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第2話 蛍

 瑠璃は父と母の亡骸を前に毅然とした態度をとって配下の者に指示をする。


「前星天公子とその伴侶です。丁重に扱うように。私はこの後行われる国葬と星天公子の即位式のために清めの儀に参ります」


「はっ!お任せくだい」


 そう言って配下の者達は足早に去って行った。

 振り返るとそこには眠るように横たわる母と腹から血を流して倒れている父の姿が見えた。

(お父様。お母様。私は必ずややり遂げてみせます)

 そう決意した時、侍従である三国がやってきた。


「瑠璃様。清めの儀の支度が整っております。こちらへ」


 父の血のついた衣を着て立っている瑠璃に三国がそっと声をかけた。三国は瑠璃が心から悲しんでいることを理解していたので、口数少なにそっと背中を押して瑠璃を

歩かせようとしたが、瑠璃はその手を制して自らの意思で清めの儀である聖なる泉まで歩き始めた。


「三国…ありがとう」


 瑠璃は三国の気持ちを汲んで自分を心配してくれている。それが瑠璃にとって心強かった。

(私は…こんなところで立ち止まっているわけにはいけない。なんとか…次代の星天公子が立つまでに…。必ずやり遂げてみせる)


 そう。瑠璃に残された時間は短い。それまでにやり遂げなければならないことがあった。そのためには立ち止まることは許されなかったのだ。


 瑠璃は清めの儀を行うために白絹の合わせ衣に着替え、血濡れた衣は侍女に渡した。汚れたそれは火で清めるために処分される。それが瑠璃は少し悲しかった。

(お父様をお母様と過ごした最後の衣…)

 だが人の上に立つ者として毅然とした態度取らないといけない。

 己を律して人々の規範になる。それが上に立つ者になる自分の勤めと瑠璃は考えた。


「これから清めの儀を行います。夜があけ日が上るまで誰も近づけないように警備を」


三国にそう命じると三国は頷き刀を杖に泉の入り口に立ちはだかった。

それを頼もしく思い、特殊な結界が施してある幕が張られている泉に入って身を清めた。周りには蛍が飛び交い、空には星々が輝く。その幻想的な光景を瑠璃は目に焼き付けた。


 冷たい水で全身を清めると手を合わせて歌を歌う。そうすると泉が光り蛍たちが歌に合わせてふわふわ踊る。ゆらりと歴代の星天公子のカゲロウが瑠璃の周りを舞い踊る。その中には母の姿もあるが、瑠璃を見てもなんの感情も持っていない様子だった。瑠璃はそれがたまらなく悲しい。


 やがて空が白み始めて日が登っていく。瑠璃はそれをみると泉から上がり、次女が持ってきた衣に着替えてた。

 入り口で一晩立ち続けた三国は疲れも見せず部屋に戻る瑠璃に付き従った。


「では瑠璃様、私はここで警備しておりますので何かありましたらお申し付けください」


 三国がそう言った時、ふと人影が現れた。


「お役目ご苦労。父君と母君には生前世話になったから挨拶に寄った」


 そこにいたのは許嫁である南草(なぐさ)だった。だが瑠璃と南草の仲は冷え切っていたのでわざわざ時間をさいてこのタイミングで南草が来たのは意外なことだった。


「あなたがここに来るなんて以外ね。どれくらいぶりかしら」


「ああ…今回は…特別だ。お前に興味があってきたわけではない」


 バッサリと言い切って去って行った。


「瑠璃様…大丈夫でしょうか?」


 気遣わしげに三国が私を見つめる。私は南草に対して気が立ってしまったが三国の言葉で冷静さを取り戻す。


「大丈夫よ。ありがとう。では着替えを済ませえてくるから入り口の警護をよろしくね」


 瑠璃は三国に言うと室内に入る。そこにはすでに次女が即位式ようの衣装を用意して待ってくれていた。


 重い衣と装飾品を身につけてから特別な化粧を施される。鏡に映る自分は生前の母と同じ顔になっていた。


 星天公子は代々同じ顔、同じ髪色で産まれるため、そう見えてしまうのも仕方ない。鏡を見ているとまた涙が溢れそうになったがグッと堪え、深呼吸してから三国に入室するよう伝え、人払いをした。


「三国…私はこれからは公子となるけど、二人の時は瑠璃と呼んでくれる?そうしないと私、自分のことを見失ってしまいそうで怖いの」


「瑠璃様。幼い頃から見守ってきましたが、貴方は強い女性です。ですが…私でよければいくらでも寄りかかってください」


「ありがとう三国。さあいきましょうか。即位式が始まる。貴方がそばにいれば私は自分の足で立てるの。お願いだからそばを離れないでね」


「御意…」


 そうして瑠璃は即位式に向かって歩き始めた。


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