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07.その③ TOP4を味方につけよう~牙狼編

 ドレスの試着体験を終え、数日が経ちましたわ。それにしても、イケメンと侍女から着せ替え人形にされるなんて体験、早々経験する事がないわね。ワタクシの中の私が興奮してその日は眠れませんでしたわ。


 きっと原作のヴィオラなら、『ワタクシの身体で弄ぶなんて百年早いわ』と抵抗したに違いない。毒を以て毒を制すと言うけれど、イケメンを以ってイケメンを制すには、まだまだ耐性が足りない。もっとヴィオラらしく振る舞わないと到底このゲームはクリア出来ない気がする。つい乙女ゲーム感覚になってしまうけれど、今の私にとってこれは現実だ。今後も気を引き締めていかなければ。


 学園生活にも慣れて来た。ペリドッド王国の歴史や、貴族社会のお勉強など、原作では触れられる事がなかった授業のシーン。幸い、肉体の記憶が身体に宿っているためか、言語なんかも自動翻訳されているようだし、勉強で遅れを取る事は全くなかった。成績TOPなだけあって、彼女の隙がないところは、尊敬に値する。


 それにしても、授業の間の休み時間も取り巻きほうせき四人衆がしっかりヴィオラの横をキープして来るので、なかなか気が休まらない。カフェテリアでの食事の時間だけ、なるべく違うクラスメイトと食事をするか、最近は一人で食事するようになった。だって、たまには気持ちを休めたり、整理する時間も必要ですわよね? まぁ、一人で食事の際も、取り巻き四人衆や、婚約者ロイズの視線を感じる事もしばしばなんだけど。


「お、噂をすればヴィオラ・クラシエルご令嬢じゃないですか?」


 せっかくお野菜のスープとチーズたっぷりのもちもちパスタに舌鼓を打っているところだったのに。誰かから声を掛けられた。この威圧感は何だろう。ヴィオラの身体が危険信号を発していたため、後ろを振り返って気づいた。そこに立っていた人物は決して学園で邪見にしてはいけない相手だったから。


「令嬢に後ろから声を掛けるなんて失礼ですわよ? グルーシア」

「これはこれは、ご配慮が足りず、失礼致しました。ご令嬢」


 双眸ひとみと髪色は燃えるようなあか。制服を着ていても分かる鍛え抜かれた肉体。分厚い胸板に太い二の腕。


 内に秘めた野心をオーラのように纏う牙狼がろう。学園TOP4唯一の侯爵家にして現王国の騎士団長を兄に持つ武神。付けられた通り名はペリドットの牙狼がろう。マドリード侯爵家次男、名をグルーシア・ロブ・マドリードと言う。


「で、ワタクシに何か御用かしら?」

「いえいえ何も。何やら彼氏と痴話喧嘩したという噂を聞きましてね」


 こちらが許可もしていないのに、ワタクシの対面へ座り、巨大なローストビーフを頬張り始めるこの男。公爵家の令嬢相手に全く恐れを知らないこの態度。これで学園TOP4と呼ばれている事が不思議なくらいね。


「面白い話なんて何も聞けないわよ?」

「いえいえ、結構ですよ。話を聞くつもりはないんでね」

「そう。ただ悪役令嬢・・・・揶揄からかいに来たっていう訳?」

「へぇ~。自分で言うのかよ」


 さっさと食事を終えてこの場から立ち去らないと、この男、非常に面倒だわ。にしてもこの男、よく食べる。あれ、おかしいわね? 彼のお皿に乗っていた十枚ほどのローストビーフがあっという間に無くなっている。ワタクシが先に食べ終わる予定だったのに、彼が座ってからまだ一分ほどしか経っていないわよ?


「言葉遣いがなっていないわね、グルーシア」

「おや、公爵家嫡男相手にあなたも同じ事をやっているではないですか?」

「あら、何が言いたいのかしら?」

「その態度、ずっと続けていたらいつか痛い目を見ますぜ? ご令嬢?」


 ただ忠告がしたいだけなのか、この男の目的が全く分からない。ワタクシとロイズのカフェテリアでの一件を恐らく本人から聞いたんだろう。次期騎士団長候補のロイズと現騎士団長の弟であるグルーシアは、共に剣術や武術の稽古をする機会も多い筈。


 前世の記憶を思い出せ。確か原作では、二年生始めに行われた剣術大会でロイズと争って二位になった場面があった。本来ならば自身が騎士団長になるべき存在。だが、好敵手ライバルであるロイズにいつも及ばない。悔しさと自身への怒り。そして、貴公子ロイズの才能へ嫉妬する。そこをヒロインであるヒイロが、負けたが健闘したグルーシアの才を褒め、更には怪我の手当をした事により、以来、彼女へ興味を抱くようになる。これが原作の流れ。


 嗚呼、成程。グルーシアもまだ・・ワタクシがヒイロをしいたげて居ると思っているのね。

 加えて、自身が及ばないロイズをもてあそぶような態度を取っている事が許せない、と。


「ふふふ、まだまだお子様ね、グルーシア」

「おい、いまなんつった?」


「ワタクシの才に嫉妬・・しているのでしょう?」

「は? なんで俺様があんたに嫉妬する必要がある?」


「え? だって、あなたが敵わない・・・・ロイズを翻弄しているように見えたんでしょう? そりゃあ嫉妬するわよね」

「おい、もういっぺん言ってみろ」


「覚えておきなさい。他人の才に嫉妬しているようでは、自身を昇華出来ません。グルーシア、あなたの場合、肉体だけでなく、その精神を鍛える必要がありますわね。それが毎回ロイズに勝てない理由よ? 分かって?」

「……あいつはいま関係ないだろう」


「いいえ、関係ありますわ。ワタクシへ傲慢な態度を取ったんですもの。ちゃんと立場を弁えてもらわなければ困りますわ。ワタクシがお父様へこの一件を報告するだけで、あなたを学園から追放する程度の事、簡単に出来ますのよ?」

「ふ、やれるもんならやってみるといいぜ、ご令嬢」

「ふふふ、冗談ですわ。あなたを追放なんてしませんからご安心下さい。それに……」


 ここまで言ったところでワタクシは立ち上がり、彼の背後へと素早く回り込む。そして、耳元で囁く。


「あなたのようなペリドットの希望・・をここで捨ておいては勿体ないもの。毎日鍛錬しているんでしょう? あなたの剥き出しの上腕二頭筋、美しいですわよ?」

「なっ!?」


 驚いて立ち上がるグルーシア。椅子を引いた音に驚いた周囲の者がグルーシアとワタクシの様子に気づく。ワタクシは何事もなかったかのように立ち上がり、その場を後にしようと動く。そして、すれ違い様、グルーシアへ向かって今度は周囲に聞こえるよう別れの挨拶をする。


「ご機嫌ようグルーシア。素敵なランチタイムでしたわ。あなたのその肉体美と食べっぷりに、カフェテリアの令嬢達もときめいていますわよ?」

「ちょ……待て! ヴィオラ」

「何か?」

「……いやいい」


 そのまま颯爽と立ち去ろうとするワタクシを呼び止めたグルーシア。何か言いたそうにしていたが、周囲の目が気になったのでしょう。それ以上、口にする事はありませんでしたわ。


 ワタクシがグルーシアから離れた様子を確認した取り巻きほうせき四人衆がさっと食事を終えたワタクシを取り囲んで来る。


「ヴィオラ様、牙狼に何かされませんでしたか?」

「幾らヴィオラ様が美しいからって牙を剝くなんて、本当男って狼ですわね」

「嗚呼、ヴィオラ様。罵倒するならうちを罵倒してくださいまし」

「ヴィオラ様、最強」


 この子たち……これでは飼い主を待つ番犬ですわね。まぁでも、ちゃんと様子を見守っている彼女達の事もちょっと可愛く思えて来ましたわ。

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