2月14日。
バレンタインデー?
日本酒女子会の日?
煮干しの日?
ぜんぶ正解だけど、不正解。
正解は、俺の唯一無二の超絶可愛い同棲中の恋人、
『明日、土曜の預かり保育の当番を代わることになっちゃって、お昼過ぎまで出勤になった。俺のために色々と準備してくれてたのに、ごめん(>_<)』
白兎はマンションから比較的近い場所にある幼稚園で先生をしている。保育士と幼稚園教諭の両方の資格を持っている白兎。
俺はいまいち違いをわかっていないけど、普通は片方あればいいんだよな。保育園、幼稚園のどっちで働きたいかだと思う。あとは認定こども園で働くために必要な資格とかなんとか?
まあ、働く場所に関して色んな可能性があるってことかな。
白兎の働いている幼稚園には事前に保護者から希望があった時だけ、土曜日に預かり保育がある。園によっておそらくルールが違うんだろうけど。
基本的には土日祝日は休みだけど、行事が多い時期は土日にちょっとだけ準備のために行くこともある。ほとんどは自宅に持ち込んでやっていることが多いけど、持ち込めないのもあるからそういう時は直接行くしかないらしい。
明日は本来なら一日中一緒にいられるはずだったんだけど····まあ、仕方ないよな。昼過ぎからは合流できるってことで良しとしよう。っていうか、ブラックすぎないか? 白兎も頑張りすぎてない? サービス残業とか休日出勤とかしてないよな? ちゃんと給料貰ってやってるんだよね?
細かい事情はあえて訊いていないけど、学校の先生とかもブラックだって聞いたことあるし、心配になってきたんだけど。まあ、今回は元々出勤だったひとの代わりってことみたいだし、振替休日とかもちろんあるんだよな?
(白兎が好きでやってることだし、俺がなにか口を出すのは違うもんな····)
俺は俺でイベント会社の仕事も慣れてきて、先輩方が優しいこともあって順調にやれてると思う。今はまだ自分が主体の企画とかは任されてはいないけど、しっかり吸収してひとりでやれることもけっこう増えてきたし。人間関係も相変わらず良好だ。
『気にしなくていいよ。でもあんまり頑張りすぎて無理するなよ? 帰ったら計画立て直す。今日は今日でお祝いのケーキ買ってくけど、チョコがいい? それとも生クリームたっぷりのやつ?』
現在の時刻は16時15分。
今日は通常業務だけだから18時には会社を出られる。今週の土日は特にイベントもないし、会社も休み。今月の後半は少し忙しくなりそうだから、今のうちに白兎と一緒にいる時間を確保しておかないとな。
白兎はいつも17時すぎくらいにはマンションに帰ってるはずだから、前に気になるって言ってた駅ナカにある人気店のケーキと、いつもよりちょっとだけ豪華な総菜を買って帰ろう。あとは····。
「七瀬くん、休憩中?」
「あ、はい。中村さんは今からですか?」
中村ちかさん。三十代の女性で、この会社の主力のひとりだ。キャリアウーマンっぽい雰囲気のある、仕事ができる女性という感じ。困ったら彼女を頼れと社長もいうくらい、事務作業から営業までなんでもできちゃうひと。
「あ、そうだ。中村さんって、誕生日に旦那さんからなにか貰ったりします?」
「めちゃくちゃ唐突な質問ね。なになに? 彼女の誕生日が近いとか?」
彼女ではないけど、思考はそっち寄りな白兎だからな。欲しい物の他に、貰ったら嬉しい物とか。あげようとしている物の他に、喜んでもらえるようななにか。
今回の誕生日で俺が用意している物は、白兎が欲しい物かは正直わからない。俺があげたくてあげる物だから、相手側の反応に自信がないっていうか。
「最近だと息子と一緒にお花を贈ってくれたりするけど、彼個人からは特にないかな。私もお祝いはするけど、なにかあげるっていうのは今はないし。その家庭ごとに違うとは思うけど、結婚してからはお互いにそういうのなくなったかも」
「そんなもんなんですかね。毎日一緒にいると、特別なこともあんまり特別じゃなくなってくってことですか?」
白兎と同棲をはじめてもうすぐ一年になる。春になったら二年目。まだまだ愛し足りないくらいだ。一緒にいる時間は学生の頃よりも減っている気がするけど、家で過ごす時間はすごく貴重だし、大切。
朝起きた時、白兎が隣で眠っていること。休日に一緒にどこかに出かけたり。平日の夜に外食したり。たまにふたりで料理したり。のんびりだらだらするのも。
そんななにげない毎日が新鮮で。
「というか慣れちゃうって感じかな。毎日お互い忙しいし、休日は息子との時間を優先するのが当たり前になってるから。ふたりだけで過ごすっていうのが、あんまりなくなっちゃうのよね」
「息子さんが生活の中心ってことですね。確かに、うちの両親もそうだったかも。今はふたりで旅行行ったり、前以上にラブラブなんですけどね」
実家は姉夫婦の子どもである
「で? 七瀬くんの彼女、どんな子? 毎年春に子会社同士の親睦会があるんだけど、家族とか恋人、友だちも誘える小規模なパーティーでね。ちょっとした会場を借りてやるから、その時にでも連れてきたらいいわ」
「まあ、考えときます」
「で、なんの話だっけ?」
「今日、誕生日で。明日がお互い休みだから色々と計画してたんですけど、急に仕事が入ったみたいで。だったら今日を特別な日にしてあげたいなって思ったんです」
「へえ〜バレンタインデーが誕生日なんだ」
「そっちも俺があげる方なんですよね。俺、甘いの苦手なんで、貰った義理チョコぜんぶあげてます」
「そうなの? 来年は甘くないやつにしとくね」
明日は明日でもちろん楽しませてあげたいけど。
きっと仕事で疲れてると思うんだよな。小さな子どもを相手にするのって、気を遣うし、ましてや他人の子どもを預かってるわけだから。本人が好きでやってるってわかってても、知らないうちにストレスとか溜まってるかも。
「七瀬くん、絶対モテるでしょ? そんな君に愛されちゃってる彼女ちゃんも、幸せ者だね~。若いって素晴らしいわよね~」
「まあ、それは否定しませんけどね」
俺の大切な運命のひと。
ずっと片思いをしていた初恋のひと。
あの時、白兎に出会わなかったら。
『どっちも(≧▽≦)』
ぷっと俺は思わず笑ってしまった。そっか、どっちも欲しいんだ。じゃあチョコと生クリームたっぷりのと、フルーツタルトもおまけしてやろう。特別な誕生日。甘いご褒美と、それから君に似合う花束も用意して。
白兎がもういいよって思うくらい、たくさんの「おめでとう」と「ありがとう」を贈ろう。
◆誕生日には花束と甘いご褒美を 前編〜End〜◆