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第3話 18人のホストから選び放題


「じゃあ何でだ?」誰かが食い下がった。

健太はうつむき加減に目を伏せ、感情を隠した。


「日本で働きたいからだ」


それ以上話す気がない様子を見て、相手も詮索しなかった。


「帰国はええなあ。」と相槌を打つだけだった。


ちょうどその時、ウェイターがノックして酒を運んできた。

ドアが開くと、轟音の音楽が流れ込んだ。

セクシーで激しいダンスミュックに人々の歓声が混ざり、室内の面々は一様に顔をしかめた。


「淳史が選んだ店、うるさすぎだ。何年もこんな場所来てなかったのに」

「お前若い頃はもっと派手に遊んでたじゃねえか。この程度で騒がしいとはな?」

「でも部屋の防音は悪くないな。さっきまで静かだったし」


ごちゃ混ぜの騒音の中、健太は女性の甲高い声を聞き取った。

「美咲、楽しもうよ!すぐに18人のホストを呼んで、選び放題にさせてあげるから!」


外の音楽が大きすぎて、声はかき消されそうだった。

だが個室にいる健太の表情が、かすかに変化した。


伏せていた目を上げ、さりげなくウェイターの肩越しにドア外を見やる。

すぐにドアが閉まり、喧騒は遮断された。

何も見えなかった。

室内と廊下は別世界のように、再び静寂に包まれた。


ウェイターが去っても、健太の視線はドアに留まったままだった。


隣の淳史が彼を軽く突いた。

「何ぼんやりしてんだ?飲めよ、最高級の酒なんだから」

健太は杯を一瞥すると、突然立ち上がった。


淳史は驚いて声をあげた。

「どこ行くんだ?」

「トイレ」


そう言い終わらないうちに、彼はドアへ向かって歩き出していた。

淳史が後ろから叫ぶ。

「部屋にトイレあるだろ!」

応えたのは、健太の揺るがない背中だけだった。

彼は瞬く間に姿を消し、残された面々は顔を見合わせた。


「どうかしちゃったのか?なんで外に行くんだ?」

「東京の社交界はもう佐々木家の御曹司が帰国したって知ってる。見つかったら、すぐに取り入ろうとする連中が来るぜ」

「今日の店は人も多いし。絶対誰かに気づかれる」

「でも健太は表に出たことないから、顔を知ってる奴はいないだろ」

「まあいい、まずは飲もう。すぐ戻ってくるさ」

……


佐々木健太は外を一巡したが、探している人物は見つからなかった。

さっき聞いたあの名前も、幻聴だったのかもしれない。

それか、ただの偶然の同名か。

席を回りながら、彼のイライラは募っていく。


爆音が鼓膜をじりじりと痛め、周囲の客がわざとぶつかってくる。

濃いメイクの女性が袖を引っ張り、ダンスフロアへ誘おうとした。

「ねえ、ダンスしない?」


健太は手を払いのけ、一瞥しただけで女性は縮み上がった。

微かに汗ばんできたので、革ジャンを脱いで手に持ち、黒のシャツのボタンを二つほどイライラしながら外した。

理由もなく焦りが湧いてくる。

トイレに行くと言って出てきたのだから、彼は洗面所の方へ足を向けた。


洗面所の入り口に差し掛かった時、一人の少女が中から出てきたところだった。

危うく彼の胸に飛び込むところを、

健太はさっと少女の腰を支え、すぐに手を離して道を譲った。

その瞬間、少女の顔を見て彼の目がかすかに輝いた。


「佐藤さん」

抑えた低い声に、佐藤美咲は顔を上げて男性を見つめ、二秒ほど呆然としてから口を開いた。


「ヤニス?」

澄んだ声に焦燥が和らぎ、健太はわずかにうなずいた。

目の前の美咲は肌が白いのに頬がほんのり赤く、酒を飲んだようだ。

さっき顔を洗ったのか、右目の下の泣きぼくろに水滴がひと粒乗っている。

それが彼女を一層透き通るように明るく見せていた。


今日の美咲は白いウエストシェイプのワンピースを着て、清楚で上品だった。

裾はふくらはぎを隠し、細く長い足首だけが見えている。

健太の視線がその脚に留まり、まぶしいほど白いと思った。

彼はさりげなく視線を美咲の足首から逸らした。

「佐藤さん、お久しぶりです」

「本当に偶然ですね」


美咲は口元を緩めて言った。

「ここで会うなんて。帰国されたんですか?またイギリスに戻られるんですか?」

「しばらくは戻らないつもりです」

「そうですか」


健太がまた何か言おうとした時、横から別の少女が駆け寄ってきた。

「遅いよ!トイレで迷子になったかと思ったよ!」


茉莉が美咲の脇に立つと、健太をじろりと見て口をとがらせた。

「この人は?」

「知り合い」


再び健太に向き直ると「では失礼します」


礼儀正しくも距離を置いた態度で、ほほえむと茉莉と共に去っていった。

健太はその場にしばらく立ち尽くし、服を提げた手がむなしく感じられた。


カウンター席に戻ると、茉莉が美咲の耳元に寄って尋ねた。

「さっきの人誰?知らない友達なんているの?あんなイケメンを紹介してくれないなんて!」


美咲は肩をすくめた。「イギリスに俊彦に会いに行った時、ホテルで知り合った日本人よ」


俊彦が留学していた六年間、美咲は何度か彼を訪ねていた。

ヤニスはホテルで出会った。

その時彼は顔を赤らめ、服も乱れて、まるで薬を盛られたように美咲の前に突っ込んできた。

美咲は彼を病院に運んだ。


「意識が戻ったら私は帰ったの。その後イギリスに行った時も、俊彦が同じホテルに泊めてくれて、また何度か会ったわ」

「東京出身って聞いたから、異国で親近感を覚えたの」

「へえ」


茉莉が洗面所の方を振り返る。

「それでも数回も会ってるのに、ただの知り合いなの?」

「本当にそうなの」


美咲は苦笑した。

「名前すら知らないの。英語でヤニスって呼ぶことしか。今日会わなかったら、まだイギリスにいると思ってたわ」


茉莉は舌打ちしながら首を振った。

「東京であんなハンサムな男、見たことないよ。何の仕事してるの?」

「わからない。でも服がどこかで見たことある気がして…」


茉莉は一瞬考え込み、突然合点がいったように声をあげた。

腿を叩きながら言う。

「そうだ!黒いシャツに黒いズボン、黒い革靴。さっきのホストたちと全く同じ格好じゃない!」

「え?」

美咲はきょとんとした。

「美咲は俊彦に会いにホテルに泊まったけど、彼は現地に住んでるのにホテルにいる。それって何を意味すると思う?」


「何?」

茉莉は笑いながら続けた。

「薬を盛られたって話も、多分あの手の仕事してたんだよ。海外の商売が厳しくなって帰国したんじゃない?」

「あのルックスなら芸能界でもトップクラスだもんね。このクラブはさすがだわ!」



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