今日は俺の誕生日で、明日はふたりで朝から出かける予定だった。
それが駄目になって、メッセージを送った。きっと、色々と計画を立ててくれていたんだと思う。
気にすることないって言ってくれるけど、俺はすごく気にしてて。今回だって予定があるからって、断ることだってできた。でもみんなお子さんがいたり家族がいたり、大変で。結局俺は色んなものを天秤にかけた結果、引き受けてしまったのだ。
好きな仕事だし、やりがいもすごくある。もちろん楽しいだけじゃないし泣きたくなることだってあるけど。それでもやっぱりこの仕事が好きで。だから頑張れるってこと、海璃はわかってくれるよね?
いつも俺の方が早く帰って来て、できる時は夕飯を作ってみたりもする。最初の頃よりはできることも増えて、それなりに形になって来たと思う。簡単なものしかできないけど、ちょっとは節約になるし。いつも買ってきたものばかりっていうのもなんだか味気ないから。
海璃が総菜とケーキを買ってきてくれるって言ってたけど、なにもしないのは気が引けて。せめてスープでも作ろうと思って、野菜を切って鍋にどんどん入れていく。
冷蔵庫に入っていた、玉ねぎとにんじんとレタスと厚切りベーコンを細かく切って、コンソメの素と塩コショウを入れるだけの簡単なものだったけど、上手く作れている気がする。細かく切ってるつもりだったけどよく見ると大きさはバラバラ。
「うん、味は大丈夫そう」
小皿に盛ったスープの味見をして、うんと言いながら頷いた。ちゃんとコンソメスープの味がする。スープの素を使ってるから当たり前だけど。とりあえず完成したので火を止めて、後はなにをして待ってようかなぁと部屋を見回す。
2LDKの賃貸マンション。縦長のリビング。大きな窓があって全体的に明るいのが特徴的で、ベランダはそんなに広くない。キッチンからリビングが見渡せるタイプ。他に寝室と、物置き部屋がひとつ。
物置部屋にはBL本とかゲームの他に漫画や小説、仕事用の資料本とか、とにかく色んなものが本棚やらカラーボックスに収まっている。
築5年だが内装は全然綺麗だし、ふたりで住むにはじゅうぶんな広さ。なんなら広いとさえ思う。ふたりで半分ずつ出しているから、そこまで負担でもなかったり。
春になったら同棲して一年。長いようで短い一年だったかも。お互い忙しかったけど、それでも気持ちが離れることなんてなかった。
(ホントなら、今日······って、なに考えてるの⁉)
本来だったら明日明後日が休みで、だいたいそういう時は夜にそういう雰囲気になって、次の朝はゆっくり起きるという流れになるのだ。でも明日は仕事だから、きっと海璃は気を遣ってくれるんだと思う。先週は海璃の方が土日とも出勤だったから、最後に
それはそれで空いた分を埋めるようにすごいことになるから····ちょっと心配だったりもする。海璃はそういう時こそ時間をかけて何度もしたがるから。俺の心臓と尻が耐えられるかどうか·····そういう意味で心配だ。
だからってしたくないってことじゃなくて。むしろ俺も海璃といっぱいしたい。誕生日だし、好きなひとにたくさん愛されたいって思うのは自然なことだよね?
「で、でも、明日の夜なら、」
「明日の夜がどうした?」
「か、海璃⁉ お、おかえりっ」
あわあわと俺は無駄に動揺して声がした方を振り向いた。ぼんやりと妄想していた俺の背後に、ビニール袋と紙袋を持った海璃が立っていた。キッチンのスペースに置いてコートを脱ぎ、不思議そうに俺のことを見ている海璃。
ひとりでえっちなこと考えてた、なんて、言えるわけないよね。はあ。
「スープ作っててくれたの? ありがとな」
「う、うん。他になにか作った方がいいかな?」
「主役なんだからのんびりしてて良かったのに。これだけでじゅうぶんだよ。腹減っただろ? 待たせて悪かったな。いっぱいありすぎて迷っちゃってさ。とりあえずケーキだけ冷蔵庫入れとく」
ありがと、と俺は頷く。
それからふたりで俺が作ったスープと買ってきた総菜を並べて、いつものように何気ない会話を楽しみながら食べた。
おしゃれな総菜は見た目だけじゃなくて味もすごくよくて。海璃が迷ったのも頷ける。ケーキは注文通り、チョコと生クリームたっぷりのと、おまけにフルーツタルト。さすがに三つは食べられないので、一日ひとつずつ食べることにした。
今夜はバレンタインデーだからチョコにしよう。海璃が会社のひとから貰ったっていう義理チョコは、俺が貰ったのと合わせて今度ゆっくり食べることにして。食べ終わった後はのんびりと9時くらいまで過ごした。
海璃がソファを立って、トイレやお風呂がある玄関側の扉の方へと消えていったそのすぐ後。戻ってくるのと同時にふわりと好い香りが近くに漂った。
「白兎、」
ふと見上げれば、小さな花束を持った海璃がそっと俺に差し出してきた。白と青い花々が可愛らしい水色のリボンと包装紙で包まれた花束。まるでブーケみたいな。
「この青いのがデルフィニウムっていう花で、店員さんが言うには花嫁のブーケによく使われるとか? 幸せをふりまくとか、気高いとか、清らかで明るいって意味があるらしい」
「あ、ありがと! 俺、行事以外で花束なんて貰ったことないから、すごく嬉しいかも」
「そっか、良かった。あと、前にさ。要らないって白兎は言ったけど······、」
渡された花束を受け取り、俺は首を傾げる。なんだかその表情は海璃らしくないというか、自信なさげというか。俺は花束を膝の上に置いて、その言葉の続きを待った。
少し間をおいて、ポケットからブランド名の入った小さな箱を取り出すと、その場に片膝をついてソファに座っている俺を見上げてきた。
「指輪はいつか、白兎が欲しいって言ってくれたら用意することにした。けど、俺は白兎と恋人だって証が欲しい。だから、これ。貰ってくれる?」
俺の右手を取って海璃が手首に巻いてくれたもの。それは、細いレザーのブレスレットで。シルバーの金具を留めると二重になるお洒落なデザイン。
箱の中にももう一つ入っていて、海璃は自分で左手に巻いた。白と青のおそろいのブレスレットは、俺と海璃を繋ぐように、お互いがいつも繋ぐ手にそれぞれ飾られた。
「誕生日おめでとう。大好きだよ、白兎。これから先も、ずっと一緒にいて欲しい」
真っすぐな瞳で見上げてくる海璃。俺はなんだか胸のあたりがじんとしてしまって、上手く言葉が出てこない。代わりにうん、と何度も頷いて応えた。
ふたりを繋ぐものがなくったって、俺たちはずっと一緒だってわかってるのに。カタチとしてそこにあるだけで、なんだかあたたかい気持ちになる。
「俺も、大好き。お願いされなくたって、これからもずっと一緒だよ」
引き寄せられてぎゅっと抱きしめられた後、深くて甘いキスが降ってきた。離れるのを惜しむように、何度も何度も繰り返して。
「これ以上すると色々と止められなくなりそうだから、続きは明日」
ぼんやりと映る海璃の顔。
ごめんな、と最後に額に口づけされた。
「でも風呂は一緒に入ろうな」
にっと笑った海璃はいつもの海璃で。
俺は少しだけ期待してしまう。
案の定。最後まではしなかったものの、お風呂で色々といたずらされたおかげで、俺はのぼせてしまった。その後はいつものように抱き枕にされて何事もなく眠ったわけだけど、翌日の夜にどうなったかは······ご想像にお任せします。
色んな意味で記憶に残った、23歳の誕生日。
これからもずっと、よろしくね。
◆誕生日には花束と甘いご褒美を 後編〜End〜◆