翌朝、ハッとして目が覚める。ガバッと体を起こす。自分の体を見回す。とりあえず生きてはいる…。そう思いながら大きく息をつく。昨日の夜のあれは何だったんだろう。夢にしてはかなりリアルだった。何かが当たったような感覚のした額と胸…。胸を見てみる。特に見た目には変化は無い。触ってみても何かを感じる事も無い。ノックが響いて、お付きの人が入って来ていつもと同じように朝の祈りの時間だから用意しろと言う。
変化はすぐに感じた。
朝の祈りの時間、いつもと同じように私は祭壇の前で膝を付き、祈りを捧げ始めたけれど、昨日まで感じていた程の力が感じられない。光が体から溢れ出してはいるけれど、自分で変化を感じる程にその力が弱くなっている気がする。…気のせい?
その後、朝食を食べて、いつもと同じように王族の間へ行く。今日も私よりも先には誰も来ていない。しばらく待っていると、お付きの人が来て言う。
「聖女様、今日は王族の方々が来られないそうなので、このまま教会の方へ。」
そう言われて何だかホッとする。でも今までの数年間で、こんな事、一度も無かった。国王一人であっても聖女の加護を受けに来ていたのに、もうそれすら必要無いと思ってるんだろうか。
教会へ行き、怪我人や病人の治癒をする。空いている時間は祈りを捧げながら過ごしたけれど、今日に限っては疲れが酷かった。何だか無駄に力を誰かに、何かに持って行かれているような気がする。
夜になり、やっと解放された私は一人部屋でベッドに倒れ込む。今日は本当に疲れが酷い。こんなに疲れが襲って来る事なんて、今まで無かった。一体、何なんだろう、この感覚は…。昨日の夜の「あの事」が関係しているんだろうか。誰かが私の部屋に来て、何かをして行った。私に触れたあの硬い感覚…。冷たい石のようなものが額と胸に置かれ、そこから力が抜けて行くような感覚があった。
誰かに力を奪われている…?
一瞬、そんな事を考えたけど、すぐにその考えは消えた。考える事も出来ないくらい、私は疲れ切っていた。そして私の中の誰かが言う。
別に力を奪ってくれるなら、それでも良いんじゃない?
昨日の夜、動く事が出来ない状態の中、浮かんで来るのは後悔ばかりだった。私は今、十八歳になろうとしている。普通の十八歳なら、きっと勉学に励みながら、クラスメイトとお話したり、美味しいものを食べたり、興味のある分野の本を読んだり…恋だってしていたかもしれない。今の私は王宮の小さな部屋に閉じ込められ、自分の意見を言う事も出来ず、自分の意見を通す事も許されず、ただひたすらに祈りを捧げ、人を治癒し、この国の為に身を捧げている。別にそれが嫌な訳じゃない。でもそれは私が正当な扱いを受けていれば、の話だ。普通はこの国にとって大事な聖女にこんな扱いはしないんじゃない? と常々思っている。ベッドに寝転がり、眠りに入りながらも、私は心のどこかでここから抜け出す事を夢見ている。
◇◇◇
翌朝も日が昇る前に起こされ、眠い目を擦りながら祈りを捧げる。昨日と同じように光は出ても、その光は以前のような輝きや強さが無くなったように感じる。満ちて行く力を感じない。自分の力の枯渇を感じて、私はほんの少し戸惑ったけれど、この程度の力の減少は他の人にとっては違いが分からないのか、お付きの人は顔色一つ変えずに微笑みすらたたえている。
そりゃ、そうよね、と思う。
見た目には何も変わらないもの。光は溢れ出し、私の体から光が放たれ、その光は神殿へと溶けて行くんだから。その光の強弱なんて誰も気にしていない。それ程までに聖女の力に関してはその聖女で無ければ分からない事も多い。誰かから与えられた力なのか、本人が元々持って生まれた力なのか。
私だって6歳か7歳でこの力について自覚しただけで、持って生まれた力なのかどうかも分からない。目の前の女神像は私からの光を受け、更に日の光に照らされて、キラキラと輝いている。力が弱くなったと感じていても、目の前の女神像は輝いて見えるんだから、もしかしたら誰にもこの変化は分からないかもしれない。
◇◇◇
朝の祈りの時間と朝食を終えて、王族の間へと移動する。その時。
「グラナードさまー。」
離れた所から聞こえて来る声。王宮内の渡り廊下を歩きながら、その声の方を見る。そこにはグラナード王太子殿下に擦り寄って、体を擦り付けるような女性が一人。長く伸ばした髪は薄いピンク色…ピンク色の髪なんて珍しいなと思った。対して私の髪色は銀髪だ。まるで白髪のようにも見えるこの髪色はグラナード王太子殿下には不評だったっけ。私の視界に入る二人は互いに互いを見つめ合っている。グラナード王太子殿下がピンク色の髪の女性を抱き寄せて、何かを囁いているようだ。
人目を
そう思いながら歩く。このまま歩いていれば二人とかち合ってしまうけど、王族の間へ行くにはそれしか道が無い。私が近付いている事に気付いたグラナード王太子殿下はニヤニヤしながら、私を見て言う。
「アリアーヌじゃないか。」
この時間になれば、私がここを通るのは誰でも知っている事だ。それなのにその時間にここでこうしているのはわざとなんだろう。
「おはようございます、グラナード王太子殿下。」
そう言いながら私は簡易の挨拶をする。隣に居る女性は近付いてみて、初めて分かったけど、私とそう年頃は変わらない子だった。
「王族への祈祷か?」
そう聞かれ頷く。
「はい。」
そう返事をするとグラナード王太子殿下はピンク色の髪の子を抱き寄せながら言う。
「俺は行かないぞ。ユーリと一緒に居る方が楽しいからな。」
私はそう言われて必死で笑いを堪える。堪えているのを悟らせない為に下を向く。
王族への祈祷と女と一緒に居る事を同列に並べて、女と一緒に居る方が楽しいと抜かす、この王太子。
頭の中、沸いてるんじゃないの?
そう思いながら下を向き、ひたすら笑いを堪える。お願いだから、もう何も言わないで、立ち去ってよ、私だって好きで祈祷の時間を設けてる訳じゃない。
「グラナードさまぁ、この方は?」
ピンク色の髪の子がグラナード王太子殿下にそう聞く。甘えた声、媚を売っているのが手に取るように分かる声。
「これは聖女さ、この国唯一の、大事な大事な聖女様だ。」
そう言いながらグラナード王太子殿下は鼻で笑う。
「辛気臭くて、可愛げのないやつだ。ユーリの可憐さと可愛さを少しでも見習ってくれれば、俺だって相手してやるのにな。」
グラナード王太子殿下がそう言いながら近付いて来る。
「見ろよ、この銀髪…気持ち悪いったら無い。」
グラナード王太子殿下は私が王宮に入った時から、私の銀髪を嫌っていた。下を向いている私の視界にはピンク色の髪先が見える。確かに綺麗なピンク色だなと思う。
「アリアーヌが聖女じゃなければ、俺の婚約者はユーリだったのにな。」
そんな言葉が聞こえて来るけど、それは私だってそうだ。私が聖女じゃなければ、こんな王宮に閉じ込められる事も無かったんだし。
「じゃあ、ユーリが聖女になれば良いのではなくって?」
そう言われて驚く。