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08.その③ TOP4を味方につけよう~神童編①

「おいヴィオラ、どうなってるんだ!?」

「あら、どうしましたの? ロイズ」


 この日、放課後いつものように学校の部屋をひとつお借りして、ロイズへの個別指導の準備をしていたワタクシ。なぜかそこに距離を置いている筈のロイズがやって来ましたわ。あら、何故かその背後には……ヒイロが控えていますわね。


「今日の休み時間、ヒイロが泣きながらこっちにやって来たぞ! 彼女に何をしたんだ?」

「えっと今週は貴族としてのマナー講座を中心に、あとは彼女、学校の成績も乏しいので、補習も兼ねてお勉強を教えてますわね」

「どうしてこんな事をするんだ!? 彼女、嫌がっているじゃないか……」


 ロイズを柱のようにして後ろからこちらを覗いている彼女。前世の私が『どこぞの家政婦か!』とツッコミを入れていますが、そこはそっとしておきましょう。言われてみれば彼女、原作でもこういうシーンがありましたわね。もう無理ってなった時に自分では頑張ろうとするんだけど、一生懸命頑張っているその姿を見た周囲が自然に助けたくなるような雰囲気を醸し出してしまう。これがヒロインのさがなのかもしれないけれど、これでは彼女の成長が止まってしまう。


「ヒイロ、このままでいいの?」

「えっと、わたしは……」

「いいわ。今日はおやすみにしましょう。ワタクシもあなたを早く一人前の淑女にするためと、少し焦っていたのかもしれません。疲れを残していてはお仕事もお勉強も集中力を欠きますからね。今日の放課後はロイズと一緒に過ごしていただいて構いませんわよ?」

「おいおい、どうしてそうなるんだヴィオラ。俺はただ、忠告に来ただけで彼女と一緒に過ごすとは言ってないぞ?」


「でも、横に居る彼女は満更でもないって表情をしていますわよ?」

「なっ、ちょ……嗚呼もう!」


 頭を掻くロイズの焦燥した姿を拝めるのも貴重かもしれません。ワタクシは部屋の隅に控える専属侍女のリンへ合図をし、狼狽するヒイロを後目に部屋を立ち去ろうとします。


「元はと言えば! ヴィオラがサザンのブティックを使うからいけないんだぞ?」

「は?」


 いけませんわ。つい心の声が漏れてしまいましたわね。


「成程、つまりロイズは、ワタクシがヒイロのドレスを仕立てるために同級生のブティックを使った事に嫉妬をしている……そう言いたいんですわね?」

「おい! 俺はそんな事まで言ってないぞ!」

「お子様ですこと。ワタクシの一挙手一投足に狼狽し、嫉妬する。男なら婚約者を信じてドーンっと構えていなさい。以上」

「なっ」


 これ以上を有無を言わせぬ表情でロイズへ迫った後、再び翻るワタクシ。結局は自身の感情がコントロール出来ていないだけの器が狭い男に興味はありません。男がリードするなんていう古臭い考えも不要ですが、肝の据わった度胸、この人なら信頼してもいいという安心感を備えた上でワタクシのところへ来なさい。と言いたいですわね。


「あ、あの……ヴィオラ様ごめんなさい。ありがとうございます!」


 帰り際、ヒイロはワタクシへ向かって恭しく一礼していましたわ。前世の私は社畜で毎日休む間もなく働いていたため、それが当たり前になっていた事は反省点ですわね。相手の意見を尊重する事なく強要してしまっては、結局原作のヴィオラと同じ道を辿ってしまう。次回からはスイーツタイムや先日のドレス試着のような企画も考えないとですわね。



 結果、放課後時間が空いたため、リンへ伝えて学園の外を少しお散歩したい旨を伝えた。公爵家の自宅と学園の通学は基本、馬車の送迎付きとなっており、家と自宅の往復がほとんど。私もまだまだこの世界を堪能出来ていないのだ。


 学園前の並木道を抜けると、石畳の道と白壁の家が並ぶ通りが見えて来る。石造りの家はとても新鮮。通りの向こうには市場マルシェがあって、人通りで賑わっている様子が見えた。


「あなたまでついて来なくてもよかったのよ、リン」

「お嬢様、外には危険がつきもの。お一人で出歩いてはダメです」


 とはいえ、馬車でお出迎えしているのって、公爵家と侯爵家の生徒くらいなのよね。私からすると、馬で通っている生徒が居たのは新鮮だった。自転車置き場じゃなくて馬置き場があるのよね。サザンは毎日馬車がお出迎えしているみたいだけれど、ロイズは自身の白い馬で通っているみたい。領地の遠いご令息とご令嬢は学園の近くに専属の男子寮、女子寮があって、ヒイロもそこで暮らしているみたいね。


 そんな街を歩いているだけで早々、危険なんてある筈ないわよねと思っていた矢先、マルシェの向こうから誰か走って来る姿が見えた。ベレー帽を目深に被り、大きなパンを両手に抱えたまま人混みを掻き分け走る青年。倒れた女性に周囲の人達が駆け寄っている。あれは、パン泥棒!? ちょっとこっちへ向かって来るじゃない!?


「泥棒~~! 誰か~~!」


「お嬢様、避けてください」

「どけっ!」


 リンがワタクシを守るような形で素早く前へ出る。青年はワタクシの前へ出たリンをかわし、そのまま路地裏へと逃げ込む!


「リン、捕まえないと! 待ちなさい!」

「お嬢様! いけません!」


 気づけば駆け出していたワタクシ、路地裏へ逃げ込んだ青年を追い掛けていましたわ。逃げ脚が早い……というよりも、ヴィオラの身体が運動に慣れていないのか、なかなか追い付けませんわ。そう言えば、前世の私も運動とは無縁でしたわね。すっかり忘れて……居ましたわね。って、むしろ途中からリンがワタクシを追い越して、角を曲がった青年を先に捕まえようと動きます。って、侍女の格好をしているのにリン、思っていた以上に俊敏ですわね。


 でも、ようやく角を曲がった時にはなぜかリンが立ち止まっていました。よく見ると、さっきの泥棒青年が地面に伏していたのです。誰かに腕を掴まれ、苦悶の表情をしている青年。きっと、青年が所持していたんだろう、短剣ダガーが地面に転がっています。腕を掴んでいる相手はウルフカットの銀髪に臙脂色の外套を纏った見た目ワタクシと同じ位の年齢に見える青年ですわね。


「盗みはいけないな、青年」

「離せ! あんた貴族だろ? あんたに何が分かる?」

「分からないな。犯罪を犯す人間の考えなんて」


 パンを盗んだ泥棒青年はきっと庶民の出、ウルフカットの青年は貴族なんだろう。この世界、全ての民が裕福とは言えないのだ。学園のあるここはペリドットの城下町で王都だけど、貧富の差は確実にあって、王都の隣にあるヴィオラの父が治めるクラシエル領でさえ、領民全員が裕福とは言い切れないのだ。


「そこまでよ」


 ワタクシが声をあげたところで二人の青年がこちらを向きます。ウルフカットの青年は泥棒青年が逃げないよう、まだ手を握る力を緩めてはいないみたい。この銀髪の青年、華奢な見た目とは裏腹に相当力があるみたい。


「そのパンのお金、ワタクシが払います。あなたはちゃんとお店の人へ謝りなさい」

「そんな施し、受けねーよ」

「お黙りなさい!」


 泥棒青年を一喝するワタクシ。銀髪の青年の方がなぜか、目を丸くしていますわね。


「あなたがどういう経緯けいいでそのパンを盗んだのか何てワタクシは知りませんし、家族構成もお金に苦しいのかも知る由もありませんわ。ただ、あなたが王政へ嘆いても何も変わりません。あなた自身が変わらなければ、いつか家族が哀しむだけですわよ?」

「オレは……ただ、妹を食わせたいだけなんだ……親の居ない俺に働く場所なんてねーし」


 気づけば銀髪の青年が手を緩めた状態で、観念したのか泥棒青年が経緯を話し始めた。王都の外れの小さな小屋に住んでいる青年は、数年前の紛争で親を亡くし、妹と二人暮らし。朝から晩まで働かされ、パン一個しか買えない程度の賃金しか貰えかった彼は、裕福な貴族達の姿に嫉妬し、王政を恨んでいた。挙句、最近働いていた仕事をクビになり、明日生きていくお金もなく、結果盗みを働いたらしい、


 反省した青年を連れ、パン屋の女性へ謝罪をしにいく。パン屋の女性に軽く青年の経緯を話し、盗んだパンのお代をワタクシが払う事で盗難事件は解決する。パン屋の女性はもう夕方で店を閉める時間だからと残ったパンを青年へ渡すと青年は泣いて喜んでいた。


「オレ、ジャン。いつかあんた達にお礼させてくれ!」

「お礼なんて求めていません。ワタクシはヴィオラ・クラシエルですわ。お仕事が必要ならば、今度改めて隣のクラシエル領へ来なさい。ワタクシが紹介してあげてもよくてよ? ねぇ、リン」

「勿論ですわ、お嬢様」

「なっ、ほ、本当か! 貴族にもいい奴って居るんだな……本当にすまない」


 改めて一礼するジャン。このままこの話が終わるかに見えたのだが、ワタクシとジャンとの間に割って入る青年が。銀髪ウルフの彼の存在を途中から忘れて居ましたわね。


「待て。王都は王家直属のペリドット公爵家の領地。領民の悩みは公爵家が解決すべき問題。普段口出しするのは柄じゃないけど、此処は僕が進言しよう」

「待ちなさい、あなたそれってどういう……」

「気づいていないようだったから、正体を明かすつもりはなかったんだけどね」


 そこまで言って脳内のヴィオラの記憶が呼び起こされます。制服姿でなかったので記憶と一致しませんでしたわね。普段から学校をサボっており、神出鬼没の自由人とされる生徒。しかし、天賦の才と王族の血筋を持つ彼は、ペリドットの神童と呼ばれ、TOP4最期の一人として君臨している。王家の血筋に繋がるペリドット公爵家。現ペリドット王国の王子、王女の従弟いとこにあたる、その人物の名は……。


「あなた、ペリドット公爵家次男、ナミディア・アルバ・ペリドットね」

「ご名答」

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