「はわわ……はわわわわ……何ですかぁ~~この煌びやかな空間はぁあああ~~」
「ほら、あなたも伯爵令嬢なんだから、しっかりしなさい!」
学園がお休みになった週末。ワタクシはヒイロ伯爵令嬢を連れ、サザンドールのブティックへと足を運んでいた。
ヒイロが叫ぶのも無理もない。豪華絢爛なドレスの並ぶ、華やかで煌びやかな空間。お姫様が身に着けるようなプリンセスドレスから、身体のラインを意識したマーメイドスタイル、中にはこの時代には珍しい奇抜なデザインのドレスまで。一面に並ぶ美しい衣装の数々に、ワタクシも思わず恍惚な表情となってしまいますわ。ヴィオラのドレス部屋にもないような細かな刺繍や宝飾が施されたドレスが並んでいるあたり、流石サザンがペリドットの奇才と呼ばれるだけありますわね。
「さぁ、こんな機会は滅多にないんだ。どのドレスも自由に試着していいんだよ?」
「あ、あのヴィオラ様。ほ、本当にいいのですか?」
「ふふ、ワタクシではなくサザンに尋ねなさい」
普段、こういう場は慣れていないんだろう。ヒイロが困惑した様子でワタクシへ同意を求めるものだから、ブティックの主であるサザンドールへ尋ねるよう促した。サザンドールはヒイロへ軽くウインクした後、彼女の顎へ手を添え、そっとクイっと……嗚呼、
「えっと、サザンドール様?」
「勿論だよ、子猫ちゃん」
「えっと、顔が近いです」
「おっと、ごめん。さぁて、君の
頬を赤らめるヒイロをそのままに、サザンドールがブティックのドレスを物色し始める。その間、ヒイロの様子を見ながらワタクシも普段見る事のない色とりどりのドレスを眺める事にした。謝恩会当日にはワタクシもドレスを身に着ける事になるのね。今からとっても楽しみだわ。
そうこうしている内に、サザンドールが一着ドレスを持って来る。
緋色に負けない赤い
「いえ、こんな派手なドレス……わたしには……」
「まぁ、一度試着してみようか?」
「試着はワタクシが手伝いましょう」
「え? でもヴィオラ様?」
「いいから、いいから!」
サザンのお店の人や、リンも控えていたのだけれど、ここはワタクシ自身が人肌脱ぐ番だと前へ出た。いえいえ、決してヒイロの美しい身体を見たいとか、ミルク色でモチモチのお肌を堪能したいとか、そんなやましい気持ちは決してありませんわよ。
彼女、華奢だと思っていたのだけれど、意外と二の腕に筋肉がある。彼女に尋ねてみると、元々ラプラス伯爵家は王国で農園や養蜂場を手掛けており、王家にも作物を提供しているそうで。彼女、お休みの日や収穫時期には自ら畑仕事を手伝っているみたい。成程、そんな話、原作の設定資料集にあった気がする。え? 待って。養蜂場があるってことは……。
「ヒイロ、もしかして。お家に蜂蜜もあったりしますの?」
「はい。父が蜂蜜は身体にいいからって毎日紅茶に淹れて飲んだりしています」
「ねぇ、今度、その蜂蜜。ワタクシに分けて下さらない? むしろ家で買い取ってもいいわよ?」
「え、本当ですか!? ヴィオラ様が食べて下さるのなら、わたしも嬉しいです! きっと父も喜びます」
成程、ヒイロの美しいお肌は蜂蜜で出来ているのね。いい事聞いたわ。それにしてもヒイロの顔がぱっと明るくなった。蜂蜜があるのなら、これから色々と準備出来る事が増えるじゃない? もう一つ楽しみが増えたわ。
彼女の美しい身体を堪能しつ……じゃなかった。彼女がドレスへ着替えるのを手伝いつつ、一着目の試着が終わる。試着室から外へ出ると、ブティックの定員さんとリン、サザンドールも思わず息を呑んだ。そこには赤い薔薇のドレスに身を包んだ一国のプリンセスが顕現していたのだから。
「綺麗だ、お姫様みたいだよ、ヒイロ・ユア・ラプラス伯爵令嬢」
「え? 待っ……」
素早く王子様のように片膝をつき、手首にキスをするサザンドール。ヒイロは一瞬、何が起きたのか分からず立ち止まっていたが、何をされたのか頭で理解した瞬間、髪色と同じ色に顔を染め上げる。
このあと、恥ずかしがるヒイロへ様々なスタイルのドレスを試着させるサザンドールとワタクシ。桃色のプリンセスドレスも若草色のマーメイドドレスも、素材が可愛らしいので似合う彼女だけれど、せっかくならみんながあっと驚くようなドレスにしたいわよね。と思っていたら、いい感じのドレスがあったので試着させてみた。
「おぉ……これは」
いつも語尾に口説き文句がついてくるサザンが言葉を失うという事は、似合っていて素敵だいう証明。これなら意外性がありつつも、観客をあっと言わせる事が出来る。
「ふふ、まるで
「あ、ありがとうございます」
あとはうちの四人衆がそれぞれ彼女のために準備をしてくれるみたいだし、実際のドレスのお披露目は謝恩祭の祝賀パーティまでお預けという事で。昨年社交界デビューを失敗した彼女にとって、これはリベンジマッチ。まぁ、ワタクシが手を加えなくとも原作の彼女もヒロインとして三年目の謝恩会で大逆転しているんだけれど、あの時はヒイロの代わりにヴィオラ・クラシエルが犠牲となったのだ。他人を蹴落とさずともあなたには充分素質がある。今回はワタクシが犠牲となる訳にはいかないの。
勿論、悪役令嬢という噂も最大限利用させて貰いつつ、ワタクシはワタクシで自由に立ち振る舞わらせていただきますわ。
「さて、子猫ちゃんの次は君の番だよ、ヴィオラ嬢」
「まさか、そのドレス」
「サザンドール様、お手伝いさせていただきます」
「ちょっと、リン!? え、待って! ああああ」
この後、ペリドットの奇才と、専属侍女のリンの手で、ワタクシが着せ替え人形にされた事は言うまでもありませんわ。
(ちょっ……待ってぇ~~わたし、こんな世界、知らないから~~~)