ジャンという青年と別れた後、少し会話をするワタクシとナミディア。
どうやら向こうも途中まではワタクシをヴィオラとは認識していなかったよう。そもそも悪役令嬢としての噂は当然ナミディアの耳にも入っていたらしく、だからこそ、今回
「お嬢様、今後あのような危険な行動は慎んで下さいませ」
「何事もなかったのだからよかったじゃない、リン」
「ですが!」
「まぁまぁメイドさん。何かあったら
「……流石、ペリドットの神童、ナミディア・アルバ・ペリドット様。よく観察していらっしゃいます」
「褒めてもないもあげられるものがないんだよ」
「結構です」
目で会話する二人には何が見えていたのか……ワタクシには分かりませんが、リンの脚が
「そうそう、今後はナミと呼んでくれていいよ、ヴィオラ・クラシエル公爵令嬢」
「こっちもヴィオラでいいわよ」
握手を交わすナミとワタクシ。思いがけない形でTOP4の一人と出逢う事が出来たのは僥倖だったわ。悪を正そうとする神童の正義が悪役令嬢に向いたのなら……考えたくもない話ね。ワタクシの悪評くらいどうって事ないけれど、勝手に敵視されるのは面倒だし、今後はワタクシも彼をナミと呼ぶことにしたわ。
「あ、そうだ。僕は借りを作る事が嫌いなんだ。だから一つ、貸しにしといてあげるよ。いつかあんたが困ったとき、僕が助けてあげるよ、覚えておいて、ヴィオラ」
「別にあなたに貸しを作った憶えはないのだけれど」
「いや、僕一人だったならあの貧しい青年を騎士団へ突き出して、彼は今頃きっと牢獄行きだったからね。ヴィオラ、今回はあんたの手柄だよ。それに、あれほど悪役令嬢として名高いあんたが一庶民を助けるなんて滑稽だって思ってね。僕はあんたみたいな面白いものが好きなんだ」
「そう、あなたも噂と違ってよくしゃべるのね」
「嗚呼、僕を孤高の神童か何かと思っていたのかな?」
孤高の神童――ナミディア・アルバ・ペリドットは原作でもほぼ学園へ通う事はなく、原作でも飄々とした掴みどころのない性格で神出鬼没な謎多き人物として描かれていた。だが、原作ラストへ近づくにつれ、彼はただ学校をサボっていたのではなく、王政の目が届かない領地の闇へ自らの脚で出向き、世を正そうと悪を裁いている事が分かる。貴族や王族と言った慣習に囚われた生活を嫌い、自由を望む。
彼が退学処分を受けない理由は王族の血筋が関係しているが、彼はそれを嫌っている。庶民、領民あっての領主。貴族の中には残念ながら庶民は貴族が潤うための駒程度にしか思っていない者も存在しているのだ。ペリドット公爵は話が分かる人物であるが、自由に立ち振る舞うナミディアをあまりよく思ってはいない。その上で、彼が今後どう生き、どういう答えを導くのか、親として静観しているのだ。
ヴィオラは知らずとも、私はその事実を知っている。
「いいえ? あなたとワタクシが求める道筋はきっと一緒よ」
「へぇ~。ヴィオラ。やっぱあんたは面白いな!」
それまで表情を変えていなかった彼の口角が一瞬上がった気がして、瞬きしている間に彼はワタクシの眼前から姿を消していた。
「じゃあね、ヴィオラ。楽しい時間だったよ」
彼の声だけが辺りに響き、やがて静寂がその場を支配した。
集中力が切れたのか、ワタクシは思わず地面へへたり込み、慌ててリンがワタクシの傍へ駆け寄りましたわ。
「お、お嬢様! どこか怪我されたのですか!?」
「いいえ。ちょっと気を張り過ぎていただけよ」
「もう無茶はやめてください。馬車を呼びますので帰ったら先にお風呂へ入って身体をお休め下さいませ」
「ありがとう、リン」
こうして怒涛の放課後を終え、ワタクシは帰路へつくのでした。
◆
ヴィオラとしてお風呂で汗を流した私は、大きな湯舟で一人、これまでの状況を整理していた。
婚約者であるドミトリー公爵家嫡男、ロイズ・ドミトリー。
アクアリウム公爵家嫡男、サザンドール・アクアリウム。
マドリード侯爵家次男、グルーシア・ロブ・マドリード。
そして、ペリドット公爵家次男、ナミディア・アルバ・ペリドット。
これでペリドッド学園TOP4の四名全員と接触する事が出来た。ヒロインのヒイロとも仲良くしている訳だし、今のところ、順調と言っても過言ではないだろう。悪役令嬢として学園で敵を作らない。問題はまだまだ雲隠れしていそうだけれど、来たる謝恩祭の日まで出来る事を一つ一つやっていこうと思う。
「それにしても広いよねぇ~」
公爵家のお風呂は広い。どこかの旅館の大浴場かと思えるくらい。しかも、公爵家の者が使うお風呂と屋敷に務める者達のお風呂は別々に用意されており、こうして私はヴィオラとして大浴場を独占出来るという訳。公爵家の令嬢という立場を忘れて泳ぎたくなってしまう程の広さだ。
大きな湯舟につかると気持ちが安らぐ。前世でお風呂へ入る時間も削って社畜生活を送っていた私にとってこれほど至福の時はない。
「でも、少し物足りないのよねぇ~」
浴槽へ注がれるお湯は豪華な獅子の文様が施された蛇口だけど、ここは露天風呂でも温泉でもない。
入浴剤もないし、柑橘類を湯舟に淹れるくらいしか思いつかないけど……そこまで考えて、ふと思い出す。
「そういえば、原作の設定資料集に王国の中に地元の民が嗜んでいる温泉がある領地があるとか書いてあった気がするんだけど……あれ、どこだったっけ?」
四大貴族の領地ではなかった筈。だから見逃していた。原作の登場人物を一人一人脳裏へ浮かばせ、地図を呼び起こす私。
ペリドット公爵家と王族が統治する王都のペリドット領。そのすぐ西隣。山間部には肥沃な土地、中央に商業都市を構える我がクラシエル領。クラシエル領と王都と隣接する形でドミトリー領。東部がアクアリウム領。これが四大貴族の統治する領だ。って、昔から地理は苦手なんだよね……。温泉、温泉……温泉と言えば火山……火山の麓にある領と言ったら……。
「あ、そうか」
そこまで考えて思い出す。次にヴィオラとしてやる事がはっきりした。そうと決まれば公爵家の書庫で色々と準備をしよう。
~悪役令嬢になったらやりたい13のこと~
その③ TOP4を味方につけよう