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第4話 瑠璃という名前

 昨晩は南草のことを思って眠れぬ夜を過ごした。


 机の上には南草が受け取らなかった銭が入った袋がまだそのまま置かれている。


(南草も国のことを考えてくれていることは嬉しい。でも。私と婚姻を結べば死が待っているのに。怖くないのかしら)


 瑠璃は憂鬱な気分で体を起こすと枕元の鈴を鳴らした。


 すると三国が部屋に入ってくる。


「三国。今日の予定は?」


「はっ。本日は午前中は書類の確認を行なっていただき、昼食は婚約者である南草様ととることになっております。そのあとは城下町の視察に向っていただき、夜には貴族達との会食がございます」


 南草と昼食と聞いて気持ちが落ち込む。今まで南草とは関わらないようにしていたが、婚姻の日取りが決まった今、南草はもう夫であり補佐官として接することを周りから求められていることがわかった。


「昼食だけど、どうしても南草がいなくてはだめ?私はそんなにお腹が空いてないし昼食はいらない」


 三国には瑠璃と南草のことについて話してあるため、気遣わしげな顔をされたが、続く言葉は希望のものとは違っていた。


「残念ですが、これからは南草様と関係を深めるために昼食や会食の供は南草様ご同伴となります」


「あなたがいるじゃない。三国がいてくれたら他は必要ないわ」


 子供のように駄々をこねると三国は困ったように、悲しそうに微笑む。

三国がその顔をする時は、三国自身は納得していないが、周りからの圧力がかかっており、どうしても手出しができない時にする顔だった。

(しまった。つい子供みたいに駄々を捏ねてしまったけど、南草を救いたいあまりに三国を蔑ろにするのは間違っている…)

 瑠璃はしばらく考えてから覚悟を決めて南草と行動を共にすることを決意した。


「わがまま言ってごめんなさい。南草のこと、わかったわ。でも、一緒にいるだけよ?私の心は南草にないという風に振る舞うのは許してね」


「それで十分です。瑠璃様の思いは重々承知しておりますので。私も方々に密使を出して探らせておりますが、まだ何もつかめていないと言うのが実情です。何か手がかりだけでもあるといいのですが。お役に立てず申し訳ございません」


 三国には正式な席以外は星天公子とは呼ばすに瑠璃と呼んでほしいとお願いしている。そうしないと自分というものが消えてしまいそうで怖かったのだ。


 三国は瑠璃が幼い頃からずっと支えてきてくれただけあって、そのわがままを聞いてくれることになった。


「では三国、支度をしますから外で待っていてください」


「かしこまりました」


 三国が退室するともう一度鈴を鳴らすと、侍女達が部屋に入ってきて瑠璃の身支度の手伝いをしてくれた。重い衣をつけ、髪を結って冠を被せてもらい、顔も念入りに化粧をした。


 顔の化粧にも決まりがあり、代々の星天公子と同じ顔であるため、同じ手順で化粧を施される。

 そのため鏡の中には先日亡くなった母と同じ顔が映し出されていた。


 思わず母を思って涙ぐみそうになったがグッと堪える。

(ここでメソメソしていても運命は変わらないわ。なんとしてでも南草を救わなくてはいけないのに。弱気になってはだめ!)

 気持ちを落ち着けて支度が整ったので三国の元に赴く。


「さあ。参りましょう」


「はっ!星天公子!」


 三国は礼をとって瑠璃の少し後ろを歩く。瑠璃は背筋を伸ばして凛とした顔を崩さずに執務室までやってきたが、そこには思いもよらない先客が来ていた。


「星天公子。話があってきました。どうかお時間をいただけますか」


 南草だった。

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