翌朝早く、美咲は伊藤家を訪れた。
高級住宅街にある伊藤家の屋敷には直通のバスも地下鉄もなく、彼女はタクシーでやって来た。
玄関を入ると、一階の大きなソファに四人がピシッと座っているのが目に入った。
叔父の伊藤健一、叔母の伊藤智子、そして従兄の伊藤奏太と従妹の伊藤優香。
家族全員が揃い、皆冷ややかな表情で、まるで彼女を裁くかのように待ち構えていた。
美咲はこの家族の態度にはすっかり慣れっこで、挨拶もせずに核心を突いた。
「写真は?」
ソファから立ち上がった伊藤智子が偉そうな口調で言った。
「どうしてそんなによそよそしいの?」
「家にも帰らないし、大学に合格して家を出てから、ほとんど戻って来なかったじゃない」
従妹の優香がわざとらしく鼻で笑った。
「私たちなんて眼中にないんでしょ?」
「もうすぐ田中さんのもとにお嫁に行ってセレブ夫人になるんだから、家族なんて思ってないんでしょ」
美咲の冷たい視線が四人を舐めるように掠めた。
「先に家族だと思わなくなったのはあんたたちの方よ。大学受験の日から、私たちは家族じゃない」
「受験」という言葉に、優香の表情が一瞬で変わった。
腹に溜め込んでいた説教の言葉を飲み込むと、他の者たちも気後れしたように沈黙した。
美咲の口元に冷笑が浮かんだ。目の前にいるこの人たちは、血縁上は家族だが、皆それぞれ下心を抱いている。
両親が亡くなった後、叔父一家は彼女を引き取ってはくれたが、せいぜい飢え死にさせなかっただけ。
それだけのことだった。
子供の頃、智子は奏太や優香には何万円もする服を買い与えたが、美咲には数百円のものしか買わなかった。
靴が合わなくても智子は知らんぷりで、美咲の靴がボロボロになるまで新しいものを買おうとしなかった。
そんなことが日常茶飯事で、美咲は耐え続けてきた。
もしあの受験の日に起きたことがなければ、彼女は一生耐え続けたかもしれない。
受験が終わって以来、美咲はこの家族との関係を極力断ち、たまに食事に来るだけでも相当な義理だと思っていた。
伊藤健一が仲裁に入った。
「美咲、あれは誤解だったんだ。その時も説明した通りだし、ずいぶん前のことだし、もういいじゃないか」
「そうよ、昔のことは水に流しましょう」と智子も同調した。
「家族なんだから、そんなによそよそしくしないで」
美咲はそんなお芝居に乗るつもりはなかった。
「写真はどこ」
その冷たい態度に、智子の僅かな後ろめたさは消え、再び腹の虫がおさまらなくなった。
「写真ばかり!本当に私たちを家族だと思ってないのね!あの時私たちが引き取らなかったら、あなたは孤児院行きだったのよ!?」
「長年、感謝すらしなかったけど、せめて育ててくれた恩ぐらいは忘れないでほしいわ!」
美咲は心底滑稽だと感じた。拳をギュッと握りしめながら言い返す。
「育ての恩は覚えてる。できる範囲で頼み事は聞いてきた。でも奏太を田中グループに入れる件は、どうしても無理だ」
「田中グループに入りたければ公式サイトで採用情報を見て。従兄の実力なら、頑張れば入れるはず」
智子が美咲の鼻先を指さした。
「助けたくないだけでしょう!あなたが一言あれば、奏太が面接なんてする必要ないのに!」
優香が傍らで嫌味を言った。
「どうやら田中俊彦は彼女の言うことなんて聞かないみたいね」
「彼がとっくに彼女を好きじゃないこと、皆知ってるわよ。小野寺彩乃こそが田中俊彦の一番の宝物。来月の結婚式、中止になるかもしれないわよ!」
優香は口元を押さえて笑った。美咲と俊彦が早く別れてしまえばいいと願っているかのように。
美咲は優香を見つめ、軽く笑った。
「その通りよ。来月の結婚式は確かに中止になった。でも私が振ったの。俊彦に捨てられたわけじゃない」
「何バカなこと言ってるの?あなたが俊彦にぞっこんなんて皆知ってるわ。結婚式をキャンセルするわけないじゃない」
美咲は肩をすくめて黙った。無言であるほど、周りは彼女が嘘をついていると思った。
家族の中で智子だけが半分信じた。電話で俊彦と別れたと聞いた時は全く信じられなかったが、今日またその話が出たことで、もしかしたら本当かもしれないと思い始めた。
「何か俊彦を怒らせるようなことしたんじゃない?結婚式直前なんだから、今になってワガママ言わないでよ」
優香も半信半疑でソファから立ち上がり、明らかな嘲笑を込めて言った。
「まさかね?田中さん、本当にあなたを捨てたの?」
この会話に疲れた美咲はこれ以上話す気もなかった。
「私のことは放っておいて。両親の写真を返して」
智子が黙っているはずがない。眉をひそめて叱りつけた。
「本当に愚かね。まだ自分が昔のお嬢様だと思っているのか?佐藤家はとっくに消えたのよ。うちに取り入れるだけでも幸運なのに」
「あなたと俊彦が子供の頃に婚約がなかったら、あんな男があなたのものになるわけないでしょう?今更駄々をこねないで、俊彦に謝りなさいよ」
優香も付け加えた。
「そうよ。他にどこであんな素晴らしい男性を見つけられるの?田中さんは小野寺彩乃が好きかもしれないけど、彼女とは結婚しないんだから、それで満足しなよ」
彼女は自分の口調に滲む嫉妬に気づいていなかった。
しかし美咲は優香の本心をよく知っていた。
俊彦に美咲を振ってほしいと願っているのだ。
美咲と優香は同い年で、高校も同じクラスだった。
だが優香の成績は美咲に及ばず、モテる度合いも敵わなかったため、優香は烈火のごとく嫉妬した。
俊彦は二人より二歳年上で、先輩だった。
当時、俊彦は美咲一筋で、優香はさらに嫉妬に狂わんばかりだった。
彼女も俊彦が好きだったからだ。
優香はいつも陰に陽に美咲を嘲笑っていた。子供の頃に許嫁の約束がなかったら、俊彦のような男性は美咲の手に届かなかったと。
両親を亡くし、他人の家に寄宿する美咲は俊彦に見合わないと思い、自分こそが俊彦と許嫁の約束をするべきだと願っていた。
優香は頻繁に美咲をいじめ、学校で彼女を孤立させ、美咲に多くの苦しみを味わせた。
おそらく優香の彼女への敵意は、ずっと前から始まっていたのだろう。
美咲はそんな記憶を押し殺し、冷たく言い放った。
「話は終わった?」
「誰と結婚しようが私の勝手。あんたたちには関係ない。今日来たのはただ写真を受け取りたいから」
智子はしつこく食い下がった。
「写真の話はさておき、まずは俊彦との件を…」
「じゃあ、写真なんて最初からなかったのね?」美咲は遮った。
「私を呼び戻したのは奏太の仕事の世話をさせたいからと、ついでに説教するためなんでしょ」
家族全員が沈黙した。
美咲は言い当てたと悟り、自嘲気味に笑った。二度とこの連中の言うことを信じるものかと心に誓った。
何も言わず、彼女は踵を返した。
まだ玄関に辿り着く前に、優香が後ろから慌てて追いかけてきて、美咲の袖を掴んだ。
「待って!大事な話がまだあるんだから!」