瑠璃(るり)は夜中の12時に18歳になり、王位継承の儀を迎える。
(今日はいつもより念入りに整えないと)
鏡を覗き込み、白銀の長い髪を神木から作られた櫛でとかす。瑠璃色の瞳からは一筋の涙が流れた。
(心を落ち着けなくては…。私にはお役目がある。この国の民を守ために。やり遂げなければいけない)
目を閉じて深呼吸をする。その時部屋の扉が軽くノックされた。
「瑠璃様、和合の席が整いました」
そう言って入ってきたのは三国(みくに)。瑠璃が幼い頃から仕えてくれている従者で、今年25歳になる。彼は文武両道で身長も187センチもある大男だった。
一見筋肉だけに見えるが、かなり頭もキレる。
その上料理や裁縫まで人並み以上こなせるため、従者として申し分ない男だった。
「ありがとう。ねえ、三国、少し寝癖がついているわ。こっちにきて」
三国は特に何も言わずに私の元にやってきた。そうして瑠璃の前でしゃがんで髪をすき易いようにしてくれる。
「あなたの灰色の綺麗な髪がこれでは台無しよ。これでよし」
少し香油をつけてとかしたので寝癖はすっかり治ってしまった。
「完璧な貴方が寝癖をつけてるのも可愛かったけど、今日だけはそうもいかないでしょう?それにしても本当に綺麗な黒色の瞳。貴方の髪色と瞳はお父様と同じね」
「もったいないお言葉…。私ごときが星景(せいけい)様と同じなど…。それよりも翡翠(ひすい)様も星景様も和合の席でお待ちです。お早く」
促されて私は席を立つ。星景は瑠璃の父親で、翡翠は母親だった。
ここは皇天(こうてん)の園。外界と結界で隔離されている小さな小国。四方を海で囲まれた島国だった。
この国は代々女である「星天公子(せいてんこうし)」が治めている。それは建国から100年の間、ずっと続いてきた。
この国を建国したのは天衣(てんい)。彼女には生まれつき強力な法術が備わっており、荒廃しつつあった国を憂いて自らを礎に結界を築き、結界内だけはまるで桃源郷のような美しく豊かな国を作った。そして天衣様の双子の妹である天涯(てんがい)が国をまとめるための統治体制を整え、代々この国を守ために子を設け、その子孫が国を収めながら今に至る。天涯が公子を名乗ったのは国の女王はあくまでも天衣であり、天涯とその子孫達は天衣を補佐する立場であると言うことを国民に認知させるためだった。
「どうかされましたか?お早く」
三国が瑠璃に語りかける。瑠璃は建国と統治について再度考えていた。
(今からでも覆せないか)
それは物心ついてからずっと探し続けてきたことだが、結局間に合わなかった。
こうして和合の席で父と母と過ごす最後の時を迎えてしまったことが無念でならない。
席は一年を通して咲き続ける桜の木の下に設けられていた。
父も母も穏やかな表情で瑠璃を迎えてくれた。
「貴方がもう18になるのね。まだ小さな赤ん坊のように感じていたのに…本当に時が経つのは早い」
母はそう言ってそばに座った瑠璃の頭を優しく撫でた。父も同じく頭を撫でながら感慨深げに言う。
「星天公子のお勤めは貴方にとって重責でしょうが、三国もいます、それに明日からは南草(なぐさ)も支えてくれるからきっと大丈夫ですよね」
そう言って寂しげに笑った。瑠璃はそれがたまらなく悲しくて必死に涙を堪えた。
父はそんな瑠璃を優しく諭す。
「お前の気持ちはよくわかる。だが父も母も生まれた時から覚悟していた事だ。何も気に病むことではない。だが…その運命をお前に引き継がせることが…いや。やめよう。天命に逆らうことなど許されないことだ。せめてわずかな間でもお前の幸せを祈っている」
父は悲しそうに笑った。わかっているのだ。娘である瑠璃がいずれ己らと同じ道を辿ることを。だがそれはどうあっても覆ることのない運命だということも。
「さあ。せっかくのご馳走よ。いただきましょう。それにしても今日の桜は一際綺麗ね。目に焼き付けておかないと」
「はい。お母様…」
瑠璃は無理をして微笑むと涙を堪えて膳から食べ物を皿に移して一口食べた。
(味がしない)
父も母も一緒に膳からそれぞれの好物を取り、美味しそうに食べる。瑠璃もそうした。だがせっかくの豪華な料理もどれも味がしなかったが、無理をして美味しいと笑ったのだ。
和合の席は一晩中続き、夜がふけ。真夜中の12時になった時、母がおもむろに立ち上がると桜の木の幹に手を添えて瑠璃を手招いた。
「お母様。やはり…この運命は回避できないのですか?」
涙がとめどなく流れてくる。母は悲しそうに首を振り諭すように言った。
「貴方を残していくことは心のこりですが、天命からは逃れられないのですよ。さあ。手を」
導かれるままに桜の幹に手を添えると母から淡い光が発せられ、それが桜の木を通して瑠璃に流れ込んでくる。それは記憶、力、思い。代々星天公子が受け継いてきたものだった。
そして母の光が全て瑠璃に流れ込んだ後、母は地面に倒れ伏した。まるで眠っているかのような穏やかな顔。だがもう息をしておらず、心臓も動いていなかった。
「お母様…」
それを見届けた父は着ていた着物を半脱ぎにすると脇腹に刃物を立てる。そして目を閉じると一気に腹に刃物を突き刺し、倒れ込んだ。
和合の席に敷かれた白い敷物がどんどん赤い血で染まっていく。
「お父様」
血ぬれた桜の下で、瑠璃は星天公子となったのだった。