これ、本気で言ってるの?
聖女はなりたいからなれるものではない。そんな事はこの国の誰もが知っている事。そこで私は気付く。
あぁ、そうか、この人は私から王太子の婚約者という立場を奪いたいんだ、と。
いや、奪ってくれて構いませんけど?! 出来るものなら私だって代わりたい。グラナード王太子殿下が笑い出す。
「そうか、それもそうだな。父上に進言してみよう。」
そう言ったグラナード王太子殿下が下を向いている私に言う。
「顔を上げろ、アリアーヌ。」
そう言われて私はグラナード王太子殿下を見る。二人ともがいやらしい笑みで私を見ている。
「王太子である俺の婚約者は何も、聖女でなければいけないって訳じゃ無いし、ユーリだって聖女だと名乗れば、それを通す事も出来る。アリアーヌ、お前さえ、俺たちの、そしてユーリの影で居れば良いんだからな。」
婚約者という立場が惜しい訳でも、聖女という立場が惜しい訳でも無い。けれど、この言われ方は腹が立つ。このままでは私は一生、王宮に閉じ込められ、この二人にこき使われる羽目になる。そう思うとゾッとする。
◇◇◇
祈祷の為の王族の間。行ったは良いけど、誰も居なかった。昨日に引き続き、誰も祈祷は受けないらしい。
「こんな事は前代未聞だ、アリアーヌ、君から王族に進言してくれないか。」
そう言いに来たのは宰相のアフネルだ。
「アフネル様、それは無理です。」
私がそう言うとアフネルが唸る。
「私から進言しようにも、王族の方々は私とは話そうとはしませんし、会おうともしないでしょう?」
ほとほと困ったという顔のアフネルは何かを考えながら王族の間を出て行く。
◇◇◇
その日を終え、私はベッドに入る。「あの夜の出来事」からずっと、私は力を吸い取られているような感覚があった。気を失うように眠りに落ちる。
翌日も同じような日が続いて行くと思っていた私に、青天の霹靂ともいうべき事態が起こる。
その日も朝から祈りを捧げ、朝食を取る。その後の王族への祈祷の時間にそれは起こった。
王族の間に入った私の目の前にはズラッと王族が揃っていた。珍しい事もあるんだなと思いながら、私は決してそれを態度には出さず、いつもと同じように祈りを捧げようようとした時。
「アリアーヌよ、立ちなさい。」
そう言ったのは国王だ。この時間に声を掛けて来る事なんか、ほぼ無いのに。私は言われた通り、立ち上がる。そのすぐ後、王族の間の扉が開き、入って来たのは昨日見た、ピンク色の髪の子、ユーリって名前だった気がするけど。ユーリは私を見てニヤリと笑い、私の横を素通りして、グラナード王太子殿下の隣に立つ。
「紹介しよう、この子が聖女のユーリだ。」
国王にそう言われて私はポカーンとする。
今、聖女って言った?
ユーリはグラナード王太子殿下に抱き寄せられて、私を見下すように微笑んでいる。
「聖女…とは…?」
そう聞く事しか出来ない。昨日、グラナード王太子殿下に言われた事を思い出す。私を閉じ込めて、ユーリが表に立つという事なんだろうか。国王が言う。
「ユーリ、見せてみなさい。」
国王がそう言うとユーリは私を見て、フンと顎を上げ、その場で祈り始める。
ユーリの体から光が放たれる。間違いなく、聖女の力だった。
これは一体、どういう事なの? 聖女は一人だけじゃ無かったって事?
「見ただろう? ユーリは聖女だ。アリアーヌ、祈ってみなさい。」
そう言われて私は祈りを捧げる。けれど、私の体からは光は出て来なかった。湧き上がって来るような力も感じない。
「これでハッキリしたな。アリアーヌよ、お前はもう聖女では無い。故に、グラナードとの婚約は破棄し、聖女解任とする。」
◇◇◇
何が起こったのか、分からない。けれどそんな事はもうどうでも良い。私はあのまま王族の間を出され、小さな自分の部屋へ移動し、急き立てられるように荷物をまとめている。
何が起こっているかは分からない。でもそんな事はどうでも良かった。
ここを出られる!! 晴れて聖女解任となって!!
まとめる荷物なんて大して持っていない。私は十歳の頃からここに居て、着るものなんて、聖女だからという理由で、質素な服装しか許されてこなかった。持っている服も真っ白なドレスとも言えないようなものしか無い。急な事だからお父さんやお母さんに連絡も出来ていない。
「父と母に連絡をしたいのですけど。」
荷物をまとめながら扉の傍に立っているお付きの人にそう言うと、お付きの人は面倒臭そうに言う。
「アリアーヌ様はもう聖女では無いのですから、私たちが何かをして差し上げる義理は無いんですよ。」
要はお前の為に連絡一つ、紙一枚でも惜しいという事なんだろうね。
これが今まで、聖女として祈りを捧げ、治癒を施して来た人間に対する態度なの?
それでも出来ないと言われば、それはもうどうしようもない事だ。持って出る荷物なんてほとんど持っていない私はあっという間に片付けが済む。部屋の入口あたりがガヤガヤと騒がしくなる。
「アリアーヌ様。」
そう声を掛けられて振り向けば、そこにはユーリが居た。ユーリは私の居た部屋を見回して、クスっと笑う。
「ここ、本当に聖女の部屋なんです?」
そう言いながら部屋に入って来る。言いたい事は分かる。えぇ、それはそう。それに関しては私も激しく同意する。
「グラナード王太子殿下は私に自分の隣の部屋をくださいましたのよ?」
そう自慢げに言って来るユーリは勝ち誇った顔をしている。まぁ、最初はそうよねと思うけど、それを教えてあげる気にはならない。ユーリは何も言わない私に何かを差し出す。
「受け取ってくださいな、私からの餞別です。」
差し出されたものは茶色い袋状のもの。手を出すとそれは私の手の平の上に多少の重さを伴って落ちて来る。
チャリン
そう音を立てて私の手の中に落とされたそれは、茶色い麻袋に入れられた金貨のようだ。
「アリアーヌ様はずっと王宮に居て、金貨なども持っていないのでしょう?」
そう言われて頷くしか無い。聖女の務めに対し、王室から何か褒賞のようなものが出る訳では無い。完全に無償の施し。当たり前だけれど。
「聖女になった私からの、せめてもの施しです。私の代わりを務めて下さってありがとう。」
ユーリはずっと勝ち誇った顔のまま。
この子は何も知らないのよね。この王族がどこまで腐り切っているのか。
そしてあの王太子がどれ程、飽きっぽいのか。
でも教えてあげる気にはなれない。そして有り難く金貨を頂く事にした。だってそうじゃないとここを出されて家に帰るにしても、お金はかかるんだし。
「どうもありがとう。」
そう言って金貨を受け取る。
◇◇◇
私はあっという間に王宮から出された。追い出されるという言葉がピッタリだろう。でも私の心は晴れやかだった。ずっと出たいと思っていた王宮。小さな荷物一つで、王宮を出る事になるなんて、思いもしなかった。
さて、ここからはどうしよう。