深く心を寄せておられるようですわ」そう侍女のリリィがささやく。「あのご様子では、求婚もそう遠くありません」


「……やめてくださいまし。妄想が、また暴走してしまいますの」


フェアリエルは、こほんと咳払いをしながら、鏡に映る自分の姿を整える。


再びの面会。きっと真面目な顔をしてくる。言葉も選び、敬意を忘れない。副官のセイランも傍らに控え、主従の忠誠を絵に描いたような空気を纏っているに違いない。


(ああ、またあの並びを見せられたら……)


すでに脳裏では、「辺境伯×副官」の新たな妄想プロットが高速で走り出していた。


そして数分後、案の定、現れた辺境伯は完璧だった。


漆黒の軍服、整った銀髪、落ち着いた灰色の瞳。そして隣に立つ副官セイランの、鋭利な目元と柔らかな物腰のコントラストが、余計に妄想を刺激する。


「ごきげんよう、フジョ子爵令嬢」


「ごきげんよう、辺境伯閣下。……そして副官様」


「本日も突然の訪問、申し訳ございません」


「いえ。慣れましたわ」


ふ、とラルクが笑う。その笑みに、フェアリエルの心臓がドクンと跳ねた。


(な、なんて誠実な笑顔……! これはもう、告白待ちの雰囲気ですわ……!)


だが、彼の隣に控えるセイラン副官が、彼の背を静かに見つめているのに気づいてしまった。その視線には、確かな敬意と、深い信頼――いや、それ以上の感情が滲んでいるように見えた。


(……これは、いけませんわね)


再び脳内妄想エンジンが全開となる。


“ラルクとセイランは、長年共に戦場を駆けてきた。数々の死地を共に潜り抜け、信頼が愛へと変わっても不思議ではない。ある嵐の夜、戦場のテントの中でふたりは――”


「……フェアリエル様?」


「っ! あ、はいっ! ……い、いえ、なんでもありませんわ」


ぎこちなく笑いながら、紅茶を口にする。その手がかすかに震えているのを、本人だけが知っていた。


そして、帰り際――。


ふと、聞かずにはいられなかった。


「……辺境伯様と副官様。どちらが“攻め”で、どちらが“受け”ですの?」


その場が凍りついた。


「……攻撃の指揮は、私が取ることが多い」


「ということは、副官様が“受け”ですの?」


「防御の陣形では彼の判断に委ねますので……まあ、臨機応変というところでしょうか」


「……なるほど」


妙に噛み合ったこの会話。フェアリエルは内心、笑いを堪えるのに必死だった。


(な、なんて尊い天然の応答っ……! あの真面目な顔で……!)


そうして、彼女の脳内には“辺境伯×副官”という新たな物語が鮮やかに描かれ始めたのだった。



3-2:揺れる心、妄想と現実の狭間で


フェアリエルは、自室の机に向かっていた。机上には新たな執筆中の草稿、仮題『雪原の誓い』。今作のテーマは、“辺境伯×副官”。もちろん、完全なる妄想BL小説である。


(あのやり取り……最高でしたわ……)


軍の演習視察で耳にした、辺境伯と副官の妙に噛み合っていないが妙に親密なやり取り。それは彼女の創作心に火をつけ、今では脳内で毎晩、二人の攻防が繰り広げられていた。


(攻めは辺境伯、受けは副官様。でも、時には逆も……いえ、やはり正統派が一番ですわね!)


そんな妄想に没頭する彼女の元へ、現実の“攻撃”が迫っていた。


──辺境伯ドラヴァル家より、正式な求婚の使者が来訪。


「ま、まずいですわ……」


心中で頭を抱えながらも、父母は乗り気で、使用人たちも沸き立っていた。辺境伯は軍人としても名声があり、地位も申し分ない。そして何より──まさかの本人直々の申し入れ。


フェアリエルはお茶を口に含み、ふぅと長い溜息を吐いた。


「お嬢様、お悩みですの?」


侍女リリィが気遣うように尋ねる。


「妄想が、現実に追いついてきましたの……」


意味不明な返答に戸惑いながらも、リリィは慣れた様子で笑う。


そこへ追い打ちのように訪れる言葉。


「辺境伯閣下が、今夕に直接お会いしたいとのことで……」


(来てしまいましたわ、現実が……!)


日が傾き始めた頃、邸宅を訪れた辺境伯は、静かに彼女の前に立ち、言った。


「私は、貴女を真剣に想っています。過去に何があろうと、未来を共に歩めるのなら、私はそれ以上の幸福はありません」


(く、口説かれている!?現実に!?)


フェアリエルの心は大きく揺れていた。


自らが綴ってきた“理想のBL妄想”と、目の前の“理想的な現実の求婚”。


(どちらも……尊い……)


彼女の恋(?)と創作のバランスは、ここに来て大きく傾き始めていた──。



3-2:揺れる心、妄想と現実の狭間で


フェアリエルは、自室の机に向かっていた。机上には新たな執筆中の草稿、仮題『雪原の誓い』。今作のテーマは、“辺境伯×副官”。もちろん、完全なる妄想BL小説である。


(あのやり取り……最高でしたわ……)


軍の演習視察で耳にした、辺境伯と副官の妙に噛み合っていないが妙に親密なやり取り。それは彼女の創作心に火をつけ、今では脳内で毎晩、二人の攻防が繰り広げられていた。


(攻めは辺境伯、受けは副官様。でも、時には逆も……いえ、やはり正統派が一番ですわね!)


そんな妄想に没頭する彼女の元へ、現実の“攻撃”が迫っていた。


──辺境伯ドラヴァル家より、正式な求婚の使者が来訪。


「ま、まずいですわ……」


心中で頭を抱えながらも、父母は乗り気で、使用人たちも沸き立っていた。辺境伯は軍人としても名声があり、地位も申し分ない。そして何より──まさかの本人直々の申し入れ。


フェアリエルはお茶を口に含み、ふぅと長い溜息を吐いた。


「お嬢様、お悩みですの?」


侍女リリィが気遣うように尋ねる。


「妄想が、現実に追いついてきましたの……」


意味不明な返答に戸惑いながらも、リリィは慣れた様子で笑う。


そこへ追い打ちのように訪れる言葉。


「辺境伯閣下が、今夕に直接お会いしたいとのことで……」


(来てしまいましたわ、現実が……!)


日が傾き始めた頃、邸宅を訪れた辺境伯は、静かに彼女の前に立ち、言った。


「私は、貴女を真剣に想っています。過去に何があろうと、未来を共に歩めるのなら、私はそれ以上の幸福はありません」


(く、口説かれている!?現実に!?)


フェアリエルの心は大きく揺れていた。


自らが綴ってきた“理想のBL妄想”と、目の前の“理想的な現実の求婚”。


(どちらも……尊い……)


彼女の恋(?)と創作のバランスは、ここに来て大きく傾き始めていた──。



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