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第4話

 ぶつん、と音を立てて、皮膚に穴が穿たれる。リベルトは痛みに柳眉を歪め、小さく息を吸った。これが乙女であれば、愛らしい悲鳴があがるのだが、と吸血鬼は苦笑いを浮かべる。鋭い牙を食いこませた部分から、生ぬるい血液がじわりと滲んでくる。一度首筋から牙を放すと、吸血鬼はリベルトの血液を啜るために二つ穴が開いた部分を覆うように舌を這わせ、そのまま唇で覆った。

「……ッ」

 受けたことがない感覚に、リベルトは身を震わせる。吸血鬼は、リベルトのその反応にわずかに目を細めると、そのままリベルトの白い首筋から香る鉄の香りを吸い上げた。

 ず、ず、とわざと音を立ててやると、そのたびにリベルトの肩がびくびくと震える。

「よく耐えているじゃないか、ん?」

 吸血鬼は一度リベルトから唇を放すと、濡れた首筋に吐息がかかる位置で笑った。

「そ、こで……喋らないでください」

「なんだ、さっきまでの威勢はどうした? ……ああ、無理もないか」

 吸血鬼の唾液には、魔力が宿っているという。それは、麻酔とも、媚薬とも表現される魔法。噛みついた場所の痛みを和らげる効果と、体内に入り込ませれば恍惚とさせる作用。リベルトはまさにその効果を受けている、と思われた。

 吸血鬼は舌なめずりをして、それからもう一度リベルトの首筋へ吸い付く。今度は、一度目よりも強く。喉を鳴らして血を嚥下するたび、吸血鬼は己の中に活力が増していくのを感じた。しかし、それと同時に。

(……熱い……?)

 処女の血と同じく、柔らかく、酔わせるような芳醇な香りを放つその液体は、まるで度数の高い酒のように食道から胃を焼け付かせるような熱さを持っていた。

(いや、そんなはずは……)

 人間の血液がこんなに熱いはずがない。

 なのに、どうしたことか体内に入ると異様に熱く感じる。

「……ッ、ぁ!?」

 慌てて、吸血鬼はリベルトから離れる。飛び退くように離れた吸血鬼に、リベルトは蠱惑的に微笑んだ。

「どう、しましたか?」

 首筋に開いた二つの穴からは、まだ血液が垂れている。飛び退いたときの勢いで、白いストラと吸血鬼のブラウスに赤い染みができてしまった。

「どう、した、だと!?」

 とぼけるな! と怒鳴りつけながら、吸血鬼はげほげほとせき込んだ。飲んだ血を吐きだそうとしている。

(熱い、心臓がおかしい、なんだ、これ……)

 はあはあと息を上げている吸血鬼に、リベルトはじりじりと距離を詰めていく。

「来るな、お前……俺に何をした?」

 息が、あがる。動悸が激しくなる。リベルトが近づいたからだろうか。違う、遠かろうが近かろうが、同じだ。飲み込んでしまった血液を吐いても、治らない。ぼたぼたと口の端から血を流しながら、吸血鬼はリベルトを睨んだ。

「いつから、自分が『喰らう側』と思い込んでいたんですか?」

 無様ですね、とリベルトは笑い、そして吸血鬼の頬にするりと細い指を這わせた。彼が触れたところから熱が広がっていく。じわじわと苛むように、熱く、もどかしく。

「触、るな」

 拒絶しようにも、リベルトは全く遠慮をしてくれない。吸血鬼はついに焦れて叫んだ。

「教えろ、お前の血は一体何なんだ!」

 リベルトの指が、吸血鬼の顎を荒々しく掴む。

「教えろ? 教えてくださいの間違いでしょう?」

 瞳を合わせ、唇が触れてしまいそうな距離でそう囁く。首筋から垂れ流したままの血が、また香った。吸血鬼の中で、何かがどくんと脈打つ。

「ぁ、あっ、くそ……教えっ……教えてください……」

 声はしりすぼみになって震えていく。ほんの数分前までの高圧的な態度が嘘だったみたいに。

 吸血鬼は、惨めにその疼きの正体を求めた。


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