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第十一話 約束 ※白兎視点



 あの騒動からひと月ほど経った。騒動といっても半分勘違いだったけど、気付いたこともある。俺たちは呆れるくらいお互いが必要で、執着····というか共依存してるってこと。海璃かいりがずっとそうだったように、俺もそうなんだって。


「東雲くん、今日は誘ってくれてありがとう。俺、こういうの久しぶりでなんだかわくわくするよ」


 今日は海璃の勤め先であるスマイルファクトリーと、それに関係する子会社との親睦会がホテルの中庭付きのイベントホールで行われている。透明な屋根付きの中庭は明るく、中央にはピアノも置かれていた。


 ホールは関係者の家族や友人で賑わっているようだ。俺は雅ちゃんや詩音さんと一緒に中庭のテーブル席に座って、ホールに用意されていたビュッフェから好きなものをお皿にのせて持ってきていた。


 この前の件の御礼も兼ねて水瀬さんを誘うように海璃が言ってくれたので、もしよかったらと声をかけたのだ。少し遅れてやって来た水瀬さんを雅ちゃんたちに紹介する。詩音さんはなんだかにやにや楽しそう。雅ちゃんはどこか警戒している感じだったけど、話している内にいつもの雅ちゃんに戻った。


「東雲くんって、ホントに無自覚天然受けだよね~。七瀬くんも気が気じゃないと思うな~。水瀬さんってすごくモテそうですけど、彼女いないとか本当ですか?」


「今はいないよ? 最近ありがたいことに色々と考える機会があって、叶わない恋愛とか片思いもいいかなぁと思い始めたところなんだ」


「え? 水瀬さんが片思い····? お相手の方は気付いていないんですか?」


 水瀬さんなら自然なアプローチでさらっと告白して、相手のひともOKしてしまいそうだけど。すごく意外だ····って、え? なんでみんなして俺を見るの? なにか変なこと言ったかな?


「ハクはあいつのせいでアンテナが壊れてるからな。逆に安心したよ」


 よしよしと雅ちゃんが頭を撫でて笑顔で頷いた。


「うーん。おそらく、七瀬くんという強烈な電波が他の電波を寄せ付けない、とか?」


 えー····っと、どういう意味だろう?


「いつかその子が、俺の気持ちに気付いてくれたら嬉しいな、」


「わかります、その気持ち。俺もそうだったから」


 ずっと片思いをしていた俺だからわかる気持ち。


(水瀬さんの片思いが叶うように、俺も陰ながら応援します!)


 俺のことをじっと見つめた後、水瀬さんは頬杖をついたままにっこりといつもの笑みを浮かべた。


「まあ、すごくにぶい子だから難しいかもだけど」


「気付いたところで、って感じですけどね」


「なんだか応援したくなってきたが、ハクのことを思えば邪魔をせざるを得ない」


 詩音さんだけじゃなく雅ちゃんまで。

 俺、なにか変なこと言ったかな?


「お待たせ、」


「あ、海璃。もう挨拶回りはいいの?」


「ああ、後は自由に楽しんでいいってさ」


 海璃は俺の正面に座ると、どうも、と軽く頭を下げて水瀬さんと視線を交わしていた。水瀬さんの話はよくしているが、海璃とは今日が初対面。お互いに簡単な挨拶を交わしていたのだが····。


「いつも白兎がお世話になってます。話はもう聞いているということだったのであえて隠しませんが、俺たち高校生の時から付き合ってるんです。水瀬さんがそういうのに偏見がない方で安心しました」


「恋愛はひとそれぞれだからね。東雲くんがよければいつでも相談してくれていいよ? なんなら今度一緒にケーキバイキングとかどうかな?」


「ケーキバイキング、いいで····」


「いいですね。俺も一緒にいいですか?」


 俺の返事を遮るように、海璃がにこにことした表情のまま代わりに返事をした。


「海璃、甘いもの苦手なのにケーキバイキングいきたいの?」


「····ハク、察しろ」


「七瀬くんだって、たまには甘いもの食べたくなる時もあると思うよ~? たぶん」


 雅ちゃんと詩音さんが遠い目をして明後日の方向を見ていた。海璃と水瀬さんはお互いに笑みを崩さず仲良さげで。俺だけなんだか疎外感····。


「白兎、ここで約束して? このひとに誘われたら、ちゃんと俺に報告すること。俺がいいよって言わない限り、ひとりでついて行かないこと! 眼鏡も絶対に外さないこと!」


「いつもそうしてるのに····なんで今更?」


 誘われた時の確認はいつもしているし、眼鏡もちゃんとしてきた。いつもなら雅ちゃんたちと会う時は外してもなにも言わないのに、なんでか今日は駄目って言う。海璃の中でなにかこだわりでもあるのだろう。でもまあ眼鏡の方がコンタクトよりも楽なので、俺としては別にどうでもいいことだった。


「嫉妬深い男は見苦しいぞ」


「うるさい」


 雅ちゃんがジト目で海璃に毒を吐く。それに対して口を尖らせた海璃がそっぽを向いた。このふたりは相変わらずだな。


「君の彼氏は君が好きすぎるようだね。愛されてて羨ましいよ」


 俺の隣で、水瀬さんが目を細めて優しい口調でそう言った。確かに愛されているという実感は常にある。海璃だけを見ていればいい俺は、きっと幸せ者なのだ。束縛も執着も嬉しい。だってそれは俺のことを想ってくれてる証拠だよね?


 昔、海璃が俺に言ってくれた台詞。


『俺だけを見て』


 それは、俺も同じなんだって気付いたんだ。俺だけを見ていて欲しい。他のひとには目もくれずに、ただひとり、俺だけを。


「約束する」


 約束。海璃との約束はたくさんある。どれも海璃が俺にして欲しいことだったりして欲しくないこと。俺は海璃が傍にいてくれるなら、それでいい。


 これから先もずっと、一緒にいられるのなら。

 それだけで幸せなのだ。




◆桜雨と涙と約束〜End〜◆


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