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第2話ー聖女のぼやきー

この国の王族は堕落し切っている。国の政務を行うのは通常、国王やそれに準じる者と相場が決まっているのに、この国の国王はそんな素振りは無い。いや、素振りだけでもするべきなんだけど。実際の実務を請け負っているのは宰相のアフネルだ。彼がその気になればこの国を乗っ取る事も出来そうだけど。


王妃様は贅沢三昧だ。日々新しいドレスに、新しい宝飾品、美味しい食事や美味しいワインなんかを常に仕入れている。一度着たドレスは二度は着ずに、ドレスルームにしまわれている。勿体ない。誰かにあげるとかすれば良いのに。この王妃様とはほとんど会わない。私が聖女で自分の息子の婚約者であるにも関わらず、無関心。でもその方が有り難い。これで目の敵にでもされてしまえば、私はもっと面倒臭い生活を送る事になっただろうなと思う。


グラナード王太子殿下は、自身の王太子という肩書を利用して、毎晩のようにどこかの令嬢を王宮に呼んでは酒盛りをし、日中は寝ている事が多い。こっちは朝から祈りだ、癒しだと駆り出されているのに!


◇◇◇


私が聖女としての力に目覚めたのは6歳か7歳の頃だった。その頃は自分の手から、体から出て来る光が何なのか分からなくて、でも光を出すと周りの皆が喜んでくれるのが嬉しくて、やたらと光を出していたように思う。けれどそれが人伝いに伝わって行き、子爵位だった私の家に王族の使者という方がやって来て、私は十歳の頃に王宮へ入る事になった。


それまでは子爵位だった事もあって、私は比較的自由に過ごしていたせいで、王宮に入った途端に、その生活サイクルが縛られ、いつの間にか王太子の婚約者にまでなっていた。そこに私の意志は関係無く、知らされたのは私は聖女である事と、聖女は代々、王家に仕える存在であるという事。私だって聖女が国を支えている事くらいは知っていたけれど、まさかその私が王太子の婚約者にさせられるとは思っていなかった。先代の聖女だって、力は弱かったけれど、国王と結婚してないのに!


それから八年…私はこの王宮に閉じ込められている。最初はこんな扱いじゃなかった。


聖女としての「お勤め」として祈りを捧げる事は一日に三度。これはずっと前の聖女の時代から決められて来た事。だからそれに関しては文句なんて無い。もっと言えば王族に加護を与えるという朝の祈祷も最初は国王を筆頭に、王妃様も王太子殿下もちゃんと出席していたのに。


いつの間にかその祈祷の時間に王族が集まらなくなった。最初は忙しいとか、体調が悪いとか、色々理由を述べていたけど、もう最近ではその理由も言わず、そして祈祷の時間でさえ短い。まぁ私としてはその方が楽ではあるけど。


私だってある日突然、王宮に連れて来られて、あなたが今代の聖女ですって急に言われて戸惑った。 受け入れる時間さえ与えられず、日に三度の祈りの時間、更に王族に加護を与える祈祷の時間と言われて彼らの前で膝を付き、祈らなければいけなかった。


毎日、父や母と離れた事の寂しさや自由に過ごしていた時間、全てを自分では無く誰か他人の為に使わなくてはいけなくなってしまった。聖女と言えば聞こえは良いけど、その中身は普通の人間なのに…清廉潔白である事を求められ、常に周囲の人たちに親切に、慈悲深く居る事を求められる。今までの聖女たちの中にだって、私みたいに面倒臭いとか考える人だって居たと思うんだけど。


更に私は王太子の婚約者にまでなってしまった。だから王子妃教育というものまでさせられている。貴族のマナーや教養、この国の歴史や経済の話、外交の話まで、頭の中に入れさせられている。そんな教育をされたところで、あの王太子だ、私が何を言ってもお前は口を出すなで終わる気がする。私の事を常に見下して、意見をするな、王族に従えとしか言わないんだから。


◇◇◇


王子妃教育の時間。私にマナーを教える為に王宮に来ているのはフィッツ夫人だ。フィッツ夫人は王妃様の従姉妹だと聞いている。私は子爵令嬢だったので、それ程、貴族のマナーに関しては詳しくなかった。そんな私を教育するのがフィッツ夫人の役割だ。王子妃教育はここ数年で始まった。王子妃教育なんか受けてもどうせ私は外には出して貰えないんだから、無駄だと思っているけど、一応、表面上は取り繕っておく。フィッツ夫人は最近では手に鞭を持って来るようになった。


パチン! と鞭が私の手の甲を打つ。


「それではダメです、アリアーヌ様。」

打たれた手の甲が赤くなる。ヒリヒリと痛み出す頃には私の中から光が溢れ出して、手の甲の赤みと共に痛みが引いて行く。その様子を見て、フィッツ夫人はニヤリと笑う。

「本当に治癒の力だけは素晴らしいですね。」

嫌味を含んだ言い方。きっと心の中では自己治癒が出来るんだから、いくらでも鞭を打てるとでも考えているんだろう。


またパチン! と手の甲を打たれる。


自己治癒が出来るとは言え、痛みが無い訳では無い。なのにフィッツ夫人は私がまるで痛みをも感じていないかのように、何度も鞭を振るう。痛みは無くなるけど、その記憶は残るものだという事をこの人は知らないんだろうか。


理不尽なフィッツ夫人の鞭打ちに関しては、誰にも言えなかった。言う人が居なかった。誰も私に興味など無く、一日中、私を誘導するだけの付き人に言っても、それは大変ですね、としか言わない。最初は誰かに理不尽な鞭打ちに関して、正して貰おうと思った事もあった。けれど誰も私の話なんか聞いてくれない。聞いたとしてもフィッツ夫人を正せる人なんて居ない。傷跡が残らないのが唯一の救いだった。けれどそれは私にとって呪いのようにも感じていた。傷跡が残れば、この国唯一の聖女を傷付けた者として、フィッツ夫人をやり玉に挙げる事も出来たのに。


◇◇◇


簡素な食事を終えて、お風呂に入る。食事も最初はちゃんと出ていたし、一人で食べるような事も無かったのに、気付けば私は一人で食事をするようになり、その質も落ちていった。今ではパンとスープのみだ。一日中動いて疲れた体をベッドに横たえる。何故、私は聖女なんだろうと思わずにいられない。辞められるものなら辞めたい…。そう思いながら眠りにつく。


その日の夜中、ふと人の気配がした。誰か居る気がする。衣擦れの音、暗闇の中ではそれが誰なのか分からない。ここは王宮、いくらぞんざいな扱いを受けているとはいえ、私は聖女。それなりに警備だってしっかりしている筈なのに…。体を動かそうとしても動かないし、声も出ない。何故、動かないのか、声も出ないのか分からない。ゴソゴソと動く人の影。その人は私には触れないけれど、私の横になっている体の上で何かをしている。不意にコツンと冷たい感覚が私の額と胸の上に落ちる。体から何かが抜けて行く感覚がして、もしかしたらこのまま命を吸われるんじゃないかと思った。


殺されるのかな…でもどうして? 私、何も悪い事、してないのに…。こんな事なら日に三度の祈りだとか、王族に対する祈祷だとか、そんなに生真面目にやる事無かったんじゃない?


もっと美味しいもの食べたかったなぁ…王宮を出て、もっと色んなものを見たかったなぁ。怪我を治したあの子は元気になったかなぁ…私が死んだら、誰か悲しんでくれるかなぁ…お父さんとお母さんは元気なのかなぁ…こんな事ならもっとワガママを言って、会いに行けば良かったなぁ…恋、したかったなぁ…


そんな後悔ばかりが浮かんで来る。


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