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第3話 即位

 皇天の国では、即位式と国葬が星が輝く夜に同時に行われる慣わしになっている。


 父と母の亡骸に白い大輪の菊を捧げてから、長老の手により新星天公子のために作られた冠を授かる。

 そうして国民に向かって祝詞を読み上げて即位が完了し、瑠璃は星天公子となった。


その隣には許嫁の南草が控えており、国民から見ると南草は星天公子と仲睦まじく見えていたのだろう。


 だが実際は違う。


 南草は義務だから瑠璃の側にいるだけで、彼女に対して全く情がないことは瑠璃にはわかっていた。


 全ての儀式が終わり、最後に婚姻の儀が行われる日取りを星読みが天を仰いて占い。1ヶ月後の満月の夜が最良と国民の前で言い放った。


(1ヶ月後には南草が私の夫になってしまう。そうなったらもう南草は運命から逃れられない。もし私が…次期星天公子が18歳になるまでに死することなく星天公子継承の儀を行う方法を見つけることができなければ…南草も思いもない私のために死ぬことになる)


 瑠璃はそれを思うと胸が締め付けられるようだった。南草は今でこそ瑠璃に厳しいが、幼い頃は次期星天公子となるための教育が辛くて泣いていると、どこにいても必ず来てくれて、不器用ながらに慰めてくれていた。


 だが、歳を経るごとにそれもなくなっていき、近年では口を聞くこともなくなっていた。


 幼い頃は南草を心の拠り所にしていたため、最初は悲しく思っていたが、星天公子とその伴侶がいずれ死ぬ運命にあることを明かされてからはかえって安堵していたのだ。


(二人の不仲を見せつければ別の誰かが新たに許嫁になると思っていたのに)


 その誰かには悪いが、瑠璃は南草を死なせたくない一心で、父や母に南草との不仲を訴え、周囲からも二人の関係が良くないことを見せつけていたが、許嫁は星読みが決めたことなので覆ることはなかった。


 南草が瑠璃の伴侶になるまでもう1ヶ月しかないとなると気持ちが焦る。瑠璃は星読みに他に良き伴侶がいないかと打診したが星読みは首を横にふった。


 星読みはしわがれた手で天に輝く星を指差し言った。


「星天公子、あなたがどう思われようと星は南草を指し示しており、これは覆ることのない運命にございます。どうか…南草様と婚姻を結ばれ、お世継ぎを授かってください」


「そう…そうなのね」


 瑠璃は悲しみで胸が締め付けられる。心から大切に思っている南草が父のように腹を切って死ぬことがどうしても耐えられなかった。


 憂鬱な気持ちのまま、瑠璃は自室に帰ると重い衣と冠を侍女に外させると湯浴みをした。厚く塗られた化粧がとれ、ようやく息がつけた時、一人の侍女が慌てて瑠璃のもとに駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「それが…南草様が突然訪ねていらっしゃって…星天公子様は湯浴み中ですとお伝えしましたら、終わるまで待つと…」


 次女はオロオロとしながら報告をする。

(南草が?一体何の要件かしら)

 疑問に思いながらも湯船から上がり、侍女達に体を拭いてもらい、衣を着ると南草の待つ部屋へと入って行った。


「何用ですか?今はまだ婚姻を結んでいない関係で、このような時間に部屋に来るなど無礼ですよ」


 瑠璃はなるべく冷静にそう言うと、南草は冷たい視線を瑠璃に向け、侍女達に言った。


「人払いを。これから少し星天公子に話がある」


 侍女達はオロオロしながら瑠璃を見つめてきたので軽く頷く。すると侍女達は部屋を後にして周りには誰もいなくなった。


「南草。なんのつもりですか?あなたが私を嫌っていることはわかっています。1ヶ月後の婚姻が嫌だという要件でしたら受け入れる準備はできています。これだけあれば今後一生困らないだけの銭を用意しました。これを持って夜のうちに城をたち、辺境で暮らすのがいいでしょう」


 そう言って前々から用意しておいた銭の入った袋を南草の前に置いた。

 だが南草はそれには手をつけず立ち上がった。


「お前の気持ちを確認しに来ただけだ。俺も皇天の国の未来を憂えている。自分だけが助かるつもりなどない。だがお前が俺に対してどういうつもりなのかも確認できたから俺はこれで帰る。そして1ヶ月後にお前と婚姻を結ぶつもりだ。それだけは覚えておけ」


 南草はそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。


 一人残された瑠璃は困惑した。これだけの銭を渡せば喜んで出ていくと思っていたのに。南草はそれをよしとしなかった。


「どうしてなの?このままではあなたはいずれ死ぬかもしれないのよ…」


 自分が死ぬのは怖くない。だが南草が死ぬのは身を切られるほど苦しく耐えがたかった。


「…南草…どうして…」


 問いかけても答える者は誰一人いなかった。


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