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第3話

「エミリー!」


 昼休みになった。

 エミリーが友人と食堂に向かおうとしていると、教室の入り口から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 声をかけてきたのは、婚約者のルカスだった。


「まあ、ルカス様。どうかなさいましたか?」


「ちょっと話がある。いま少しだけいいか?」


「ええ、それは構いませんけれど……」


 ルカスの表情が険しい。エミリーはその顔を見て不安に駆られる。

 彼との婚約は昨日正式に発表されたばかりで、婚約のお披露目パーティーなどはこれから行われる。

 婚約は互いの親が内密に進めていたことだ。そのため、エミリーがルカスと顔を合わせたのは、数えるほどしかない。


「よかった。それじゃ、生徒会室まで来てくれるか」


「私が生徒会室に?」


「会長の許可は取ってある。急いでくれ」


 ルカスはそう言ってエミリーの手を取ると、すぐさま歩き出す。

 それだけで教室の中がざわついた。


 この学園は良家の子供が通う王立の魔法学校だ。

 中でも生徒会の役員に選ばれる者は、非の打ちどころのない優秀な者たちばかりだ。

 ルカスはこの学園の生徒会役員である。公爵家の嫡男で文武両道、それでいて見た目も麗しい。当然ながら女生徒たちに人気がある。


「……あ、あの! 私は自分で歩けますから」


 いくら婚約者とはいえ、注目されている中で異性に手を取られているということに、エミリーは緊張してしまう。

 握られている手がじわじわと汗ばんでくる。気持ち悪いと思われていないだろうかと気になってしかたがない。


「ルカス様、もう少しゆっくり……っきゃ!」


 ルカスは険しい顔をしたまま、まっすぐに前を向いて歩いている。

 エミリーでは彼の歩く速さについていくのは限界だった。もうすぐ生徒会室に着くというところで息が上がってしまい、足がもつれてしまった。


「す、すまない!」


「……い、いえ。私の体力がないのが悪いのです」


「そんなことはない。俺が気を使えなかったのが悪い」


 エミリーが転びそうになったので、ルカスが抱きとめてくれた。

 ルカスの匂いに包まれる。彼の温もりを感じて頬が熱くなっていくのが分かった。

 すぐに離れるべきだというのは理解しているのだが、恥ずかしくて顔を上げられなくなってしまった。


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