やっと! やっと出られた! 今までずっと、王宮に閉じ込められて来た私は、大手を振ってここを出る事が出来た。
晴れて聖女解任となって!!
◇◇◇
「アリアーヌ様、こちらへどうぞ。」
そう言われて私は王宮内の神殿へと向かう。まだ日が昇り切っていない、そんな時間。
…眠いのよね、まだ日も昇ってないこんな早い時間から祈る意味ってある?!
そう思いながらも薄暗い中を進み、神殿へと入る。
「朝のお勤め、よろしくお願いいたします。」
そう言ってお付きの人が出て行く。祭壇を見上げ、はぁーと溜息をつく。仕方ない。私は祭壇の前で手を組み、祈り始める。力が私の体の中から放出されるのを感じながら、心のどこかでこう思っていた。
どうか、早く…一刻も早く、ここから逃げられますように…
◇◇◇
聖女、この国では聖女はたった一人しか生まれない。聖女として生まれた者は国の安寧の為に祈りを捧げ、怪我や病に苦しむ人々に癒しを与える。聖女の持つその力の大きさで、国の安定にも差が出るという。私が聖女だとされる前に聖女としてお勤めしていた人の時代は、その力が弱く、国力もそれに伴い落ちたのだと聞いた。
祈りを捧げると言っても、ひたすら祈れば良いというものでも無い。心を落ち着かせ、心からこの国を憂い、身を捧げる覚悟で祈らなくてはいけない。それも日に三度。それ以外の時間は聖女として、病や怪我に苦しむ民をその力で癒し、更には王族の方々にもその力で加護を与え続けなければならない。
◇◇◇
「アリアーヌー…」
その声にうんざりする。それでも表情を変えずに振り向く。
「グラナード王太子殿下。」
簡易ではあるけれどちゃんとしたお辞儀をしながらそう言う。そこには一応、私の婚約者とされているグラナード王太子殿下。こんなに朝早くから、神殿へ来るなんて珍しい…と思ったけれど、グラナード王太子殿下はどうやら酔っているらしく、足元が覚束ない。
あぁコイツ、酒盛りをしてたのね。昨日の夜はどこかの令嬢を王宮に呼んでいたんだっけ。
こんな男でもこの国の王太子なのだ。
「アリアーヌ、祈りを捧げていたのかー…」
間延びする話し方、酔っている時の話し方。グラナード殿下はヨロヨロと歩き、私に近付いて来る。侍従の方たちがグラナード殿下を支えようと手を差し出すけれど、殿下はその手を払って、ヨロヨロと歩く。
「アリアーヌ、お前の力であればー、こんな酔いも…すっ飛ばしてくれるんだろー?」
グラナード殿下は私の前まで来ると、私を見下ろし、ケタケタと笑う。
「まぁー別にー、今日は何の予定も入っていないからなー、一日中寝ていたって良いんだが…」
私は心の中で溜息をつく。
こんな男がこの国の次の王ねぇ、この国の行く末が恐ろしいわ。
そして私は何故、こんな王族を守らなければいけないんだろう。グラナード殿下は急に私の腕を掴み、言う。
「お前が相手をしてくれても良いんだぞ?」
ニヤニヤと笑う王太子殿下に私は少しゾッとしながら、殿下のお手に触れて言う。
「お戯れはおよし下さい。」
途端に殿下は私の手を払う。
「触れるな!」
手を払われ、後ろに二、三歩、後退る。
「お前から私に触れるなど、あってはならんのだ!俺は王族だぞ!お前のような奴をこの王宮で囲い、衣食住の世話までしてやってるんだ!」
あーはいはい。私との婚約が本意では無いのよね。それは私だって同じだけど!
昨日の夜から夜が明けるまで酒盛りをし、何が気に入らないのか、私の元へ来て悪態をつくとか、王太子が取るべき態度じゃない。
━でしたら、ご解任を━
喉まで出かかった言葉…だと思っていたけれど、その言葉は私の口から発せられていた。グラナード殿下は私を一睨みして言う。
「それが出来れば、苦労は無い、お前は聖女だ、だからここに置いてやっているんだ、それを忘れるな。」
そんな事を言われなくてもちゃんと分かっているわよ。
そんな事を思いながらも私はそれを顔には出さない。それがここ王宮でのマナーだ。面倒でもそれをやらないといけない。マナーを破れば、王太子の乳母として幅を利かせているマルトがしゃしゃり出て来る。マルトも私が王太子の婚約者である事が気に入らない人間の一人。まぁ、私もそうなんだけど。グラナード殿下は私を一睨みして、フラフラと歩き出す。さっさと出て行けば良いのに。私なんかに構う暇があるなら、寝ていた方がずっと良いと思うけど。
◇◇◇
朝の祈りを終え、私はそのまま王宮の中の小部屋に連れて行かれる。小さな窓もないような質素な小部屋。ジメジメした湿気を含んだこの部屋でいつも私は食事をする。運ばれて来た食事もパンとスープだけという質素なもの。この国唯一の聖女なのに、この扱い。
それだけ今のこの国のトップがケチで自分たちの利益しか考えていないっていう事の表れよね…
そう思いながら食事をする。まぁ食事もままならない人だって居るんだから、それに比べたらまだ三食食べられるんだもの、有り難くはある。
食事が終わる頃になると、今度は打って変わって豪華な装飾の付いた部屋に連れて行かれる。次は王族に対して私の力を浴びせる時間。とは言っても、この時間にこの部屋に来る王族はほぼ居ない。今だって王族は一人も目の前に居ない。私は溜息をつく。
ホント、この国の王族って堕落してるのよね…
そう思いながら、待っていると、欠伸をしながら国王が入って来る。国王は急ぐ様子も無く、ノロノロと歩き、ひと際大きく造られた椅子に腰掛ける。私は所定の位置に膝を付き、祈りを捧げる。光が溢れ出し、その光が国王へと注がれる。すぐに国王が立ち上がる。
「ご苦労。」
それだけ言ってまたノロノロと歩き出す。
「国王陛下、もう少し…」
そう侍従の方が言って、国王を引き留めようとする。国王はそんな侍従の言う事を聞く訳も無く、歩いて行く。別に忙しいからそうしてる訳じゃない事は私も知っている。
ただただ、面倒臭いだけなのよね
そう思いながら私は祈りの時間が短く済んだ事をラッキーだと思った。他の王族はどうせ、まだ寝てるんでしょ。
次はそのまままた移動。今度は王宮の外に作られた教会へ行く。ここで怪我人や病人の治癒をする。このまま昼食までここで「奉仕」をする。まぁこれに関しては、聖女である以上、仕方ない。
昼食を終えるとまた王宮に戻って祈りを捧げ、その後、今度は王子妃教育だ。マナーや教養を学ぶ。それが夕刻まで続き、その後また祈りが入って、それが終われば夕食とお風呂。
「まぁ温かいお風呂に入れるだけ、まだマシね。」
湯船の中でそう独り言を呟く。
お風呂から出て、後は寝るだけ。寝る支度を整えて、ベッドに横になる。明日もまた同じような日が続く。ベッドに寝転がりながら、本当にこれで良いのか、と毎晩考える。そうは言っても私に出来る事は何にも無いんだけど。